17.再会
「きゃああぁぁっ!!」
エメラインが身をすくませて叫ぶ。
しかし次の瞬間、魔物の腕は見えない壁によって弾かれた。
「なに、これ……?」
エメラインは呆然と呟く。
いつの間に現れたのか、エメラインたちの前には半透明の壁が存在していたのだ。
それは透明な水晶のような材質でできたもので、まるで二人の周りを守るかのように展開されていた。
魔物は何度かその壁にぶつかるが、びくりともしない。
「これは……結界?」
エメラインは困惑しながら周囲を見回す。
すると、少し離れた場所に人がいることに気づいた。
その姿を見た瞬間、エメラインの心臓が大きく跳ねる。
「バート……」
あの日、もう二度と会えないと諦めた想い人の姿がそこにはあった。
バートは驚いたような表情を浮かべてこちらを見ている。だが、すぐに手にした剣を握り直すと、エメラインたちを襲う魔物に向かっていった。
彼の動きは素早く、瞬く間にエメラインたちを襲っていた魔物を切り捨てる。
エメラインはその光景を、ただ呆然と見つめていた。
強いということは知っていた。しかし、実際に目にするとやはり驚かずにはいられない。
臆することなく敵に立ち向かっていく姿に胸を打たれる一方で、自分が情けなくなる。
今の魔物も、エメラインが本来の力を出すことができれば、倒せただろう。しかし、恐怖に足がすくんでしまい、何もできなかった。
エメラインは唇を噛み締める。
すると、バートが振り返った。
目が合うと、彼は泣きそうな顔になる。
しかし、それも一瞬のことだった。すぐに表情を引き締めると、バートは真剣な眼差しでエメラインのことを見る。
「お嬢さま! いったい、どうしてこのような危険な場所に!?」
バートは険しい声で問いかけてくる。
だが、その声にはエメラインの身を案じての気持ちがこめられていて、エメラインは心苦しくなる。
「……ごめんなさい」
エメラインは消え入りそうな声で謝罪する。
「私、どうしても来たかったの……将来、ギャレット辺境伯家を継ぐ者として、そして……あなたに会いたくて……」
そう言うと、バートは目を大きく見開いた。
それから、彼は何か言いたげに口を開く。
しかし、結局は何も言わなかった。その代わりに、どこか寂しげに微笑む。
その笑顔を見て、エメラインの胸に痛みが走った。
「……どうか、お戻りください。ここは危険です。それに……俺に会いたいなどと思ってはいけません」
「そんなことないわ!」
悲痛な口調で告げられた言葉に、エメラインは思わず叫んだ。
「私はずっと会いたかったの! あなたにもう一度会えるなら……そのためだったら何でもするつもりだったわ……」
気づけば、涙があふれ出していた。
それを拭うこともせず、エメラインは訴えるように語りかける。
「だからお願い……戻れなんて言わないで」
エメラインの言葉に、バートはつらそうに顔を歪める。
それから、彼はゆっくりと首を横に振った。
「……いいえ。お嬢さまには安全な場所で幸せになっていただきます。魔物たちを鎮静化させれば、また平穏が訪れるでしょう。それから、婚約者の方と……」
「嫌よ!」
エメラインはバートの言葉を遮って叫ぶ。
「私の幸せは、あなたのそばにあるの! それに、もう婚約者なんていないわ! 婚約破棄されたもの……!」
「お嬢さま……」
バートは信じられないというように目を瞬かせる。
「まさか……そんな……」
「本当よ。信じてもらえなくても仕方がないけれど……」
エメラインは悲しくなって俯いた。
「でも、私はもう決めたの。たとえ何があっても、どんな困難があったとしても、あなたと一緒にいたいって……だって、それが一番幸せなことだから」
エメラインは真っ直ぐにバートを見つめて言った。
すると、バートは苦笑して首を振る。
「それは勘違いですよ……俺は、あなたにふさわしい男ではありません。あなたのような女性に愛される資格はないのです。あなたにはもっとふさわしい相手が現れるはずです。そして、そのほうがきっと幸せになれる……」
「違うわ! 私は自分で考えて決断したの! 他の誰でもなく、私が……! この先、何があろうと絶対に後悔しないって! だから、お願い……」
エメラインは必死に訴えかけた。
すると、バートの瞳に迷いが生じる。しかし、それでも彼は苦しげな表情のまま、沈黙するだけだ。
その様子は頑なな拒絶を表しているようで、エメラインの心が絶望に染まる。
「バート、いい加減にしなさい」
沈黙を破って、たまりかねたようなアルマの声が響く。
「お嬢さまにここまで言わせておいて……まだ迷うつもり?」
呆れたような声音に、バートははっとした顔になる。
「姉さん……」
「まったく、いつまで経っても情けない子ね。本当に昔から変わらないんだから。身分違いが気になるというのなら、功績を立てて出世するくらいの気概を見せなさいよ」
「……」
バートは無言だったが、その表情からは苦悩が見て取れた。
彼はしばらく黙り込んでいたが、やがて観念したかのようにため息をつく。
「わかった……俺の負けだ。降参だよ」
「バート……」
エメラインはバートの顔を見た。
彼は穏やかな顔つきになっていたが、ふと真面目な顔になる。
「お嬢さま、一つだけ約束してください。これから先は、決して無茶はしないと」
「もちろんよ」
エメラインは大きく頷いていた。
「私も自分の立場をわきまえているもの。ちゃんと自重するつもりよ」
「そうですか……では、お嬢さまを信じるとしましょう」
バートは微笑みを浮かべる。
それから、改めてエメラインのことを見つめてきた。
「お嬢さま……俺はまだあなたが望むようなことを何も言えない、情けない男です。しかし、いつか必ず胸を張って言えるようになるよう努力します。それまで待っていてくれますか?」
「もちろんよ!」
エメラインは満面の笑顔で答えた。
「私こそ……あなたの気持ちに応えられるように、もっと強くなるわ。強くなって、今度は私があなたを守ってみせる!」
エメラインの言葉に、バートは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嬉しげに微笑む。
「ありがとうございます。俺もお嬢さまにふさわしい人間になれるよう、精進していきます」
その笑顔はとても温かく、見ているだけで心が満たされていく気がした。
「さあ、そろそろよろしいでしょうか? いつまでもこんな場所にいるわけにはいきません」
そう言って、アルマがエメラインに視線を向ける。
「ギャレット辺境伯家の屋敷に向かいましょう。ここも安全とはいえませんから」
「そうね……」
エメラインは頷く。
確かにアルマの言うとおりだった。今は一刻も早く安全な場所に移動するべきだろう。
「バート、あなたも一緒に来てくれるのよね?」
「ええ、もちろんですとも」
バートは力強く答えると、手を差し伸べてくる。
エメラインは微笑んで、その手を握り返した。
「それじゃあ行きましょう。ギャレット辺境伯家へ!」