14.弱気な自分と決別
会場を後にしたエメラインは、馬車に乗り込む。
走り出した車内で、エメラインは拾い上げて手に持ったままだった耳飾りを、じっと見つめる。
鮮やかな翠玉があしらわれたそれは、母が亡くなった後、父からお守りとして与えられたものだ。それからずっと、はずしたことがなかったので、耳に違和感がある。
「……」
しかし、それ以上の違和感がわき上がってくるのを感じて、エメラインは眉根を寄せる。
おそるおそる、もう片方の耳飾りも外した。
「……っ!?」
その途端、頭の中を風が吹き抜けていくようだった。
今までどうしても開かなかった扉が、開いていくような感覚を覚える。
「……ああ」
思わず、エメラインの口からため息が漏れる。
周囲では精霊たちが、心配そうにこちらを見ている気配を感じた。
「ごめんなさいね。大丈夫よ」
微笑みかけると、安心したように彼らは散っていった。
「ああ……どうして忘れていたのかしら……」
エメラインは、両手の指先を合わせるようにして額に当てると、目を閉じる。
幼い頃は、精霊を見ることができた。彼らの声を聞き、触れることもできた。
それがいつの間にか、見えなくなり、聞こえなくなったのだ。そして、そのことすら忘れていた。
今、周囲に目を向けてみれば、こんなにもたくさんの精霊がいる。
エメラインのそばに寄り添うもの。エメラインを励ますかのように、肩に止まるものもいる。
「……ありがとう」
優しく囁きかけて、エメラインはそっと手を差し伸べる。
すると、一匹の蝶々のような光の塊が舞い降りてきて、エメラインの手のひらの上に止まった。
温かい光に包まれたエメラインは、まるで精霊とひとつになったかのような心地になる。
「……そうだわ……思い出したわ……お母さまのこと……」
ぽつりと呟くと、蝶々が瞬くようにきらめいた。
「お母さまは亡くなる間際、『殿方を、顔で選んではなりません』と言ったんだわ……。そして、『あなたは私に似ているから、心配だわ』とも……」
エメラインの母は、辺境伯家の令嬢だった。望めば王族にも嫁げたというのに、子爵家出身の父に心を奪われ、押しかけるように結婚したのだ。
現在の父は頭髪が薄くなり、体型もずんぐりとしている。しかし若い頃は、輝くような美青年で、王都でも評判だったという。
ところが父は、母に引け目を感じていたようで、夫婦仲は良好とは言えなかった。
母が亡くなり、喪が明けるとすぐに元平民の女を妻に迎えたのだ。
「お母さまは、お父さまと結婚したことを後悔していたのかしら……? だから、私にあんな言葉をかけたの?」
エメラインが尋ねると、蝶々が肯定するように瞬いた。
「そう……そうなのね」
俯いて、エメラインはぎゅっと膝の上で拳を握る。
「私、同じ過ちを犯すところだったのね……」
エメラインは、ダミアンの顔を思い浮かべる。
幼い頃、婚約者候補だとダミアンを紹介されたとき、彼の美しい顔に心を奪われた。中身など考えずに、ただ見た目に惹かれたのだ。
しかし彼は傲慢で、自分勝手で、エメラインのことを気遣ってくれたことは一度もない。それでもエメラインは、彼に嫌われないように必死だった。
ただ、もしかしたらエメラインの態度が、ダミアンを増長させたのかもしれない。
エメラインが従順であればあるほど、ダミアンは調子に乗り、傲慢になっていった気がする。
そしていつしか、エメラインはダミアンに逆らえなくなっていた。
「もう二度と間違えてはいけないわ」
エメラインは自分に言い聞かせるように言った。
「私が本当に愛しているのは……共に生きたいと思うのは……この世にたったひとりだけなのだから」
自分の気持ちを確かめるように呟くと、エメラインは耳飾りを見つめる。
ただの翠玉ではなく、よく見てみれば魔力が込められていることがわかった。
お守りなのだから、魔力が込められているのはおかしなことではない。しかし、そういったものとは違う、凝縮された強い力が奥底に秘められているようだ。
さらに、耳飾りを外してから、エメラインは精霊の存在を感じられるようになっていた。
これまで魔力がほとんどないと言われていたエメラインだが、今は己の中から大きな力がわき上がってくるようだ。
「……この耳飾りは、いったい何なの?」
眉根を寄せながら、エメラインはそっと耳飾りを撫でる。
今は頭も心も冴えきって、清々しい。まるで生まれ変わったかのような気分だった。
どう考えても、この耳飾りがエメラインに何らかの影響を与えていたのは明らかだ。それも、能力を封じていた可能性が高い。
「……これは、お父さまを問いたださなくてはならないわ」
そう決意して、エメラインは口元を引き締めた。
これまでの弱気な自分とは決別する。俯いて、黙って従っているだけでは、欲しいものは手に入らないのだ。
強くなって、望むものを手に入れてみせる。
「もし、私の幸せを邪魔するようなら……誰であろうと容赦しないわ」
エメラインは、ぐっと両手の拳を握った。









