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12.何もできない

 それからというもの、エメラインの心にはぽっかりと穴が空いたようになってしまった。

 何を食べても美味しいと感じず、何を見ても心が動かない。

 バートが側にいないことが、こんなにもつらいなんて思わなかった。

 エメラインは、バートのいなくなった屋敷で、抜け殻のようになりながら日々を過ごしていた。


「お嬢さま……どうか、お力を落とさないでください。きっと、弟は無事です」


 アルマが心配そうに声をかけてくる。


「弟はとても強いので、そう簡単には死にません。絶対に生きて戻ってきますよ。一足先に辺境伯領に行って、お嬢さまをお待ちしているだけです」


「そう……よね……」


 エメラインは無理に笑みを浮かべようとしたが、うまくできなかった。


「でも……いくらバートが魔力を持っているといっても、微量では……活性化した魔物相手に立ち向かえるとは思えないの……。彼は私のために命を投げ出そうとしている。そんなこと、させたくない……」


「お嬢さま……実は、弟の魔力は微量ではありません。とても多いのです」


「え?」


 意外なことを聞き、エメラインは目を丸くする。


「微量としているのは、面倒事に巻き込まれないためです。平民が力を持っていると、ろくなことにならないので……」


 アルマは言いづらそうにしていたが、意を決したように告げる。


「これはここだけの話ですが……弟と私は、父親が違います。弟の父はもしかしたら、貴族だったかもしれません」


「え……!?」


 衝撃を受けすぎて、エメラインは絶句してしまった。

 あまり似ていない姉弟だと思っていたが、半分しか血が繋がっていなかったとは。


「母はもともと若い頃、こちらのお屋敷で働いていたのを、父と結婚したために辞めたそうです。しかし、その後、父が亡くなったために再びこちらで雇ってもらったと聞きました。弟が生まれたのは、それからなので……」


「そ、そうなの……?」


「はい。その後、母も祖父母も亡くなってしまい、私と弟は孤児院に入れられました。それから、お嬢さまのお母さまに引き取っていただいたのです」


「そう……なのね……」


 エメラインは、なんとか平静を保とうとする。だが、動揺を隠しきれない。

 本当にバートが貴族の血を引いているというのなら、もしかしたら結婚相手として認められるのではないかと、一瞬考えてしまったからだ。


「しかし、弟の父が誰だったかはわかりません。弟の魔力の強さから、貴族ではないかと推測しているだけで……。それに、仮に貴族だったとしても、母は所詮平民のメイドでした。単なる私生児に過ぎませんから、平民扱いでしょう」


 ほんのわずかにわき上がった希望は、アルマの言葉によって絶たれた。

 確かに、例えバートが貴族の血を引いていたとしても、正嫡ではない以上、伯爵令息である現在の婚約者を押しのけるようなことはできないだろう。

 エメラインは、ぎゅっと拳を握りしめる。


 たとえバートと結婚できなくてもいい。彼が無事に戻って来てくれるのならば、それで構わない。

 エメラインは、自分の想いを押し殺してでも、バートを守りたかった。

 バートに守られるだけではなく、自分も彼を守ってあげたかった。無事を祈るだけではなく、何かできることはないだろうか。




 思い立ったエメラインは、父のもとを訪れた。


「どうか私をギャレット辺境伯領に行かせてください!」


 エメラインは父に訴えたが、案の定却下された。


「どうせもうじき行くことになるのに、焦ることなどないだろう。魔物が鎮静化してからにすればよい」


「お願いします! 今すぐ行きたいんです!」


「駄目だ」


 父の返事は冷淡で、取りつく島もない。


「お前が行って、何ができるというのだ。女が一人行ったところで、足手まといになるだけだ」


「でも……」


「そもそも、何故そんなに行きたがる? ……まさか、お前の護衛が辺境伯領に向かったからか?」


「……っ」


 図星を指され、エメラインは言葉を詰まらせる。


「馬鹿なことを。あれはただの平民で、お前が気にかけるような存在ではない。お前の母が拾ってきただけの、野良犬だ。長く側に置いておけば情がわくのも仕方が無いのかもしれないが、たかが護衛にそこまで入れ込むなど、愚かにも程がある」


 エメラインは唇を噛みしめながら、必死に反論する言葉を探す。


「彼は……バートは、私の大切な人なのです。だから……」


「くだらない。それは錯覚だ。お前は、まだ幼いせいで、その男に依存しているに過ぎない。そもそも、お前には立派な婚約者がいるだろう。それなのに、別の男のことなど考えるとは……我が娘ながら嘆かわしい」


 冷ややかな眼差しで見下ろされて、エメラインは俯く。


「とにかく、しばらく頭を冷やすことだ。おとなしく花嫁修業でもしていろ」


 話は終わりだとばかりに、父は部屋を出ていった。

 エメラインは呆然としながら、その場に立ち尽くす。


 確かに、エメラインが辺境伯領に行ったところで、何ができるわけでもない。

 父が言ったことも、正しいことばかりだ。貴族令嬢としての立場を考えれば、エメラインの行動は間違っている。


「でも……」


 頭ではわかっても、心が納得できない。

 エメラインは、きつく両手を握り締めた。


「このまま何もできないなんて……」


 バートを失いたくない。それだけは確かなのに、何も手立てが浮かばない。

 エメラインは自分の無力さを痛感し、肩を落とす。

 耳飾りが揺れて、涼しげな音を立てた。

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『無能と蔑まれた令嬢は婚約破棄され、辺境の聖女と呼ばれる~傲慢な婚約者を捨て、護衛騎士と幸せになります~』
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無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる1   無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる2
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