01.婚約破棄するぞ
「うるさい! わけのわからないことを言うようなら、婚約破棄するぞ!」
とある貴族の庭園で開かれたお茶会の席にて、エメラインは婚約者であるダミアンからそう叫ばれ、立ち尽くした。
ダミアンの隣には、金髪の巻き毛の少女が寄り添っている。彼女は愛らしい顔を怯えたように歪ませているが、目は笑っていた。
金髪碧眼で整った顔立ちのダミアンと並ぶと、婚約者であるエメラインから見ても、二人はお似合いに思えてしまう。
地味な顔立ちで赤毛のエメラインは、己の容姿に引け目を感じて俯きそうになってしまうのを、ぐっとこらえる。
事の発端は、とある貴族のお茶会に招かれたことだった。
エメラインは婚約者であるダミアンと一緒に行く約束をしていたのだが、後から一緒には行けなくなったと言われたのだ。
仕方がなく一人で来たところ、ダミアンは他の女を連れて現れた。
どういうつもりかとエメラインが尋ねたところ、言い訳すらせずに怒りを見せて叫び出したのだ。
「で……でも、ギャレット辺境伯家も絡んだ婚約を……」
ぼそぼそと、エメラインはささやかな反論を呟く。
ダミアンは伯爵家の次男だ。子爵家の長女であるエメラインよりも家格が上である。
しかもダミアンはいずれ、跡取り息子を亡くしたギャレット辺境伯の養子となって辺境伯を継ぐことが決まっている。
だが、エメラインの母はギャレット辺境伯家出身だ。血筋でいえば、エメラインが直系であり、ダミアンは遠縁に過ぎない。
エメラインが妻となるからこそ、ダミアンが辺境伯を継ぐことができるはずなのだ。
「浅ましいな」
しかし、ダミアンは冷めた目をエメラインに向けて、吐き捨てた。
「辺境伯家が欲しているのは、魔力の高い存在、つまり僕だ。きみは辺境伯家の血を引いているだけの無能に過ぎない。その身に辺境伯家の血が流れていることから、子に力が受け継がれるかもしれないという期待があるだけだ。代わりなんて、探せばいるんだよ」
ダミアンの嘲りの言葉が、エメラインを突き刺す。
貴族は魔力を持つものだが、エメラインには魔力がほぼない。
ギャレット辺境伯家は魔物が住まう地との境界を守る、強い魔力の家系だ。
魔力の乏しいエメラインは、血縁を確認する儀式により、辺境伯家の血を引いていることは認められている。しかしダミアンの言うとおり、エメラインではなく、いずれ生まれる子に期待されているのは確かだ。
言い返す言葉もなく、エメラインはお守りである翠玉の耳飾りに手を触れ、俯く。
エメラインの瞳と同じ色のそれが、軽やかな音を立てた。
「そもそも、この婚約はきみがどうしてもというから、受け入れてやっただけのこと。感謝されても、文句を言われる筋合いなどない」
続くダミアンの言葉も、本当のことだ。
エメラインのほうから、華やかな顔立ちのダミアンに惹かれた。
幼い頃、祖父であるギャレット辺境伯から、婚約者候補だとダミアンを紹介されて、ぜひにとエメラインが望んだのだ。
そのときのことは幼かったためかよく覚えていないが、素晴らしい美少年に心奪われたということだけは覚えている。
「何の取り柄もないきみが、僕の婚約者であることの幸運を、よく考えてみることだ。身の程をわきまえろ」
傲慢なダミアンに呼応するように、周囲からくすくすと笑い声が漏れ聞こえてくる。
刺繍や楽器の演奏といった、貴族女性のたしなみが苦手なエメラインは、地味なダメ令嬢と囁かれているのだ。
「……あの方では、ダミアンさまとは釣り合いませんのにね」
「辺境伯家の血を引いているというだけの無能のくせに、何を勘違いしているのかしらね」
「あんなダメ令嬢、早く婚約破棄してしまえばよろしいのに」
悪意に満ちた声がエメラインに浴びせられる。
ダミアンは王都でも一、二を争う美形と噂され、その婚約者であるエメラインに嫉妬の視線が浴びせられるのはいつものことだ。
だが、エメラインに堂々とその視線を受け止められるだけの自信はない。
ダミアンの隣は、エメラインの居場所ではないのだ。
「……っ」
こぼれそうになる涙をおさえながら、エメラインはダミアンに背を向けて、お茶会の会場から逃げ出した。
これ以上、悪意にさらされるのは耐えられなかった。
地味なダメ令嬢と見下されているのは知っているが、自分でもそれを否定できずに、何も言えなくなってしまうのだ。
「お嬢さま……」
会場の外では、エメラインの護衛騎士であるバートが待っていた。
茶色の髪に茶色の瞳という、目立たない色彩の持ち主であるバートだが、大柄な体躯は存在感がある。
バートは心配そうな眼差しを向けながらも、何も尋ねてくることはない。
ただ黙って寄り添い、馬車に向かって歩き出す。
「帰りましょう」
普段から口数の少ないバートは、たった一言だけ口にする。
だが、優しさのにじむその声が、エメラインの強張った心を解きほぐすように、穏やかに響き渡っていく。
余計なことを尋ねてこないバートは、いつもどおりだ。
「ええ……」
エメラインは小さく頷き、馬車に乗り込む。
普段と変わらないバートの姿に、エメラインは少しだけ心が安らいでいくのを感じていた。
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身分差の恋愛と、婚約破棄ざまぁです。
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こちらもよろしくお願いいたします。