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ドラゴンボーイと取材

「今日は紫月ちゃんのアナウンス原稿の取材に行きます。桃ちゃんと碧君もついてきてもらいます!」


 そう蜜柑に告げられ、1年トリオは放送室を後にした。蜜柑は歩きながら取材のイロハについて語る。その中で蜜柑は取材のマナー的なことを教えるが、「今回は学内の生徒相手だからあまり気にしなくていい」とカラッと笑った。

 蜜柑が立ち止まった場所は一年棟の踊り場で、碧もよく通る場所だった。そこの掲示板には部活動勧誘のポスターが所狭しと掲示されていた。紫月はその中でも“文芸部”のポスターを指さした。


「文芸部のポスターってここ以外にも掲示されているんだけど、デザインが全部違って、変な……目を引く写真が使えわれていて、どんな人がどんな目的で作ったんだろうって思っていて」


 そのポスターには、積み上げられた教科書とその上にレモン味のビタミン飲料が置かれている写真が使われていた。下におしゃれで解読しにくいフォントで“文芸部”と基本情報が書かれている。


「……『檸檬』ですか?」

「お、桃ちゃん、よく知ってるね。このポスターは『檸檬』って文学作品を参考にしているらしいの。他にはね、長靴に入れられた猫とか、台車でメロンを運ぶ……無理やり走れメロスとかあるよ」

「あ、見たことあります! あれ文芸部のポスターだったんですね」

「これを作った文芸部の部長、スミス氏は私と同じクラスでね……取材しやすい人で助かったよ。や、ある意味取材しにくいかもな……」

 それまで明るく説明していた蜜柑の声が、どんどん小さくなっていった。

「いえ、取り次いでいただいて、ありがとうございます」

「いいんだよ。かわいい後輩の頼みだからね。これでアナウンス原稿書きたいなんて、紫月ちゃんはセンスいいよ!」


 「じゃ、こっちが文芸部だから」と蜜柑は再び歩き始める。蜜柑についていきながら、碧は一つの疑問を口にした。

「スミス……先輩って、留学生なんですか? ハーフとか?」

「いやゴリゴリの日本人。ペンネームだよ。ドラゴン・スミス。本名は三角竜一」

「先輩に言うのもなんですけど、かわっ……アーティスティックな香りがしますね」

「あははー。見た方が早いかもね」


 話を聞いていた紫月と桃も、碧の感想に同意するようにうなずいた。蜜柑は乾いた声で笑う。

 そうして話しながら歩いていると文芸部の前につく。蜜柑に促され、紫月が扉をノックした。


「失礼します。放送部です。」

「はーい。どうぞ」


 扉を開けるとそこには、ポーズを決めた男子生徒――ドラゴン・スミスが立っていた。腕と手で顔を半分覆い、空いている右目がこちらをとらえる。足はクロスされ、絶妙なバランスを成立させている。

 突然のことに、紫月達1年トリオは呆然とするが、蜜柑は慣れているようで無表情だった。


「スミス氏、うちの1年が引いてるから、普通に立って」

「すまない、君たちにはまだ早かったようだ。座ってくれたまえ」


 スミスはそう言うと姿勢を元に正した。そして、手前のソファーに腰掛けると長い脚を上げ、優雅に組んだ。

 演劇のような動きに対し、ドラゴン・スミスこと三角竜一の外見はいたって普通だった。左目にかかる重たい前髪がすこし気になるが、清潔感のある育ちのよさそうな男だ。

 文芸部の部室は、放送室より幾段か狭い部屋だった。所狭しと本が置かれており、奥の方に古いパソコンが見える。


「初めまして。本日取材を申し込んだ放送部1年の中村紫月です。今回は文芸部のポスターについて、大会のアナウンス原稿にまとめたいと思い、お願いさせていただきました。」

「蜜柑嬢から聞いている。文芸部部長、ドラゴン・スミスこと三角竜一だ。よろしくどうぞ」


 紫月はそっと蜜柑に目配せする。蜜柑は何も言わずただ頷いた。


「それで、そちらの二人が見学の若駒かい?」

「そう、伊咲碧君と、麻倉桃ちゃん」

 蜜柑の紹介に合わせ、二人は礼をする。その礼に対しスミスが片手をあげる。


「それではさっそく、取材を始めさせていただきます。……文芸部の部活動勧誘ポスターには目を引く写真が使用されていますが、どのような意図があるのでしょうか」

「うむ。あれの仕掛けに君は気づいているかい?」

「有名文芸作品がモチーフになっていますよね」

「イグザクトリー! 少しひねりつつも、文芸部と分かるものにしたかったんだ。……実のところ、あれは部活動勧誘のポスターのために撮影したわけではないんだ。偶々この手の芸術を創造してね。ちょうどよかったからポスターに採用した」

「……芸術を創造した背景とは?」

「頭の固い教師が居てね。Mr.湯布院。授業は取っているかい?」

 知らない教師の名前に紫月が首を振ると、蜜柑がフォローを入れる。

「ゆふぃーは1年の授業ないはずだよ」

「流石、蜜柑嬢は物知りだ。……そいつの鼻を明かしたかったんだ。ヤ奴なんだよ」


 予想外の答えに紫月はぽかんとする。その様子にスミスはクスクスと微笑む。


「檸檬のポスターは見たかい? あれを最初に撮ったんだが……あの教科書の塔をね、授業の前に準備して教卓に飾ったのさ。『自分なりに檸檬を解釈してみました』ってね。……ちょうど授業で『檸檬』を学んでいたから、怒鳴るに怒鳴れないかなって思ってね」

 スミスは、組んでいた足を組み替える。

「それでも僕はあいつが怒鳴り散らかすと思っていたんだが、結果大絶賛されてね。あの写真もMr.湯布院が授業中に撮影したものだよ」

「え!」

「そうしたらもうどうでもよくなってね。……芸術とはこういうことかと納得した。そこから何となく、似たような写真を撮るようになった。後付けだが、一応『有名文芸の再解釈』という意味をあのポスターシリーズには込めている」


「なるほど。ありがとうございます。次にーー」

 紫月はその後、2,3質問をし、初めての取材を終えた。


×   ×   ×


 文芸部の部室から出ると、どこからか吹奏楽部の練習する音が聞こえてきた。


「初めての取材はどうだった?」

「……難しかったです」

「スミス語を解読するのが?」

「いえ! 予想と違う答えが出てきたとき、その答えに対していくつか疑問が生まれたのですけど、上手く、質問にできなくて……」


 紫月は持っていたメモ帳をぎゅっと握りしめた。その様子に蜜柑は優しい顔で声をかける。


「まぁ、こればっかりは慣れだね。後で質問したいことができたら、今回は私が教室で聞くから言って」

「ありがとうございます」

「ま、とりあえず原稿書き始めてみてね」


 蜜柑は満足そうに頷くと、見学の2人に視線を向ける。


「2人は? どうだった?」

「面白かったです! 個性的な人でまるでお芝居を見ているようでした!」

「人の話を聞くのって面白いですよね」

 蜜柑はニコニコと2人の感想を聞く。その表情は少しほっと安心したようでもあった。

「……アナウンスでも番組制作でも取材は必須だからね。3人が人見知りしなくてよかったよ」

 しみじみと呟く蜜柑の言葉に、3人は朱音の顔を思い出す。その様子に気付いた蜜柑が、困ったように笑った。

「まあ、得意なことを得意な子がやればいいよ。助けてあげてね」


 階段を登り切ると、廊下の端に放送室が見えてくる。

 蜜柑はぐっと背伸びし、息をつく。


「まぁ、スミス氏が面白いのは、授業中は普通の男子高校生な所なんだけどね」

「え? あの話し方じゃないんですか?」

「うん。ただの三角竜一。でも内なる芸術家の激情を抑えられず、突然変なこと始めるんだよね。あの“檸檬”も知らない奴からしたら、真面目な生徒が突然暴走しだしたから、すごい空気だったんだよ」


 ケラケラ笑いながら告げる蜜柑に対し、1年生3人は顔を見合わせる。


(高校には、いろんな人がいるんだな……)

 碧は窓の外の遠くを見つめた。


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