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紅き想い

「それじゃ、碧君と桃ちゃんが朗読、紫月ちゃんがアナウンス。これで決定でいい?」

「「「はい」」」

「朗読組は、本、決めた?」

「……一応」

「はい!」

「選出箇所のアドバイスは、同じく朗読組の朱音ちゃんと翠川に聞いてね。アナウンスの紫月ちゃんは私が教えるね」


 1年の3人は頷く。

 1年生の大会での出場部門が決まった。朱音の朗読に憧れて入部を決めた碧と声優志望の桃が朗読、裏方に興味があり部長の蜜柑に懐いている紫月がアナウンスになった。

 碧は、部屋の端で本を読んでいた朱音に声をかける。


「遊井先輩はどの本をやるんですか?」

「えっと、川原泰成の本」

 朱音は話しながら、本を碧に見せてくれる。

「これだいぶ暗い話じゃなかったですか?」

「ふふっ、課題図書って暗い話多いよ」

「そうなんですか⁉」

「うん、碧君の選んだ本は読みやすい奴だけどね。課題図書のうち、一冊は古文で一冊がエッセイ的なの、一つは読みやすい話題作で、ほかふたつは暗い話ってイメージかな?」


 朱音は、碧に対しだいぶキョドら無くなっていた。彼女は意外と笑い上戸で、碧の言動によくツボっている。

 楽しそうに会話する2人の様子を見た翠川はふむと頷き、一つの提案をした。


「じゃあ、今日は俺と遊井が実際に朗読して選出箇所のポイントとか説明するか」

「え」

「いいんですか!」


 突然のことに驚く朱音と反対に、朱音の朗読が聞けると碧は目を輝かせる。


「マイクの準備の仕方も説明するよ。隣の部屋に行こうか。遊井はマイクの準備方法を1年に教えてあげて。……蜜柑! 中村はどうする?」

「んー、じゃあ、マイクの準備方法まで教えてもらって、朗読の話になったら戻ってきて。……や、2人の朗読聞きたかったら聞いてきてもいいよ」


 戸惑う朱音を置いて、翠川はニコニコと話を進めた。ここ数週間で分かったことだったが、蜜柑は朱音がやりたくないことをやらせないが、翠川はお構いなしに仕事を振るタイプであった。

 「じゃあ、こっち」と朱音は機材のおいてある方に1年トリオを誘導する。


×   ×   ×


 マイクの配線は意外に簡単であった。メモを用意していたが、そこまで書く内容もなく、説明は終わった。

 翠川はいつの間にか台本を用意し、マイクスタンドの前に立つ。


「じゃあ、俺が朗読してみるから、遊井、解説してな」

「はぃ」

 翠川が息を吸う。瞬間、空気が変わる。


「3番、三波高校、翠川翔――」


 低い男の声が、視聴覚室に響き渡る。優しい声であるのに、どこか威圧感がある。

「『私が、あなたの声になります』」

 女がいた。恋する女がそこにいた。

「彼女はひたすらに愚かだった、いつもいつもーー」

 まだまだ素人である碧の耳でも、翠川の朗読がうまいということが分かる。


「上手だよね。翠川先輩」

 ただ茫然と翠川の朗読を聞いていた碧は、朱音に小声で話しかけられ、現実に引き戻される。


「まず……これはアナウンスもなんだけど、発表順の番号と学校名、名前、作品名を言う」

「朗読は1分30秒~2分、アナウンスは1分10秒~1分30秒……文字数じゃなくて時間の制限があってその中に納まるように原稿を準備する」

「朗読には、適度に台詞と地の文があることが必要で……登場人物の心が動くシーンだとなお良し」


「でも今は、その愚かさが愛おしかった。」


 朱音が説明しているうちに、翠川の朗読が終わった。翠川は朗読を行いながらもこちらの様子を見ていたようで、上手く説明していた朱音の様子に満足げであった。


「じゃ、今の説明を踏まえて、遊井先輩の朗読を聞いてみようか」

 朱音と翠川の場所が入れ替わる。翠川は歩きながら「ここまでで何か質問はないか?」と1年生に尋ねた。

「はい!」

 桃が元気よく手を挙げる。

「制限時間を超えるとどうなるんですか?」

「大幅減点だな。……内容を詰めたいからって早口になってもダメ。テンポと間が大事。……他は?」


 碧と紫月は顔を見合わせ、今のところ何もありませんと言った。

 翠川が目線で、朱音に促す。


「じゃ、遊井」

「はい」

 朱音が姿勢を正す。すぅーっと息を吸う。

「16番、三波高校、遊井朱音。川原泰成作――」


 朱音の雰囲気がガラッと変わる。彼女の声が場を支配する。


「金魚は死んだ」


 碧は自身の高揚を感じていた。ドキドキする。翠川の朗読を聞いた時は、上手だと思ってもここまでドキドキしなかったのに。

(二人の違いはなんだろう)

 朱音の唇から目が離せない。先ほどの説明の内容が飛んでしまうほど、碧は朱音の朗読に夢中になった。


×   ×   ×


 片付けをしながら、碧はこっそり朱音に話しかけた。

「朱音先輩ってなんで放送部に入ったんですか?」

「?」

「や、なんとなく、気になって」

「うーん、そうだなー」


 マイクのコードを8の字にまとめながら、朱音は天井を仰いだ。


「迷子になってさ」

「へ?」


 ポカンとした碧の顔を見て、朱音はクスクスと笑い出した。

「……私人見知りでさ、部活動勧誘を避けて歩いてたら、いつの間にか迷子になっちゃってさ。その時蜜柑さんに道案内してもらって、ついでにうちの部活どう?って誘われて、見学して、気づいたら入部してた」

「そ、そんな感じなんですね」

 朱音の意外な入部経緯に、碧は戸惑った。


「うん。でも今は入部してよかったって思ってる。楽しいしーー」


 突然、朱音の雰囲気が朗読の時のようにピンと張りつめる。


「結果を残したいって思ってる」


 しかし、一瞬で元の朱音に戻った。けろっとした顔でまとめていたコードを箱にしまう。


「そういえば、伊咲君はどうして放送部に入ったの? 朗読やりたいんだっけ?」

「へ⁉……それはーー」


 「あなたに憧れて衝動的に入部しました」なんて言えない、ちょっと恥ずいと碧は焦る。

 だが、じっと見つめてくる朱音の目に吸い込まれそうになり、自然と口が開いた。


「俺はーー」

「そろそろ下校時間だよ!」


 遠くからかけられた蜜柑の声に二人はハッとし、会話はそこで終了した。

 碧はホッとし、帰り支度を始めるのであった。


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