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春の風とクラスメイト

キーンコーンカーンコーン

 その日最後の授業が終わり、教室に緩んだ空気が流れる。


(今日は部活休みなんだっけ)


 放送部は水曜日と土日定休の週四日の活動であった。さすがに大会が近くなると土日に部活をする日もあるらしいが、基本ゆるゆるの部活であった。


(本当に放送部の強豪校なんだろうか……)


 1週間前、所属した部活が予想外に強いことを知った碧だったが、何となく、詳しい話を先輩に聞けないままであった。部長である蜜柑は「楽しいのが一番だからね」と事あるごとに言い、無理はしないというのが部活のモットーらしかった。

 

 碧がボーっとしていると、終礼の為に担任が入室する。そして5分も経たないうちに終礼が終わる。


「うちのセンセ、終礼早くていいよな」

「そうだね」

「早く部活に行けるのは嬉しいけど、早すぎると準備全部やれちゃうから、ちょっとだるいんだよなぁ」


 碧は前の席の生徒――相沢紘人とすっかり仲良くなっていた。紘人は社交的なタイプで碧以外の友人も多いが、休み時間になるたびに碧に話しかけてくれる。紘人は結局、卓球部に入り、熱心に頑張っている様だった。


「伊咲、今日部活は?」

「水曜は休み」

「そっかー、……放送部って面白い?」

「……うん、まだ慣れないけど、楽しいよ。……想像以上に」


 仮入部がやっと終わるという時期で、まだ発声練習しかしていなかったが、声を出す楽しさに、碧はハマりつつあった。

 そんな碧に紘人は笑顔を向ける。

「よかったな!」


 しばらく話をした後、紘人は自分の部活に向かった。碧も帰ろうと帰宅の準備を始めたとき、教室から出ていく紫月の姿が視界に入った。


 中村紫月は品のある凛とした少女である。紫がかった黒髪を一つにまとめ、制服を校則通りに着こなしている。授業態度も極めて真面目で、いつ見ても綺麗な姿勢であった。


(同じクラスなのに、教室では話したことないんだよな)

 同じ放送部でクラスメイトの紫月とは、部活からの帰り道で少しずつ話すようになっていた。碧も緊張感無くタメ口で話せるようにはなったが“仲良く”というところまでではなかった。それは紫月だけでなく、違うクラスの桃も同じことであった。


(もっと仲良くなれたらいいなー、ってあれ?)

 紫月が教室から出た少し後に、碧も教室から退出した。しかし、教室から出た所に、まだ紫月はいた。しかも、険しい顔をして誰かと話している。

 碧は少し心配になりながらも、通り過ぎようと歩みを進める。


「放送部に入ったから、演劇部には入らないよ」

 “放送部”というワードに、碧は一瞬足を止める。

 紫月の前には彼女より少し背の低い、たれ目の女子生徒がいた。胸には2年生の赤い校章をつけている。

「放送部は兼部に寛容だよ。去年の3年生は放送部と演劇部の兼部をしている人がいてーー」

「そうだとしても、私はしないから」

 話をしながら首を振った紫月と、通り過ぎようとした碧の視線が合う。すると紫月は碧の手首をつかんだ。

「⁉」

「私、部活行くから。茉由も、茉由先輩も部活でしょ」

「ちょ、紫月――」

「行こう、伊咲君。……失礼します」

 混乱する碧をよそに、紫月は碧を引き連れ廊下と階段を進んでいく。茉由と呼ばれた生徒も追いかけるつもりはないらしく、碧と紫月はそのまま放送室の前までやってきた。

 急いで階段を駆け上がったため、息が上がる。肩で息をしたまま、紫月は碧から手を離した。

「はぁ、あ、……ごめんね。伊咲君」

「や、はぁ、大丈夫」

 息を整えていた二人は、視線がかち合ったがすぐにそらした。紫月は突拍子の無い自身の行動の理由を説明するかどうか悩んだ様子で、右手で左腕をさすっていた。

「一応確認だけど、今日部活休みだよね」

「……うん」

「……なんかあったの?」

 あまり重たくならないように気を付けながら、碧から紫月へ理由を聞く。

「……ちょっと強引な、部活勧誘に遭ったというか」

「そっか、それは災難だったね。……えっと、帰ろうか」

「うん」

 二人は昇降口に向かって歩き始める。暫く無言で歩いていたが、紫月はポツリポツリ話始めた。

「私さ、子供劇団に所属していたんだよね。あの子はその時の知り合い。私が演劇部に入ると思っていたみたいで」

「そうなんだ」

「うん。……演劇が嫌いとかじゃないんだけど」

 どこか言い訳のような響きだった。

 碧はそのまま話を変えようか悩んだが、結局気になったことを聞くことにした。

「どうして、演劇部じゃなくて放送部に入ったの?」

「……どうしてだろうね」

 それまでもなんとなく気まずい空気だったが、決定的にまずいことを聞いてしまったかと、碧はすっかり困ってしまった。状況を打開するために、必死に言葉を探す。

「お、俺はさ、遊井先輩の朗読がかっこいいなって思って、入部しちゃった」

「しちゃった?」

「うん。なんか、勢いで」

「あははっ、何それ」

「あー、うん。俺もびっくりした。それまでは、中学の時と同じ卓球部か、帰宅部になると思っていたから」

 二人の空気がふっと柔らかくなる。碧も緊張が解け、へにゃりと笑う。

 紫月は背負ってたリュックの肩紐の位置を、さりげなく直した。

「ホントはね演劇部入ろうと思っていたのだけど、一応、他の部活もみとこうかなって思って、……見学の時に見せてもらった放送部制作のドラマに心奪われたんだ。だから私も勢いなのかも。伊咲君と一緒」

「一緒だ、ね。……ドラマって?」

「蜜柑先輩が去年の大会用に作ったテレビドラマ。見てないなら今度一緒に見せてもらおう。桃ちゃんも一緒に。凄く面白かったんだ。カット一つ一つに意図があって、役者の演技がさらによくみえて!」

「そっか、放送部って朗読だけじゃないんだもんね」

 紫月の表情は、先ほどから一転して柔らかいものになっていた。

「もともと裏方に興味あって、演劇部に入っても裏方転向しようと思っていたのだけど。……見せてもらったドラマに感動して、蜜柑先輩にいろいろ教わりたいなって思って」

「部長優しいよね」

「ね」

 いつの間にか昇降口まで来ていた。バス通学の紫月と自転車通学の碧はここで別れることになる。


「多分茉由は、私にライバルになって欲しかったのだと思う。人生青春みたいな子でさ」


 別れる間際、聞こえるか聞こえないかの音量で紫月は呟いた。

 複雑そうな紫月の表情は、幼い子どもの様だった。どうにかしたくて、碧は声をかける。


「楽しいのが一番だよ!」

「え?」

「部長も言ってたじゃん。楽しいのが一番だって。だから今、中村さんが楽しければいいのかなって。その、つまり、演劇部に入らなかったことを後ろめたく思う必要はないと思うよ」

「……そうだね。今、放送部に入って楽しいからいいのか」


 うつむいていた紫月の表情はわからなかったが、声色はスッキリした様子であった。

 紫月は顔を上げて、碧と視線を合わせる。


「そういえば、紫月でいいよ。おんなじクラスに中村さんがもう一人いるし。私も碧君って呼んでいい?」

「うん! よろしく紫月、ちゃん……」


 春の風がほってった碧の頬を冷ますのであった。


×   ×   ×


「翠川君! ちょっと待って!」

 蜜柑が紙の束を掲げながら、帰ろうとしていた翠川を呼び止めた。

 部活が無い生徒の帰宅ピーク時間を少し超えた昇降口は、生徒がまばらになっている。翠川は靴を取り出そうとしたのを止め、端の方に寄った。

「どうした?」

「これ、前言ってたやつ。先生のOK出たから、次の部活で後輩にも配る」

「相変わらず仕事が早いな。わかった。読んでおくよ」

 蜜柑から翠川に手渡された紙の束には〈創作ラジオドラマ「二次元症候群(仮)」〉と書かれていた。


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