熱の行方
「それではただいまより、全国大会のお疲れ様!翠川君準優勝おめでとう会を始めます! 乾杯!」
蜜柑によって乾杯の音頭が、控えめに告げられる。高校生の打ち上げ御用達の店の一角に、三波高校放送部の面々は集まっていた。店は賑やかで、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。
バイキング形式の豪華な料理を目の前に、碧たちは目を輝かせる。部活の思い出話や、まったく関係ないアイドルの話。話は尽きず、途切れず、ずっと笑いながら、全員で楽しい時間を共有した。
「そういえば、次の副部長はどうするんだ?」
会の終盤、翠川からのその言葉に、1年生3人は顔を見合わせた。碧はたった今までそのことを忘れていた。端で静かにご飯を食べていた佐々木は何も言わずニコニコしている。顧問として何か言うことはないらしい。
「……私、やりたいです」
紫月の手がまっすぐ上がる。
「遊井は? どうなんだ?」
「へ?」
「次の部長朱音ちゃんでしょ」
ポカンとしている朱音に対し、蜜柑が呆れたように笑って小突く。
「! ……他の2人はどう?」
「私は紫月ちゃんなら安心です。……や、碧君なら不安とかじゃなくて!」
「ははっ、はい。俺も紫月ちゃんなら安心です」
桃と碧の様子に対し、朱音はうなずく。そしてかしこまった態度になる。
「では、中村紫月さん、副部長をよろしくお願いします!」
「はい。よろしくお願いします」
その様子に対し、蜜柑と翠川がどちらともなく拍手を送る。碧と桃も遅れて拍手する。
「それでは、新部長と新副部長。就任のご挨拶と抱負をどうぞ」
わざとらしく声を作った蜜柑の言葉に対し、朱音と紫月は視線で会話する。
「え、あ、じゃあ、私から。……新副部長になった中村紫月です。副部長として朱音部長を支えられるよう頑張ります。私個人としては以前から興味のあった番組制作に力を入れていきたいです。よろしくお願いします」
優しい拍手が送られる。
次に挨拶をする朱音の表情は青かったが、覚悟を決めた様にほほを軽くたたき、挨拶を始めた。
「新部長の遊井朱音です! 頑張ります!」
「……それだけか?」
「いえ! ……見ての通り、私はひとの視線が得意ではないです。いつもよくしてもらっているみんなでも、やっぱり怖いです」
再び話始めた朱音の声はどこか不安げだった。しかし、話すことを止めようとはしなかった。
「正直部長の器ではないです。……でも、頑張りたいと思います。紫月新副部長や碧君、桃ちゃんに頼りっきりにならないようにします。私に、ついてきてください」
「「「はい!」」」
そこには人に対してきょどっている普段の朱音はいなかった。不安になりながらもまっすぐに前を見つめ、みんなに手を差し伸べる“部長”の遊井朱音であった。
「……大きくなって」「本当になぁ」
朱音のあいさつに対し、まるで親のようなことを言いながら、蜜柑と翠川が拍手を送る。佐々木も優しい顔でその様子を眺めていた。
「……せっかくなら、碧と朝倉もなんか挨拶したらどうだ?」
「「え?」」
「ま、部員少ないしね。せっかくだしいいんじゃない」
翠川と蜜柑の勧めに、碧と桃は慌てる。しかしすぐさま、桃が碧の方を向いてグッと勢いよく手を差し出してくる。
「わ、私に先行を譲ってください」
「う、うん」
碧から先行を譲ってもらった桃は、深呼吸の後、ゆっくり話しだす。
「……私は、声優になりたくて、その夢の一環で放送部に入りました。今は朗読をもっと上手くなりたいと思っています。結果を残したいです。あと、ラジオドラマの主役もやりたいです! よろしくお願いします!」
桃は声が裏返りながらも、勢いよく話しきった。その顔には汗が浮かんでいる。
碧は桃に拍手を送りながら、自分のあいさつはどうしようかと思考した。しかし、どうせまとまりきらないんだからいっか、と思ったままを話し始めることにした。
「俺は、もっと読みの技術や番組制作の技術をつけたいと思っています。……でも、大会で成績を残したいとか、……闘争心は少ないです。朗読とアナウンスどっちがいいとかも今はないです。……それでも、本気で上を目指す人と同じぐらい頑張りたいです。同じ熱を共有できればいいなと思います」
碧はいつの間にか朱音の方を見ていた。碧はそれに気づいて、バッと顔をそらす。そしてやけになって声を上げる。
「とにかく頑張ります! よろしくお願いします!」
一番大きな拍手が上がった。恐らく自分の顔は真っ赤だろうと碧はうつむく。
すると、佐々木が咳ばらいをし、生徒たちの注目を集める。
「私が忙しく部活にあまり顔を出せないばかりに、皆さんには苦労を掛けます。そんな中、皆さんがよい関係を築けているようで私は安心しました。……私は部活で勝ちを目指すも、思い出を作るも自由だと思います。しかし、学校の部活では皆が同じ道を目指すことが、多くの場面で推奨されています。その中で、心を病んでしまう生徒も少なくありません。今のあいさつを聞き、皆さんは部活動との向き合い方をそれぞれ考えられているようで、その、驚きました。皆さんの進みたい道へ行けるよう顧問としてサポートしますのでいつでもご相談ください。……新しい門出に拍手を。そしてそんな皆さんを今まで支えてくれた葉山さんと翠川さんに拍手を」
温かい拍手が全員に送られる。佐々木のスピーチは相変わらずいい声だった。
碧にとって短いようで長い3か月だった。3年生にしたら長いようで短い3年なのだろうか。この3か月、碧はずっと楽しかった。それが終わってしまうのかと思うと、一種の不安が碧を襲う。でも、この放送部なら大丈夫だろ。
これからも楽しい生活が続くよう、誰かの熱を大切にできるよう、碧はグッとサイダーを飲み干した。
とりあえず、1部完です。気が向いたら続きを書きます。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




