帰郷
「――!――くん!……翠川君!」
「ん」
翠川は目を覚ます。
「そろそろ搭乗始まるから、おきて」
翠川の意識が覚醒し辺りを見渡すと、蜜柑が隣の席でスマホを機内モードにしていた。
「あぁ、ありがとう」
翠川翔の最後の大会は、準優勝に終わった。
優勝したのは、翠川の目の前にいた顔色の悪い女子生徒で、優勝が決まった瞬間過呼吸になり、ちょっとした騒ぎになった。
蜜柑はスマホをカバンにしまい、伸びをした。ふと、翠川の方を見る。
「え?」
「ん? どうしたーー」
翠川は、自身が泣いていることに気が付いた。寝起きのあくびでもなかった。ただ、ぽろぽろと。
「なんで、え、」
「……ちゃんと本気で、悔しかったんじゃないの」
蜜柑は優しい顔でハンカチを差し出す。翠川は無言でそれを受け取り、目を抑える。
「……3年間、楽しかったな」
「そうだね」
才能を正しく使った翠川も、理想と適性を天秤にかけ適正を選んだ蜜柑も、結局一番になれなかった。しかし、争いや衝突が嫌いな2人が作ったこの部活は、間違いなく楽しかったのだ。
搭乗案内が遠くで流れ始める。3年が終わる。
× × ×
空港に帰ると、外はもう真っ暗だった。
数名の親たちが迎えに来ていたが、碧の親はおらず、「少し遅れる」と連絡が来ていた。
顧問の佐々木と隅で立っていると、帰ったはずの朱音がやってきた。
「どうしたんですか?」
「お母さんがたまたま知り合いに会っちゃって、先に車行ってもいいけど、せっかくだから一緒に待とうかなって」
「あ、ありがとうございます」
「では、僕はトイレに行ってきていいですか?」
佐々木が立ち去り2人っきりになる。
「東京どうだった?」
「……大会じゃなくてですか?」
「ふふ、どっちでもいいよ」
「なんか結局楽しかったです。……でも緊張酔いしそうでした」
「変な空気だよね。2日目のさーー」
夜の空港は変な静けさがあった。つい3か月前は会話を続けることが難しい関係性だったのに、するすると会話が続いていく。
「3年生卒業しちゃうね」
「そう、ですね」
「……私、頑張るね。あんまりいい部長にはなれないと思うけど」
「俺も、もっとがんばります。一緒に!」
朱音は不安げな顔だったが、碧の返しを聴くと目を丸め、ふわっと笑った。
「伊咲君ってさ、寂しがりや?」
「え゛?」
「ふふ」
憧れの先輩の思わぬ問いかけに碧は動揺する。
今の朱音の表情は、初対面の時とも、朗読の時とも、ちょっと仲良くなった時とも違った。くるくると変わる彼女の印象に碧は心奪われていた。




