県大会小話
その壱 10:05
開会式後、碧がトイレから出ると、トイレの前に立っていた女子生徒と目が合った。
「あ!」
「⁉」
すぐ目をそらそうとした碧に、その女子生徒は指をさし話しかけてきた。
「なんだっけ? 伊咲君?」
「は、はい。えっとーー」
「比賀士高校のボルバーラ加藤です!」
ボルバーラは金髪のお人形のような少女であった。何も心当たりの無い碧は、これから何があるんだと戦々恐々とした。
「ホントは地区大会で言おうと思っていたんだけど……」
「……はい」
「貴方の声ってホント素敵ね!」
「へ?」
「あたし、ファンになっちゃった!」
突然の告白に碧はきょとんとする。ボルバーラは興奮しながら話し続ける。
「あたし、声フェチでさ、こー柔らかい声が好きなんだけど、君の声めっちゃよくて!」
「はぁ」
「もー地区大会で敗退したの残念過ぎて! 私も落ちたんだけど笑」
「あー」
なんて返していいかわからない。碧はボルバーラの勢いにたじたじだった。
「ってかさーー」
ボルバーラのマシンガントークは、ボルバーラの先輩が彼女を呼びに来るまで続いた。
× × ×
その弐 14;25
「24番、岩見女子高等学院、市井真夢――」
(ほんと面白いな、題材が強いってこういうことなんだ。あと本当に岩巳女子”強豪校”って感じだなぁ)
紫月は自分の出番があるにもかかわらず、他の選手のアナウンスを聴き入っていた。
3つ前の生徒の番が終わり、会場の緊張感がふっと緩む。
紫月が席を移動しようとすると、会場に碧が入ってきた。
(碧君! 番組の講評終わったのかな?)
碧も紫月に気付き、頑張れという風に小さくこぶしを握って見せてくる。
それに対して、紫月はうなずいて返す。
碧は会場にいた蜜柑を見つけ、その近くに座った。
(……そういえば、朗読じゃなくてこっちに来たんだ)
紫月は、碧は朱音のことが好きでーー恋愛的な意味で好きで放送部に入っているのだと思っていた。しかし、先日話した時の様子では、碧は朱音に恋愛的な好意を抱いていなさそうだった。
(まぁ本当に好きなら、たとえ朗読でも好きな人のことを「好き」だなんて言いにくいか……)
いよいよ自分の前の生徒の順番になり、紫月は意識を大会に戻す。
(悩んでいる……訳ではなさそうだけど、何かきっかけになるようなアナウンスができたらいいな)
紫月は穏やかで明るい部活の雰囲気や、まっすぐで優しい碧のことを気に入っていた。
「27番、三波高校、中村紫月――」
× × ×
その参 16:37
閉会式が終わり、生徒たちは会場の片づけをしていた。しかし片付ける物に対して人が過多であり、何人かの生徒は会場の端で雑談に興じていた。
蜜柑もまた、やることが無く、会場に張り出された順位表を眺めていた。
「お疲れ様、葉山さん」
「――天童君」
声をかけられ蜜柑が振り向くと、そこには芸田工業の生徒、天童万里生が立っていた。
「テレビドキュメント部門最優秀賞おめでとうございます。……何見てんの?」
「そちらこそ創作テレビドラマ部門の方、おめでとうございます。……何って」
万里生が蜜柑の隣に並び立つ。
「あぁ、順位表。……葉山さん、9位だったんだ。結構惜しいじゃん」
「そうだね。……天童君読みの方出てないらしいじゃん。君の高校、番組だけって訳じゃなかったと思うけど」
「それはそうだけど、時間の無駄でしょ。僕たちの本番は読みじゃない。番組でしょ?」
同意を求める様に、天童は蜜柑を見つめる。蜜柑は逃げるように瞼を伏せた。
「そーだね」
「葉山さんはよくやってるよ。……てか11位、君の学校の1年生じゃん! 凄いな」
「将来有望なんだ」
「ふーん」
天童はしばらく順位表を見ていたが、突然興味をなくしたかのように反転した。
「じゃ、また全国大会で会おう」
「……お疲れ様」
ひらひらと手を振って歩きだした天童の後ろ姿を、蜜柑は見送る。それと入れ違いに翠川が蜜柑の方にやって来た。
「先生が呼んでる」
「うん」
蜜柑はその場を離れた。
× × ×
その肆 18:47
〈間も活舌もよかったが、演技に力が入りすぎていた〉
〈台詞の部分でテンポが狂った〉
凛々子は講評用紙を苦々しい顔で握りつぶし、ふぅーーっと息を吐き出す。
(最後の最後で力が入ってしまいましたわ。次こそ冷静に練習通りにーー)
もう既に、部室から人はいなくなっていた。後、数分で完全下校時刻である。凛々子も帰らなくては他の部員や先生方に迷惑になる。机の上の書類をまとめ、帰る準備を始める。
「また負けた。……でも敗因はわかりきっている。次こそ負けませんわ」
凛々子の目に闘争心が宿る。自分に言い聞かせるようにつぶやき、放送室に鍵をかけた。
カラスの鳴き声と共に、今日の、翠川の朗読がリフレインする。
(でもどうやったら勝てるんでしょう。……このまま全国大会まで練習しても、最終形はわかりきっていますわ。それで勝てる?……そもそも全国大会のレベルってーー)
どうしようもない思いがあふれ出し、凛々子はそのまま駆け出した。
× × ×
その伍 23:14
桃の興奮は、家に帰ってベットに入ってもなかなか冷めなかった。
「初主演、全国大会……」
自身も携わった作品が全国大会に進んだことにより、確実に夢に近づく音がした気がした。声優になるという夢。
(あ、そうだ)
桃は眠りの体制に入っていたが、起き上がり、机に向かった。
(今日のメモを整理しよう)
今回の大会では、他の生徒の朗読を聞いた時にメモをつけるよう、先輩たちから言われていた。桃はカバンからプログラムとメモを取り出した。
(この人やっぱり、全国大会に進出している! この人は惜しいな。上手かったもんなぁ……、あっ)
〈8 比賀士高校 3年 飯島菫 ◎演技は気になったけどやっぱりうまい!〉
〈27位 8 比賀士高校 3年 飯島菫〉
(順位低いな……)
それは地区大会で話に上がった1人の女子生徒だった。アニメ演技で損をしているという有名な生徒。順位表の写しと自身のメモを見比べる。
以前先輩たちから、飯島の評価が低い理由は聞いていたし、その訳に納得していた。しかし、それを踏まえても彼女の朗読はよかったと桃は思うのだ。
(アニメ演技か……、そんなダメなのかな)
もちろん、理屈は理解できる。しかし、自身の好きな演技と大会で求められるものはーー
(やっぱ、もう寝よ)
桃はそのままベットに戻り、無理やり目を閉じた。




