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近くて遠い

「『ホント、レオンハルト様は最高なんだよ! ザ・不愛想デレ!』」

「『不愛想デレ……?』」


 その日三波高校放送部では、ラジオドラマの本番収録が行われていた。サクラ役の桃とユリ役の紫月の掛け合いが、小さなスタジオ内に広がる。

 セリフの練習や修正を重ね、2人の演技はまるでアニメのような完成度だった。


「『ハルト君って、名前も顔もレオンハルト様に似てて、マジで見る推しって感じ! これで無愛想溺愛キャラだったらなぁ』」

「『……不愛想溺愛キャラって』」

「『んー、ハルト君よりユリの方が不愛想デレって感じ、最高!』」

「『……そっか』」


 碧は演技の様子をスタジオの端で見学していた。収録の途中途中で蜜柑から演技の指示や、収録に使う機材の説明が入る。


「『結局、私のこともキャラでしか見てないんでしょ!』」


 紫月の演じるユリの怒号が響き渡る。そのセリフに応えるはずのサクラ役の桃は、目を見開いたまま固まった。


「……っ」

「……桃ちゃん?」

「す、すみません! もう一回いいですか!」

「じゃあ、12ページの最初から、紫月ちゃん大丈夫?」

「はい。……『サクラが漫画とかアニメが好きなのは知ってるし、わかるけど』」

「『わかるなら、なんでそんな機嫌悪いの。わけわかんない!』」

「『結局、私のこともキャラでしか見てないんでしょ!』」

「『そ、そんなことない!』……何でそういうこと言うの」


 パンッと乾いた音がスタジオに響く。蜜柑が高らかに手を叩いていた。

 桃と紫月は、その様子にあっけを取られている。もちろん碧もその1人だ。


「ストップ。……ちょっと休憩しようか。桃ちゃん、顔真っ赤だし外出て風にでもあたってきたら?」


 蜜柑が小休憩の声をかける。確かに、桃の顔は真っ赤だった。

 しかし、蜜柑が収録を止めた理由はそれ以外にもあるだろう。だって桃は、碧でもわかるくらいに紫月の演技に飲まれていた。この部分は後半部分の山場で、収録はもう少し続く。


 碧が心配に思いつつ全体を眺めていると、桃と紫月はベランダに向かってスタジオを出ていった。


×   ×   ×


「イイ感じの風が吹いてるねー!」

「そうだね。だんだん夏が近づいている気がする」


 放送室のベランダは中庭に向かっている。中庭は種類がわからない大きな木や園芸部の管理する花壇がある美しい庭だ。

 風に当たりながら伸びをした紫月は、浮かない表情の桃の横顔を見つめる。最初の頃に、緊張した顔を見たことはあるが、この顔は初めて見た。

 すると、顔の向きはそのままに桃が口を開く。


「紫月ちゃんってどうしてそんなに演技がうまいの?」

「……昔、子供劇団にいて、そこで基礎は習っていたから」

「え! そーだったの! ……じゃあ、仕方ないか」


 目を真ん丸にして驚いた桃は、いつもより低めの声色だった。


「仕方ない?」

「いや、その、何でもない。私も頑張らないとな! って思って」


 夏を知らせるような生ぬるい風が、2人に降りかかる。


「いつも一生懸命だよね、桃ちゃん。……頑張りすぎないでね。多分、さっきの収録の最後あたり、全力出しすぎて酸欠気味だったと思うから」

「あー、だから蜜柑さん、外出ておいでって言ったのかぁ」

 

 桃の眉がへにゃっとしなる。

 紫月は今の桃のような表情を見たことがあった。子供劇団で欲しい役をもらえなかった子。やんわりと誰かと比べられてしまった子。

 桃は恐らく、紫月との“差”に焦っているのだろう。でもそれを、現時点で“上”である紫月が指摘するわけにはいかない。他の誰かがと考えるが、先輩たちもそんなデリケートな部分を指摘するタイプには見えない。


 自分はただ、訓練を始めるのが早かっただけなのに。


 どうにもならない感情を抱えたまま、紫月は部屋に戻ろうと桃を促した。


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