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雨と碧


「桃ちゃん、元気ない?」

「や!……雨がしんどいなって」

「天気きつい人?……まぁ、テンション上がらないよね」


 地区大会から数日たったある日、その日は朝早くから雨が降っていた。

 蜜柑は今日の桃の様子を見て声をかけたようだったが、実際のところ地区大会後から桃の元気はなかった。


「これからひどくなるそうですから、早めに切り上げましょうか」


 発声練習の途中にやってきた佐々木の指示により、発声練習の後、その日の部活は終了となった。


「紫月ちゃん、今日、俺バスで来たんだけど、帰りのバスの時間わかる?」

「あと、20分後ぐらいに来るよ」


 合羽の自転車組を見送った後、紫月と碧はバス停に向かって歩き始めた。紫と青色の傘が開く。

 放送室から見ていた時より、雨はだんだんひどくなっている気がした。


「……番組制作どう?」

「おもしろいよ!……自分の声を聴くのゾワゾワするけど」

「いいな。私もしたいな」


 地区大会で敗退した碧と桃は蜜柑の指導のもと、ラジオドラマの制作をしていた。反対に県大会にコマを進めた紫月は、引き続きアナウンスの練習をしていた。


「紫月ちゃんは番組制作に興味があるんだよね」

「うん。……アナウンスも楽しいけどね」


 傘にはじかれる雨音がどんどん大きくなっている。体育館で部活をしていた生徒も扉から雨を眺めていた。


「でも、地区大会を勝ち上がったのは素直にすごいよ!」

「蜜柑先輩が言うには、アナウンスの方が人気無いから勝ち上がりやすいらしいよ」

「それでもすごいよ!」

「あははっ、ありがとう」


 校門近くのバス停にはだれもおらず、すんなり屋根の下の席に座る。


「アナウンスもいいよね。次の大会はそっちの部門も試してみようかな。今回は当然の結果って感じだけど、次は俺も勝ち上がりたいなー、もっと練習しないとなぁ……」


 碧は楽しそうに未来の展望を語る。その言葉に雨の憂鬱さは感じない。しかし、紫月は不思議そうに碧を見つめた。


「どうかした?」

「いや、……碧君は、何を目的に部活をしているの?」

「え?」

「『遊井先輩の朗読がかっこいいなって思って、入部しちゃった』って言っていたから、なんていうか、朱音先輩のファンで、同じ部活で同じ朗読をやりたいのかなって思っていた。『推しと同じものを食べたい』『同じブランドの服着たい』みたいな」


 碧は真剣な表情で、紫月の話を聞く。


「だから、朱音先輩と同じ朗読を熱心にするんだと思っていた。でも、今アナウンスもいいなって言っていたからさ、あと、勝ち上がりたいってのも……イメージと違うなっと思った。楽しく部活やりたい人だと思っていたから。楽しく勝ちたいってのは全然おかしくないんだけど」

「そ、っか」


 紫月から語られる碧のイメージに、碧は少し動揺した。自分はそんな性格だろうか? 心当たりがないわけではないが、何か軽薄なイメージに感じる。

 視線をきょろつかせる碧の様子を見た紫月は、気まずそうな表情になった。


「ごめんなさい。……失礼だったね」

「いや!……うん、言いたいことわかるよ」


 碧はゆっくりうつむき、顔を上げる。空は雨雲で灰色に染まっていた。


「確かに、遊井先輩の朗読に憧れてるけど、声質も……放送部への向き合い方も違うよな」


 ポツリポツリと考えを呟く。でも、その声は雨音にかき消されて、自分でも聞こえなかった。


「遊井先輩みたいに朗読で勝ちたいのか、アナウンスでもいいから上手くなって勝ちたいのか、そもそも勝ちたいのか、か」


 紫月は何も言わなかった。


 碧は部活が楽しかった。勝ちたいと思った。でも先日の地区大会で敗退した時、悔しい気持ちは湧きあがらなかった。

 地区大会から元気のなかった桃は、おそらく、自身の敗退に落ち込んでいたのだろうと碧は予想していた。そのような気持ちは碧には全くなかった。


 雨は強くなる一方だった。雨のスクリーンを遠くから来たバスの光が照らす。

 何も言わないまま、二人はバスに乗り込んだ。


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