地区大会①あるいは古典薔薇騎士との出会い
いよいよ地区大会当日がやってきた。
「まず東部地区大会があって、それを勝ち上がった人が県大会。県大会を勝ち上がればそのまま全国大会になる」
部室のカレンダーを指しながら、蜜柑が説明する。
「ま、緊張はすると思うけど、楽しく頑張っていきましょう」
「「「「はい!」」」」
× × ×
「俺、生涯学習センターって始めてきました」
「まあ、大会ない限り来ないよね」
碧はきょろきょろと建物を見渡す。既に生徒が何校か来ており、荷物を置いたり発声練習をしたりしている。
「それでは、私は職員控室に向かいますので、葉山部長、後は頼みます」
「はい」
「? 先生はどちらに行かれるんですか?」
「あぁ、佐々木先生は審査員だから。大会終わるまで会えないぞ。用があるなら今の内だぞ?」
「言ってなかったけ? 地区大会は各校の顧問の先生達が持ち回りで審査員するんだ」
「なるほど」
蜜柑と翠川は、紫月の質問にさらっと答えると、3つ用意されている控室のどれに入ろうかと見比べ始めた。
「じゃぁ、まず荷物を控室においてーー」
「蜜柑さん!! 翔さん!!」
声をかけられた一行が振り返ると、まるでバラを背負ったかのように華やかな男がいた。男は学ランをピシッと着こなし、モデルのような歩みでこちらに近づいてくる。
「相変わらず、顔も声も五月蠅いね。きよちゃん」
「清水は今日も元気だな」
「ひどいですね、蜜柑さん。……今日はよろしくお願いします」
「はいどーも」
突然のことに困惑した1年生たちに、朱音が小声で話しかける。
「あの人は喜田高校2年の清水潔さん。蜜柑さんと同じ中学だったらしくてよく話しかけてくる」
その口調には、どこか疎んだ気配があるように感じた。
「それでは!」
少し蜜柑たちと話した後、まるで背にマントがあるかのように翻し、清水は同じ制服の集団のもとへ帰っていった。
「嵐だな」「荒らしだね」
3年生の二人は乾いた笑いで清水を見送る。
「ま、あれで朗読上手いから許されているよな」
「朗読の人なんですか?」
「あぁ、朗読の2人は勉強に、清水の朗読をよく聞いとくといいと思うぞ」
「上手いけど、勉強にはなんないでしょ」
相反する3年生の評価に1年生たちが困惑すると、見かねた朱音が補足をする。
「清水さんは古文しかやらないんだ。だから、上手いけど私たちとは違うというか……」
「「古文」」
碧と桃はオウム返しする。その様子に翠川は苦笑する。
「古文はまず理解から難しいからな。その上でアクセントの修正とかしなくちゃならないし、……難しいから不人気なんだ。それでも、上位に食い込むからあいつは本物だよ」
「……変人は変人でしょ。逆に言えば普通の朗読なら勝ち上がれたところを落としているかもしないともいえるじゃん」
紫月は、清水の居る方を眺めている蜜柑に尋ねる。
「他にも強いくて有名な人っているんですか?」
「もちろん、うちの翠川君と朱音ちゃんは地区どころか県大会でも優勝候補だよ!」
どや顔で蜜柑は話始める。会場についた時配られた大会概要を封筒から取り出し、1年生に見せる。
「あとさっきの清水君ぐらいかな。……どっちかって言うと西部地区の方が強いから、東部で上手くても県大会では埋もれるんだよね」
「なるほど。アナウンスはどうなんですか?」
「東部地区は米原高校の3年、野津山綾子さんの一強だね。ほら、あそこのセーラー服の学校。……ま、私には期待しないで。私は番組で優勝候補だから」
蜜柑はそう笑って言うと、セーラー服の軍団を示す。女子生徒が多いその集団は、いかにも部活といったパキッとした印象の集団だった。
碧は、自虐的な言い方をした蜜柑を少し悲しく思った。
(蜜柑先輩も上手だと思うけど……、それだけ他に上手い人がいるのかな)
翠川は時計を確かめると、全体の注意を引く。
「そろそろ行こう」
× × ×
控室で発声練習をしたときは平気だったが、開会式が始まると、一気に緊張感が碧を襲った。体がグッと重くなり、手が冷え、呼吸が浅くなる。
隣を見ると桃は顔を真っ青にしていたが、他4人は緊張感が感じられなく、表情はスンとしていた。その落差に、碧の緊張も少し軽くなる。
「じゃ、開会式も終わったし、ここから部門に分かれての行動になります。……翠川君! 目指せ二連覇。朱音ちゃんと一年ズもがんば!」
「あぁ、アナウンス組も頑張れよ」
「朗読部門」
1番 比賀士高校 ボルバーラ 加藤(1年)
2番 三波高校 朝倉 桃(1年)
…
7番 喜田高校 伏見 寧斗(1年)
…
16番 三波高校 伊咲 碧(1年)
17番 比賀士高校 飯島 菫(3年)
18番 三波高校 遊井 朱音(2年)
…
24番 喜田高校 清水 潔(2年)
…
32番 三波高校 翠川 翔(3年)
…
「ひゃ! 2番……」
「1番じゃなかったことを喜ぼう」
青かった桃の顔が、さらに白くなる。朱音がその背をさする。碧はどうしていいかわからず、手を空中でワタワタさせた。
「それでは、7番の伏見君、マイクテストをお願いします」
スピーカーからアナウンスが聞こえてくる。すると、暗そうな男子生徒が壇上に上がる。
碧は突然始まったマイクテストに困惑し、隣の席の翠川に声をかける。
「マイクテストって何ですか?」
「1番の生徒が始める前に、軽く読んでみて、音量とか反響が大丈夫かの確認をするんだ。中盤に出番がある適当な生徒が選ばれるんだが……あの子、1年生か。1年生の子にやらせるのはかわいそうだけどな」
「7番 喜田高校 伏見寧斗――」
暗かった伏見の雰囲気がガラッと変わる。声は少し小さいものの、鼻濁音が美しい朗読だった。
その代わり様は朱音を彷彿とさせ、碧は前の席に座る朱音を盗み見る。
(朗読する人って雰囲気が変わるよな。……俺もあんな風に変わっているのかな?)
「それではただいまよりーー」
マイクテストが終わり、再び大会進行のアナウンスが流れる。碧の、体が重くなるほどの緊張は無くなっていたが、手先の冷たさは変わらなかった。
1年生にとって初めての大会が始まる。




