第八話
勝利を掲げるリリネット満面の笑みのピース。この瞬間を目撃したのが私だけと言うのが勿体ない気もするし、誇らしい気もする。重力を操る白黒の魔法少女、リリネット。これからロンドンの平和はこの娘が守るだろう。
なんて感動に打ち震えているとリリネットがやってきた。ききき緊張するっ!!
「ヘイ、アナタ、なんでここにいるの?さっきは危なかったじゃない。帰れるならお家に帰りなさい」
ききき緊張で何を話せばいいのかわからない。帰る?帰る……そういえば鏡面世界さんの声が聞こえないな。まだ荒魂がいるのか熊田先輩を頼ってきたからすねてるのか……。あれ?私これ帰れるかな?熊田先輩、一人で帰ってないよね……?
「どうしたの?もしかしてアナタ迷子?仕方ないわね、パン太郎、この人送ってあげて」
パン太郎だと?まさかパンダの魔法精霊がリリネットの相棒!?確かに白黒で合ってる!これは凄い魔法少女を見つけてしまったかもしれない。
『ボクはパン太郎じゃなくてパンダちゃんだってば!太郎なんて男みたいな呼び方はやめてよね、まったく……』
そう言いながら歩いてきたのはパンダのパジャマを着た……
「だってパン太郎は男の娘でしょ?男みたいな呼び方が正しいじゃない」
……パンダのパジャマを着た男の娘であった。思ってたのと違ったけどこれもあり。
『もう……それでこの人を送り届ければいいの?さっきリリネットに龍気を与えてた人だよね?自分で帰れそうだけど……』
「龍気?なんの話をしてるのパン太郎?」
おっと、この魔法精霊は私が龍気の元だと気付いたか。だがあれは世界の皆(一人)が力を貸した結果であって、一人の魔法使いが助力した結果と思われるのは心外だ。そんなの納得できない。
「パン太郎、ちょっとあっちで話そうぜぃ」
『え?ちょ、ちょっとなになに!?なんなの君!?」
「仲良しはいいことよ。アタシここで待ってるから」
リリネットは良い娘やな。そんな良い娘の夢を壊しちゃいけない。少し抵抗を見せたがパン太郎は問題なく離れた場所までついてきてくれた。
「さてパン太郎、早速だが私が彼女…リリネットを強化したことは伝えないで欲しい。私にも彼女の他に魔法少女との面識があるから龍気の件については知っている。いや詳しくはしらないが。とにかく、彼女の夢を壊さないで欲しいんだ。彼女が世界の皆に願ったから、願いは叶い力となった。それだけでいいじゃないか」
あんな素晴らしい魔法少女の夢を壊すなんてとんでもない。その先にあるのが夢を失った魔法少女であるとするなら、私はきっとそれに耐えられないだろう。三日三晩泣く。
わかってほしいんだパン太郎。魔法少女だって、夢を見ていいじゃないか。
そんな私の熱い視線に負けたのか、パン太郎は小さくため息を漏らすと言葉を発した。
「君は魔法少女が好きなんだね。憧れて、応援してる。でもだからこそ、そんな君に力を分けてもらったんだって、その事実はリリネットをさらに強くするよ。夢は壊れない。君の大好きな魔法少女を信じてよ」
パン太郎……。……夢を失いつつあるのは、私のほうだったか。魔法使いになりたいという夢が叶って、願いを叶える側になって。自分が夢を抱けないと、他人にも夢を抱けなくなるのだな……。
「話は終わったかしら?名も知らぬ人」
おっと、リリネットがすぐ側まで来ていた。今の話、聞かれただろうか?
「アタシのことを想ってのことなら、真実を隠すなんてしないで頂戴。アタシはリリネット。世界を正義で守り抜く、愛と平和のジャスティスガール。この夢は、アタシが死んだって消えやしない。アタシを、魔法少女を、夢見る乙女を舐めないで」
強い。そう思った。きっとこの娘は龍気なんてよくわからないものがなくても強いんだ。私が余計な手出しをしなくても、この娘ならあのまま荒魂を倒していたかもしれない。そんな強さを、この少女から感じる。
「ああ、すべて話そう。私が魔法使いであることも含めすべて」
◇
「じゃあアナタは日本からロンドンまで荒魂を倒すためにやってきたのね?それはとてもクールだわ!!アナタは夢を夢で終わらせない、世界にとっての希望ね!!」
粗方説明したあと、リリネットはこんな事を言った。
いやぁ、ロンドンまで来たのだって自分の意思じゃないし、そこまで褒められると照れてしまうな。
『君がロンドンを救ってくれたんだね。百体以上もの荒魂なんて、僕たちだけじゃ倒しきるのにどれだけ時間がかかったことか。でも今もロンドンの住民は悪意に侵されてる。即死という最悪の事態は避けられたけど、このままじゃ皆長くない。白さん、お願いだ、その魔法で皆を助けてほしい』
そう、今もロンドンを襲った集団昏倒は改善の兆しが見られない。熊田先輩にも聞いていなかったが、悪意に生命を蝕まれてしまったらどう治せばいいのだろう。悪意の元となる荒魂は既に討伐済み。医療行為何かでは原因すら掴めないだろう。私の魔法で助けられるのなら助けたい。だけどそれは可能なのか?パン太郎がお願いするということはできるのだろうか?
「私で力になれるのなら、勿論力を貸そう。だけど具体的には何をすればいい?ただ願うだけで彼らを救えるのなら、それが一番ではあるのだが」
私の魔法にも叶えられないことはある。鏡面世界への移動もその一つだ。私の魔法は、万能じゃない。
『具体的なことはわからないんだ……。ただ古の龍王の力なら、もしかしたらなんとかなると思って。僕たちも協力するから、試すだけでもやってみてほしい!!』
「アタシからもお願いよ!みんなを助けて!」
そこまでお願いされちゃ断れない。人の命を救う、そんなありふれていて、だけど確かに大切な願いを叶えられない魔法使いなんて、私の目指すところじゃない。やるだけやってみよう。
「行こう、ロンドンへ。鏡面世界から出て、本物の世界へ」
密入国になるから顔とかは隠しとこう……。
「あ、今のロンドンは封鎖されてて人が出歩いているのはまずいから、変装は必須よ。取り敢えずアタシの部屋に戻って、そこで着替えましょう」
『僕はこの姿しかとれないから上から何か羽織って隠すよ』
これは怪しい三人組がピリピリしてる警察機関に捕まる未来が見える。それは避けなければ。
「ふふ。魔法使いの私に任せなさい」