第六話
「結界起動『鏡面世界』」
熊田先輩がそう言った瞬間、世界が変わったのがわかった。ここはいつもの鏡面世界だ……。
「熊田先輩が私を魔法使いにして、鏡面世界に連れて行ったのですか?一体なぜ……」
私を荒魂と戦わせるためか?確かに自分と関りがあって魔法使いに憧れる私を、という考えはわからなくもないが……本当にそうだろうか?
「ふふふ、ごめんなさいね、勘違いさせちゃって。日目自くんを魔法使いにしたのも、鏡面世界に連れて行って荒魂と戦わせてるのも私じゃないわ。ちょっと日目自くんの驚いた顔が見たくて悪戯しちゃった。ごめんね?」
熊田先輩ではない?確かにそう言われてもまだ信じれるくらいには疑問的だったが……にしても悪戯って……この人らしいというかなんというか。
「熊田先輩ではないというなら誰なんです?私を魔法使いにしたのは」
この人ならこの問いの答えを知っているかもしれない。なんせ私ですら叶えられない鏡面世界を展開できる人だ。
「ん~本当にそれは知らないのよねぇ。私が日目自くんが魔法使いになったって見破ったのは私が魔女っ娘だからだし、鏡面世界の結界起動は私の唯一の魔法だもの。詳しいことなんて知らないわ」
「そう…ですか……」
にしても自分て魔女っ娘って……あんたいくつだ……。
「これは殺意。私は今、あなたに殺意を抱いてる」
「ごめんなさい」
余計なことは考えるべからず。取り敢えず土下座しとくべ。
「それで……熊田先輩は結局何者なんです?魔女っ娘だとしても最初からそうだったわけではないですよね?私のように原因はわからないタイプですか?」
熊田先輩は私が魔法使いだと見破った。それは魔女っ娘だからできたという。だけど魔法使いの私には熊田先輩が魔女っ娘だと見抜けなかった。魔法に携わる経験の差かもしれない。だとすると一体どれほど前に熊田先輩は魔法に目覚めたのか。その時間は原因を知ることのできる時間でもあったはず。
「私は最初から魔女っ娘よ。ただ人として生まれたのではなく、魔法精霊として生まれたのだけれどね」
なんと。その可能性は失念していた。まさかの魔法精霊とは。熊田…という名前からしてクマの魔法精霊か?まさかパンダか!?
「パン太郎!!」
「パン…なに?私はクマの魔法精霊よ、パンダじゃないわ。もっとも、今となっては魔法精霊の姿はとれないのだけれど」
それはどういう……?確かにゃん吉たちも荒神から呪いを受けて魔力が回復しないんだったか。熊田先輩も似たような呪いを受けたのだろうか?私はその荒神について全然知らないんだよな……。なんなら荒魂についてさえ知らない。
「私のことはどうでもいいのよ。今日私が日目自くんに正体を明かしたのは、あなたに協力してもらうため。既ににゃん吉たちのところの魔法少女とは話をしたみたいだけど、実際あなたなんで戦ってるのかとか知らないでしょ?それを私が説明してあげるわ」
おお!それは助かる!現世で魔法少女を探す必要がなくなったな。彼女たち高校生くらいだろうから話しかけるの怖かったんだよな。警察のお世話になるかもって。いやもちろん犯罪なんてするつもりはないよ?ただ今の女子高生って大人の男が近寄るのNGみたいな雰囲気あるし……。
「なんにせよ助かりますよ。私が魔法使いとして何をすべきかようやくわかるんですね」
「あなたにしなきゃならないことなんてないわよ。あなたはただお願いされるだけ。だってあなたは魔法使いでしょ?」
……そうでしたね。私の憧れた魔法使いとはそうあるものでした。それが間違いのではないのだと、こうして認められるのはなんだか嬉しい。
「それじゃあ話しましょうか。荒魂と荒神、魔法精霊について」
ここが恐らく、私の魔法使いとして歩む分岐点になるだろう。
「まず始めに簡潔に言えば、荒魂とは悪意の魔法。荒神とは悪意の根源。だから荒魂も荒神も絶対に倒さなければならないのよ。それを怠れば、悪意は増幅し、日常と化す。地獄の出来上がりよ」
一先ず倒してよかったとわかったのから安心する。ロンドンのあの事件は私が荒魂を倒したから起きたわけではないようだ。でも悪意が形をとったのが荒魂や荒神とするならなぜ昏倒事件など起きる?実はあの事件は荒魂は関係なかったのか?
「地獄が出来上がる理由はね、悪意に支配されない者は生きていけなくなるからよ。ロンドンの昏倒事件、あれは悪意に抗った善き人間たちが、悪意に生命を蝕まれてるの。日目自くんが百体以上倒してくれた荒魂は彼らを害すに十分な悪意を集めていた。もっと倒すのが遅ければ、昏倒程度じゃ済まなかった。即死だってあり得たのだからあなたはよくやってくれたわ」
遅かったということですか。鏡面世界に呼ばれてすぐに纏めて倒した。あれ以上早く倒すのは厳しいだろう。私はよくやったと自分でも思う。けど……悔しいな……。
「荒魂を生み出してるのは荒神よ。荒神は世界中の悪意を願いという形で集めて、荒魂という悪意の魔法に変える。悪意は誰だって少なからず持っているもの、それを利用してるのよ。すべては自分が真の神になるために」
「真の神?」
「荒神は神としての力をほとんど持たないの。もとを辿れば世界に溢れる悪意が神となったものだから。だから荒神はたくさんいるの。たくさんいて、それが本物になりたくて力を求めてる。世界が滅んだ際に得られる力で、真の神を目指してるのよ。悪意から生まれた神だから、悪いやり方しか知らないのね」
なるほど。世界は地獄となった後は滅ぶのか。まぁ悪しかない世界なら当然といえば当然か。荒神は善いやり方を知らない、そういう風に生まれたから。助けてあげたいと思わなくもないが、これは戦いなのだから倒すしかないのだろう。
「そんな荒神に世界を狙われたのはこの地球だけじゃないの。他にもあるいくつもの並行世界の地球にも、荒神は侵攻している。それを止めるため動いたのが、精霊界に住む私たち魔法精霊よ。古の龍王から分けて貰った魔法の力で、地球の人間に魔法で抗う術を与えたの。それが、魔法少女」
平行世界とかホントにあるんだな……。にしてもまた龍王か。私にその力が宿っている……かもしれないんだったか。私が思う願いの力が魔法精霊のいう魔法の力なのか……?なんとなくだが違う気がするんだよなぁ……。
「魔法少女はね、圧倒的に数が少ないの。心が悪意で負けない強い娘しかなれないから。若い女の子ばかりなのは魔法精霊との相性ね。だから日目自くん、古の龍王の力を持つあなたには協力してほしいの。数で劣るなら、質で戦うしかない。私も協力するから、お願い!」
これで聞かなきゃならないことは大分聞けたかな?これから私のするべきことがわかった。
色々教えてくれてありがとうございます、熊田先輩。
「お願いされちゃ断れませんね。私は魔法使いですから。協力しましょう。共に、戦います」
私は魔法を、そう使う。