Dear
「絶対に、私の世界の”あなたたち”に会いに行くから……!」
対となる世界で出会った彼らとそのように約束して自分の世界へと戻り、無事に世界救済を終えたナターシャは、風の国に囚われていた弟を解放したのちに、約束通り”彼ら”を探す旅に出た。
土井を見つけるのは簡単だった。何故なら、ナターシャが当初から思っていた通り、あちらの世界の〈料理人・土井〉はこちらの世界の〈ご近所の定食屋のドワーフ店主〉であるロベルトおじちゃんだったからだ。
ナターシャはロベルトおじちゃんの美味しい料理とお酒でぐでんぐでんに酔っぱらいながら「どちらの世界のあなたも、一心に私を応援してくれていた。本当に感謝している」と涙を流した。そして、土井から受け取っていた<土の神器>である腕飾りをロベルトおじちゃんに返却した。
こちらの世界の風村は水の国で出会うことができた。こちらの彼女は精霊族のウンディーネだった。
〈土の神器を持っていた土井〉の対となる存在が土と相性のいいドワーフだっただけに、ナターシャは風村や他の〈対となる存在〉も全て対と同じ属性を持つ者だと思っていた。だから、まさか風村がこちらでは水の精霊だとは、ナターシャには思いもよらないことだった。
「でも、水も風も〈たゆたうもの〉だし。似てる似てる!」
そう言って、風村の対となる者であるシンシアはあっけらかんと笑った。ちなみに、彼女はあちこちを旅しては、おもしろエピソードをまとめたエッセイを書いて出版している作家だった。風村も作家を目指していると言っていたから、やはり同じ魂を持つ者だけあるなとナターシャは思った。
シンシアはナターシャを英雄扱いはせず、同じ趣味を持つ友として受け入れてくれた。おかげで、年に数度は予定を合わせて、女二人の気まま旅を行うほどの仲となった。
ナターシャが風村から譲り受けた〈風の羽イヤリング〉は、笑顔の絶えないシンシアの耳元で揺れている。
こちらの世界の清水とは、シンシアとの旅の最中に出会った。土の国を旅しているときに出会った犬狼族で、ナターシャを見るなり「世界を救った英雄! 僕の最推し!」と目を光らせてナターシャのあとを追いかけまわしてきた。ナターシャは嫌でも、清水のデレデレとした顔と「オレノヨメ」という言葉を思い出した。
まさかこちらの世界の清水にも「私は偶像ではない。私をきちんと、一人の人間として見て!」と叱る羽目になろうとは、ナターシャは思いもよらなかった。叱られたラウルフ──チャールズはしょんぼりと耳を垂れ、尻尾がしおしおとしなびれた。しかし、チャールズが反省したあとは、彼とも良い友人関係を結ぶことができた。
清水からプレゼントされた〈水のピンキーリング〉はチャールズの指には合わなかったので、彼はネックレスにして大切にしている。
時間をかけ、独りで、時にはシンシアとともに世界を巡ったが、ナターシャはいまだに”あの人”にだけは出会えていない。
嗚呼、”あなた”は、一体どこに──
***
ナターシャが世界を救ってから数年後。ナターシャは創世神・ハイノヨツクリヒメより賜った神器〈たこ焼き用鉄板〉を用いて異世界グルメを布教するための店を切り盛りしていた。
店はとても繁盛していて、村のみんなからだけでなく、世界中から愛されていた。
「あそこの席でたこ焼きを食べてる美人さん、髪が灰色だぞ。もしかして、灰色の魔導士なんじゃねえ……!?」
「馬鹿野郎、灰色の魔導士があんなに美人なわけないし、そもそも宿敵・ナターシャ様の店に来るわけがないだろう。もしかしたら、ハイノヨツクリヒメ様のほうだったりしてな!」
時折り、常連の間でそのような話題が持ち上がった。美しい灰色の髪をした美人は、話題にされていることなど気にも留めずにたこ焼きに夢中だった。
ある日のこと、店に一人の男性エルフが立ち寄った。風の国の民というには貧相な風貌で、背中にギターを背負っていた。
「すみません、英雄ナターシャ様のお店というのは、ここで合っていますか……?」
「はーい、英雄というほどではないですけれど、ナターシャは私で……す……」
声を掛けられ、厨房から店内へと顔を出したナターシャは思わず息を飲んだ。そしてネックレスにして肌身離さず身に着けている〈火の指輪〉をギュッと握りしめた。
彼は”あの人”に瓜二つで、金色の髪の半分が脱色して白くなっていた。聞くところによると、彼は吟遊詩人として世界中を旅しているそうで、ウィンディアの大地に眠る魔力の影響が薄れてきた結果、髪が白けたそうだ。どこかに定住したらきっと、白けた部分はその大地が持つ魔力の色で染まるだろうと彼は笑った。
「ナターシャ様にこれを──」
「お願い、そんな、かしこまらないで。私のことも、呼び捨てでいいわ」
「あ、ああ、えっと……。ナターシャにこれを渡すために、俺はここへとやってきたんだ」
そう言って彼が荷物から取り出したのは、一冊の本だった。しかも、一番最後のページのところに何かが挟まれているようだ。
「本……? 一体何の?」
「さあ、俺もそれは知らない」
「読んでないの?」
「君が一番最初に読むべきだと思ったから、読まないでおいたんだ」
彼曰く、ある日の晩の夢に灰色の髪をした女神が本を持って現れたのだとか。彼は女神に「お前が世界を彷徨いまくるから、ナターシャがすれ違い続けてお前に出会えない。これを持って、彼女に会いに行け」というようなことを言われたそうだ。そして朝、目が覚めたら、枕元に本が置いてあったのだという。
ナターシャは彼から本を受け取ると、それをしげしげと眺めた。「これ飲んだら世界救う。」という珍妙なタイトルのつけられたその本の著者のところにはYuna Kazamuraと書かれていた。
「ああ、風村……。あなた、夢を叶えたのね……」
じわりと涙を浮かべながら、風村の名前を撫でていると、その下に「挿絵:Hiroshi Shimizu」と書かれていることに気がついた。ナターシャは「清水!?」と驚きの声をあげると、慌てて本のページを繰った。パラパラとページを繰って出てきた挿絵は、ナターシャにそっくりな女性が美味しそうに食べ物を食べているというものだった。
「まさか、これを、清水が……!? 彼に、こんな才能があっただなんて……!」
感心の息を漏らしながら、ナターシャは本の一番最後に挟まれているものを見てみることにした。そして、それを目にしたナターシャは言葉を失った。
挟まれていたのは、二枚の写真だった。一枚目はあちらの世界で出会った四人とともに最後の食事をしたあとに撮ったものだ。ナターシャはあちらの世界に何も残せないため、写真には写っていない。そのため、四人が「まるでそこに誰かがいるかのようにポーズを決めて」集まっているような状態となっていた。
二枚目は、一枚目と同じ構図で撮られたものだった。しかし一枚目と違うのは、そこに写っている人数だった。
ナターシャは涙が頬をつたうのを止めることができなかった。
そこに写っている”あの人”と”私”は揃いの指輪をつけていて、友人たちと一緒に満面の笑みを浮かべていた。そして、写真の裏には走り書きがされていた。
”俺は君を見つけたよ。君は俺のことを見つけてくれた?”
「見つけたかったわよ! でも、”あなた”があっちこっちフラフラとしてるから、全然見つからなかったのよ!」
しゃくりあげながら、ナターシャは思わず大きな声で走り書きに文句をつけた。それを聞いていた吟遊詩人の彼は、戸惑いながらも「えっと、ごめんね……?」と謝罪した。
「本当よ、明の馬鹿!」
「アキラ……? えっと、俺はソリスっていうんだ。よろしくね……?」
「ソ、ソリスね……。取り乱してごめんなさい……」
困ったように笑うソリスに、ナターシャは涙をぬぐいながら謝った。赤面しているのか、触った頬が火照っていた。
ナターシャは気を取り直して咳払いすると、ソリスに笑い返した。
「ねえ、ソリス。よかったらだけど、しばらく、このお店で歌を歌ってくれないかしら? 二階に余ってる部屋もあるし、そこを使って。……どうかしら?」
「いいのか? 俺は吟遊詩人だから、君の冒険譚をアレコレと聞いて歌にしてしまうかもしれないよ?」
「構わないわ。私も、”あなた”についていろいろと知りたいから」
「えっ、俺!?」
あちらの世界で”あなた”と”私”がもう一度恋に落ちたのだ。ならばきっと、こちらの世界の私と”あなた”だって、きっとそうなるだろう。
嗚呼、だから。愛しの”あなた”。そうなるためにも、まずは”あなた”のことを教えて──
──対となる世界より英雄が持ち帰ったとされる神器は、それぞれ、あちらの世界の所有者と同じ魂を持ちし”対の者”へと返還された。しかし〈火の指輪〉だけは英雄ナターシャが所持し続け、子孫代々へと受け継いでいったという。指輪が返還されなかったのは愛の証だからという話も伝わってはいるが、真相は神のみが知っている。