水色の宝石箱(5)
「鈴様、ちょといいです?」
「鈴様、少しお時間いただけますか?」
二人が話しかけたのはほぼ同時。
そして話の内容も同じであると考えられた。
「はい、構いませんよ」
思い当たる節などないと鈴は微笑むが、しかし二人は逃すまいと詰め寄った。
鈴は苦笑し両手を差し出す。
その意図が分からずはてなを浮かべた二人だったが、最終的に手を取った。
「【転移】」
その時確かに彼女が発した言葉によって魔法陣が一瞬浮かんだ。
そして同時に、3人の姿も消えたのだった。
「……わあ、鈴様【転移】使えたんですか?」
とは、360°原っぱなのを見た高菜の第一声である。
「それはそうですよ、私たちこれでも天才なんです」
「私たち、ね……?」
「では、質問してもいいでしょうか?」
「はい、何でもどうぞ」
「兄様は、何故出せるようになったんですか?」
「もともと私が出なくてならなくなったのは、『欠片』と私が原因だったんですけど、どうにかなりそうなのが影響して、でしょうか?」
「それまた、抽象的ですね?」
高菜が問い詰めようとしたけれど、鈴は曖昧に微笑むだけだった。
要するに言えないことを意味し、そして光棄が出せることを否定されず、二人は押し黙った。
「本当は彼女を出してあげたいのですけど、今何か忙しいらしくて、【天使の集会】以降どこかに行ってしまいました」
「え?――っそれって、今分離してるってことですか」
「はい。彼女は思念体のままでも移動できるらしいですね」
「それはまた規格外ですね……」
「光兄何してんの……」
そんな二人の様子を見て鈴は薄く微笑った。
「本当は怒られちゃうのかもしれないですけど、少しお話をしてもよろしいでしょうか」
風でそよそよと揺れている草の中に座り、近くの地面をポンポンと手で叩く。
合わせて二人は鈴の前に座った。
「普通、ここまで二人の性格が違うことってないでしょう?幼い方の人格が乗っ取られ気味になることもありますけど、まあ私たちはどちらかって言うと例外の方なんですよ」
「知ってます」
「はい」
「ふふっ、そうですね、それに1番影響しているのは、やっぱり私のお父さんかもしれません」
お父さんという単語に弘の顔は強張り、反対に高菜はその意味が分からずキョトンとしていた。
「お父さん、と言いますとあの……?」
「はい、彼女を庇って亡くなってしまった方です……本当に、強くて、立派な人でした」
「にしては他人行儀じゃないです?」
「……そうかもしれませんね。他人でなくてはならないと、どこかで思っていたのかも」
かもではなく、その高菜の問に殆ど鈴は確信した答を持っていた。
「蘭が、理桜瑠が、なんと言ってあなた達に説明したのかは知らないですけど、私は別にお母さんを殺してしまったことで罪悪感で心を病んだとかじゃないんですよ?」
「えっ」
「ちょっ高菜……!」
「いえいえお構いなく。私がここ10年程、彼女に甘えて引きこもっていたのも事実ですし。そもそもの話、こういうこと言いたくないですけど……お母さんを殺したのは事実ですが、あの事件がなくともあろうとも、あの人は半年と経たない内に亡くなっていました」
「「え?」」
「蘭にはバレてませんでしたけど、あの平和ボケした状態の生活に区切りを付けられたことに関してはなんとも思っていません。ただ少々、かなり好感を抱いていた相手に裏切られて他人を信じられなくなりましたが……その程度です」
その程度、とはどの口で言うのか。
鈴は自分を嘲笑うように薄く笑った。
「星っていうのは、高いところにいる人ほど良く見えるし、たくさん取れるでしょう?それなのに私達天使が翼を持って尚幸せになれないのは、本当に何故なんでしょうね……?まあ話を戻しますけど、お二人共、いつ第二人格を授かりました?」
「5歳です」
「4か5か6か7?多分その辺ですね」
「私は……第二にしては遅い、7歳でした。丁度、お母さんを倒しきって、私も死のうとしてたときです」
「あ……確かに、なるほど」
「ん、何々?」
「何でもないですよ、とうぞ続けて下さい鈴様」
「……そもそも魂の共鳴しやすい相手が選ばれるものなので、そのまま二人で過ごしていたなら、人格は融合してたんでしょうけど……私は、ある程度育ってきていた性格のせいで気づきました。気づいてしまったのです。このままだと強すぎる彼女の人格に上書きされて私は消えてなくなるのだと」
「……弘弘、7歳ってそんなこと考えられる年齢だっけ?」
「僕の記憶だと間違いなく違いますね」
「天才かぁ……」
ボソッと高菜は抑揚のない声で呟いた。
「一番恐れたのは、完全に自我が消えて……大好きも、大嫌いも、全く変わること。お母さんが死んでしまったことに対して割り切れているとはいえ、どうでもいいわけではありませんでしたから……。どうしたら良いのか、どうすれば良いのか、どう頑張れば生きていられるのか……考え抜いた末に出した結論が引きこもることでした」
「変な方向に結論出してません?」
「高菜高菜っ」
「良いですよ……そうですね、私は私の人格さえ守り抜いて死ねればそれでいいと思っていたのです。最初の予定では別にこんなに長く引きこもるつもりはなかったんですけど、彼女と混ざらないためには彼女にある程度確立した人格を持ってもらえれば良いだろうと思いまして、最初に会ったとき以来彼女の言葉を耳に入れないよう心を無にするために頑張ったり、強制的に耳や目や、五感で感じさせられるものを全力で頑張ってシャットダウンして、意識的には仮眠の状態になって……」
「……弘弘、人格変えてる時に起こってることを感じないってできるの?」
「間違いなく無理なはずですね」
「だよなぁ……」
「それで、1年程経ってくれたかなと思って起きてみたら9年も経ってて、彼女は貴方達と引っ越すところでした」
「ん?」
「あ、そういうオチ?」
「結構びっくりしたんですよ?彼女と共鳴していた部分が皆無と言っていいほど豹変していたので……その後記憶を色々と漁った結果、お父さんに死なれたことと、あとは貴方達が理由ではないかと思いましたが、まあ昔話はこれで終わりです」
これで終わり、と上手く締めくくったつもりだった鈴だが、いつの間にか二人の真剣な表情は呆れと言うか呆然と言うか、緩く変わっていた。
「いやなんか……流石光兄に共鳴できた人、って感じですね?」
「ですね、本当……」
「そうですか?彼女、私の知らない記憶を体験している分頭も良いですし、そして強いですし、なにより頭の回転が速いんですよ」
「頭の回転が悪いの基準が多分私らと結構ずれてます」
「ですね……」
「さっきからですねばっか言ってなーい?」
「そんなことないです。頭大丈夫ですか?」
「弘よりいいよー!」
「黙れです」
「やだぁー本当のこと言っただけなのにぃー!」
「はぁ……」
「――ふふっ、ふふふっ、ふっ、あはははっ」
「「――鈴様?」」
「いえっ、ふふっ、いえ、なんでもないですっ、ふふふっ、よっ」
「「?」」
二人が喧嘩を始め、しかしなんの前触れもなく鈴が吹き出したことで二人とも引くことを余儀なくされた。
「ふふっ、ただ、ちょっと、なるほどってっ、おもった、だけで……」
鈴の笑い声がおさまり、笑いの原因が分からない二人は顔にはてなを浮かべる。
「いえ……ちょっと不思議だったのですけど、彼女ががらっと変わったのは、お父さんよりあなた方の比率が大きかったのかも、と」
「――」
「……僕らですか?」
「はい。そもそも私の周りってまともな奴らがいませんでしたし、あなた達のお母様はどちらかと言うと悪影響の方だと思ったので」
「奴らって……」
「なるほど……?」
「そろそろ私も莉月を迎えに行かなくてはならないので行きますが、転移石は――」
「「――莉月?」」
「莉月って、【最初の王】の、莉月ですか?」
「……ぁ」
鈴は自分の言葉を思い出してしばらく固まり、
「すいません言っちゃいけないことでしたそれではさようなら【転移】!!」
爆発0.1秒前の爆弾を置いたまま転移石(×2)を置いて消えた。




