協力関係
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私たちはいったん落ち着くために、近くのベンチに並んで腰を下ろした。
一息ついたあと、私はおそるおそる尋ねる。
「それで、さっきの話だけど……マルディー先輩を紹介してもらえるって、ほんと?」
「ああ」
何でもないことのように頷く彼を見て、私は歓喜に胸が震える。
まさか、こんな形でマルディー先輩と知り合いになるきっかけができるなんて。
いいことはするもんだな!なんてのんきに考えていると、セフィードがこちらを見て言った。
「いつにすんの?」
「え?」
「だから、紹介する日だよ。話したこともないなら、降光祭の約束だってしてないよな? 早い方がいいだろ」
マルディー先輩と知り合いになれるという事実だけで浮かれていた私は、具体的な話をされて思わず赤くなった。
「いや、はい、できれば早めでお願いします」
「じゃあ明日な。明日の放課後、ここで待ち合わせ」
さらっと言うセフィードに、私は手で顔を覆って悶える。
「こんなとんとん拍子でいいのかなあ!?」
「いや、紹介くらいでその反応……」
明らかに私に引いた様子のセフィードを見て、思わず反撃したくなった。
「そっちだって、紙落としたくらいで。あんたが誘えば向こうだってすぐ……」
言いながら言葉が尻つぼみになっていく。
話しているうちに思い出したことがあったからだ。
「……そういえばシャーリーさん、彼氏いたね……」
「…………」
なんてことだ。
セフィードは思ったより茨の道を進んでいた。
何も反応しなくなったセフィードに、私は慌てて言い募る。
「いや、でも、卒業するまではわからないと思う!そうだ、先輩を紹介してもらえるお礼に、私も協力するよ!」
「別に良いって」
座ったままポケットに手を入れ、長い脚をクロスさせて言うセフィード。
私はそんな彼を無性に応援したくなってしまった。
「降光祭には間に合わないかもしれないけど、チャンスはあると思う!私何かシャーリーさんの情報を探してみるよ」
普通に考えれば、同じクラスのセフィードの方がシャーリーさんを知っているはずだが、私はどうにか協力したくて一生懸命になる。
彼はそんな私をじっと見たあと、ふっと笑って下を向き、再びこちらに向き直った。
「名前は?」
「え?」
「名前。お前の」
言われて、名乗っていなかったことに今更気が付く。
「あ、マフルだよ。マフル・ハーシェ」
「ああ、ハーシェ家の」
私の名前を聞いて、彼はひとり頷いた。
「俺のことは知ってるよな」
「うん。セフィード・オスカーでしょ」
自分を知っていることを当然のように言うセフィード。
他の人がやればとんでもない自信家にうつるだろうが、彼がやると様になって見えた。
私の答えを聞いて、頷きながらセフィードは立ち上がる。
「そろそろ行くわ。また明日」
「あ、あの、ありがとう!」
背を向ける彼に慌てて声をかけた。
セフィードは振り向かずに答える。
「こちらこそ」
それは、紙を拾ったことへのお礼だろうか。それとも協力を申し出たことへの?
わからないけれど、私はなんだか嬉しくなってこっそり笑みを浮かべた。
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次の日。
マルディー先輩に会ったら何を話そう、何て挨拶をしよう、なんて考えているうちに、気が付けばあっという間に放課後になっていた。
「マフル、帰る~?」
「ごめん、用事あるんだ」
「分かった、また明日ね!」
声をかけてきてくれた友達に謝って、私は昨日セフィードと会った広場へと急ぐ。
しかし広場についてみると、誰の姿もなかった。
ドキドキしながら来た分拍子抜けしてベンチにどさっと腰掛ける。
そのまましばらく待ったが、セフィードは一向に現れない。
……もしかして、すっぽかされたわけじゃないよね?
何を考えているかわからないセフィードの顔を思い浮かべながら、急に不安になって私は内心冷や汗を流す。
確認しに行くべきかと立ち上がりかけたところで、やっとセフィードが広場に現れた。
「悪い、待たせた」
その姿を見て、私はほっとして安堵の息をもらした。
しかし、セフィードが心なしか疲れた様子なのが気になって私は尋ねる。
「何かあったの?」
「しつこい奴に捕まってた」
詳しく話されなくても、おそらく彼を狙う女子に付きまとわれていたのだろうということがわかる。
モテる人は大変だなー、なんて他人事のように考えていると、セフィードに軽く睨まれた。
しかし彼は結局何も言わず、来た方と反対側の出口へ向かって歩き出す。
「あれ、どこ行くの?」
「どこって、マルディー先輩のとこだけど。早く来いよ」
何言ってんの?という顔で見られて、慌てて私も立ち上がった。
彼についていきながら話しかける。
「てっきりあの広場に先輩を連れてきてくれるのかと思ってた」
「はあ?あそこは俺の隠れ場所なの。先輩に教えるわけねーだろ」
学園の広場なのに、自分のもののように言うセフィードがおかしくて少し笑う。
でもたしかにあの広場は静かで落ち着ける場所だ。
いつも周りに人がいるセフィードにとっては大事な場所なんだろうな、と思った。