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マルディー・ダンテ先輩

 私にだって、好きな人がいないわけではない。

 いや、うん、好きな人っていうか、まだ憧れ程度だし実は話したこともないんだけど。


 マルディー・ダンテ先輩。

 私より1年上で、義務教育期間で卒業せず、植物系の研究を続けている、らしい。

 深緑の髪は短く刈り込まれていて、四角形の輪郭の中に細めの黒い瞳と大きな鼻、そして唇の厚い口が収まっている。

 大柄だけど威圧感はなくて、以前本で見た異国のゾウという動物に似ていると思う。


 マルディー先輩が気になったきっかけは、ありきたりだけど彼が人助けしているところをたまたま見かけたからだった。


 ある日の下校中、反対側の道で突然女の人が荷物をぶちまけた。

 おそらくカバンの紐が切れてしまったんだと思う。


 割とたくさん入っていた果物がちらばって、あちこちに転がっていく。

 女の人は慌てて拾っていたが、ひとつのオレンジがうまく坂道に乗ってしまってなかなか止まらなかった。そしてその転がって行った先には後ろ向きに友だちと話しながら歩く男の子がいて――

 その子が後ろ向きのままオレンジを踏みそうになったそのとき、ひょいっとその男の子を持ちあげ、ついでに足でオレンジを止めた大柄な男の人がいた。


 それがマルディー先輩だった。


「おい、危ないぞ。前見て歩け」

「わっ、ごめんなさい」


 おそらくそのまま男の子が進んでいたら、オレンジは潰れていたし男の子も転んでいただろう。

 マルディー先輩は男の子をおろしてポンポン頭をたたくと、オレンジを拾って女の人に渡した。


「ありがとうございます!」

「いいえ」


 落とした果物をほとんど拾い終わっていた女の人は深々と頭を下げる。

 マルディー先輩はそれに対してにこやかに笑って返し、去っていった。


 突然の出来事にびっくりして一連の流れを見ていることしかできなかった私には、これらすべてにスマートに対応したマルディー先輩が輝いて見えた。


 単純だけどそれがきっかけだ。


 彼と話してみたいけれど、マルディー先輩は私のことを知らないし、私が突然話しかけてもびっくりさせてしまうだろう。

 まだ話したこともない人が気になるなんてなんだか恥ずかしくて、ライシーに相談もできていなかった。



******



「おかえりなさいませ、お嬢様」


 結局いつも通りのまま今日も一日が終わり、まっすぐ下校して家の門をくぐると、たくさんの使用人が私を迎えてくれた。


 私の住む屋敷の規模感と使用人の数に、驚く人も少なくないだろう。


 “第一”と付く学園に通っているからには、私の家も一応この国では最上位にあたる家柄の貴族なのだ。それこそ30年前までは王家とも懇意にしていたほどの。


 一番先頭にいた執事がすっと私の傍によってきて、私に小包を渡す。


「シェカール様からの贈り物でございます」


 シェカール様とは、かつてこの国で王様をやっていた人の名前だ。


 30年前の政治形態の移行のあとすぐに、王家だった一族は揃って国外に出て行ってしまった。

 とはいえ、国民に追い出されたわけではない。

 むしろ、王家が主導で政権交代を進めたという。

 

 なんでも、王様はずっと世界を見て周りたかったのだとか。そのために王制を廃止して共和制にした、という噂も流れているし、その噂にわりと信ぴょう性があるのが怖い。


 王様は私の父と親友で、私たち兄弟が生まれてからは定期的に旅した先の名産品を送ってくれた。

 ときにはあまり趣味がいいとはいえない代物もあるが、私はたまに届くそれをいつも楽しみにしている。


「ありがとう」


 私は部屋でその小包を開けることにして、再び歩き出す。


 話が少し逸れたがそんなわけで、我が家は旧王家と親しい家として周囲から一目置かれている。

 そのおかげで今の政治形態でも重鎮の立場に置かせてもらっているため、ラース“第一”国立学園に通える程度にはそれなりの土地と大きな屋敷とたくさんの使用人を持っているのだ。

 正直、それでも持っている財産はオスカー財閥に遠く及ばないけれど。


 これだけしっかりした家なのになぜ学園までの送迎がないのかというと、送迎の必要がないほど学園が近いからと、全員が送迎を行なっていると学園の門の前が混雑してしまうからだ。

逆に学園から家までが遠い生徒は寮に住んで通っていて、その数は半々くらいらしい。



「まずシャワーを浴びたいの。いい?」


私が歩く先で前に進み出てきたメイドにカバンを渡しながら言うと、メイドはかしこまりました、と返事をして近くにいた別のメイドに湯を沸かすよう命じた。


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