【第1章 アラン】 第8話
本日2話目の投稿となります。
~ 銀の扉の試練 アラン~
アランはひたすらに真っ白な世界を歩いていた。
長く続く真っ赤な絨毯だけが道しるべとなる空間の中で、
自身の体感として10時間は歩き続けていた。
「何もないなぁ。試練といえばこれ以上ない精神攻撃だよ。
聞いたことあるよ、人は誰かと喋らないと発狂するって。あれ、誰に聞いたんだっけ…。
父さんはあんまりそういうこと言わないし、カイル兄さんも違うと思う。
母さんかなぁ。母さんなら頭いいから知ってるかもね」
アランは何の刺激もない空間にいて独り言が多くなっている。
―それから数時間。
自我を保つのに限界がきたのだろうか。
11歳という年齢からすれば、よく耐えたというべきだろう。
ついにアランの独り言が一人芝居に変わっていった。
「ちょっと、カイル兄さん。それ僕のおかずだよ。」
「母さん、カイル兄さんが僕のおかずを取るんだけど。」
「ああ!ファラも真似しないで!!」
「父さんもカイル兄さんになんか言ってやってよ!ゲンコツお見舞いするとかさ!」
―。
彼の空想は続く。
朝ごはんから始まり、畑仕事、狩り、就寝のことまでを一人芝居で繰り広げていた。
『おいおい。それをやったのはカイルじゃなくて俺だろう?』
突然だった。
この真っ白い空間において見るものと言えば赤い絨毯だけ。
その先だけを目指していたアランが気づかないはずはないのだが、突然に彼は現れた。
今は亡き、長兄ヴァンであった。
「…そんなことより、母さん。体の具合どう?」
アランは、彼を一瞥し通り過ぎて行く。
「ファラはまた布団を蹴って、まったくもう。風邪をひいたらどうするの?」
『いや、ファラは死んでんのか?ってくらい寝相よかったぞ。静かに寝てたじゃねえか。』
またも、アランは無視して先へ進む。
『おーい、いくらこの先にを進んでも、どこにも辿り着かないぜー。』
後ろから声が聞こえ、一瞬肩を震わすものの知らないふりを続けるアラン。
だが次の瞬間には、すぐ脇の絨毯の前にヴァンが立っていた。
『ちゃんと俺を、そして自分を見つめないと道は拓けないぜ。』
アランの創り出した空想の中にヴァンはいなかった。
目の前で兄を亡くしたという心の傷と向き合うことができていなかったのだ。
「うるさいんだよ、さっきから!」
初めてヴァンの言葉にアランが反応するが、すぐさま自分の世界に引きこもる。
「今日はガタ鳥がうるさいね、父さん。弓で今夜の夕飯にしてよ。」
『ガタ鳥は不味くて食えたもんじゃねえのは、お前も知ってるだろうに…』
やれやれ、といった様子でヴァンはため息をつきながら両手を上げる仕草をする。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
『なあ。まさか、それで前に進んでるつもりじゃねえよな?お前、はじめっから、一歩も動いてねえんだぞ?』
その通りだった。
歩いていると、先に進んでいると思っていたのはアラン一人。
最初の場所から動けずにただ立っていただけだった。
その一言がきっかけとなり、アランの頬が涙で濡れていく。
同時に、アランはヴァンに掴みかかって押し倒し、その顔を殴りつけた。
「うるさいって言ってるだろ!偽物のくせに偉そうにするなよ!ヴァン兄さんの姿で出てくるなよ、偽物!くそっ、くそっ!」
ヴァンの顔を馬乗りで何度も殴りつけながら、アランは罵倒し続ける。
「この偽物!偽物!兄さんは、ヴァン兄さんは死んだんだ!死んだ!死んだ!死ん・・・だんだ…。うう…うわぁあああああーっ!」
次第にその力が、声が細く弱くなっていく。
「なんで…いなくなったんだよ。兄さんがどうして…。戻ってきてよ。一緒に母さんとルーシーを助けてよ。父さんも探そうよ。父さんなら絶対生きてるよ。でも、兄さんが、兄さんが…。」
アランはもう、兄にしがみつき泣くことしかできなかった。
『ようやく、俺を見てくれたなアラン。突然いなくなっちまって悪かったなぁ。俺は一般的な良い兄貴ってわけじゃなかったはずだが、こんなに慕われてたのか。兄貴冥利に尽きるってやつだな。」
殴られた唇から血を流しながらも、笑ってアランの頭をなでるヴァンの声は懐かしく、
その手はやっぱり大きくて温かった。
「兄さんごめんなさい、ごめんなさい…。助けられなくて…ごめんなさい…。」
アランは何度もあの日を思い出して哭いたのだろう。
毎夜、自分の無力さを呪い、打ちひしがれたのだろう。
そして、何度も何度も心の中でヴァンに許しを請うたのだろう。
『…ま、今はとりあえず、ゆっくり休みな』
その一言を境に、アランは意識を手放した。
―。
『あのなぁ…。』
「・・・・・・・・・。」
『いい加減にさっさと起きやがれ!泣き虫アランがっ!』
「んむ!?ちょっ、あだぁ!あぃでででででッ!」
頬をつまんで広げながら、アランを立たせていく。
「痛っつぅー・・。ちょっとは手加減くらいしてよ、まったく。」
涙目で両頬を擦りながら文句を言ってみる。
『まぁ、そんだけ言い返せれば心配ねえかな。』
埃を払う仕草をしながら笑ったヴァンは、もう一度優しい顔つきに変わる。
『アラン。俺は死んだんだ。もう、下を向いて、目を背けるのはやめろ。お前ならできる。なんてったって、あの超人ウォードを父に持ち、兄は超絶美男子でありながら英雄と呼ばれた俺だ。
さらに俺に一歩及ばないくらいの才気溢れるカイルの弟だろ?おまけに母さんは世界一の美人だし、ルーシーは世界一可愛い!ほら見ろ、何を怖れることがあるってんだ?』
「理由のほとんどが滅茶苦茶だよ…。でも、ホントにその通りだッ。」
アランは背筋を伸ばしまっすぐヴァンを見る。
「もう逃げない。約束するよ。」
アランは強がって涙目になりながら、それでもニッコリと笑ってそう言った。
『それでこそ俺の自慢の弟だよ。』
ゆっくりと頭を撫でてやり、
その後でヴァンは優しい微笑みを真剣な表情を変えた。
『さて、試練の時だ。アラン、俺を消してみろ。』
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