【第1章 アラン】 第7話
洗礼の間に入るべく扉の前に立っていた二人に、サクが後ろから声をかける。
「準備はいいな。では門を開く。死ねばそれまで、生きて出るには試練を超えるしかない。アラン、武運を祈るぞ。」
俺に激励は無いのか、と呟くスタンだったが誰の耳にも入らなかった。
「まあいい。行くぜ、アラン!絶対試練を突破しようぜ!」
「うん!スタンもちゃんと生きて会おうね!」
「「せーのっ!」」
扉は二人を飲み込み、静かにその口を閉じた。
~ 銀の扉の試練 アラン ~
そこには何もなかった。
あるのは真っ白い空間と、先が見えないほど遠くまで続く赤い絨毯のみ。
「この先に、行けってことだよねぇ。何にも無いんだけど・・・」
ポリポリ頬をかきながらも用心深く先を進む。
・・・・・・・・・・・一時間後。
「い、一体いつまで続くんだー!!」
~ 白の扉の試練 スタン ~
「こ、ここは・・・?」
スタンが扉を抜けるとそこは真っ黒な空間になっていた。
「うおぁ!?」
扉が閉まると同時に体が宙に浮かび、上下左右も分からなくなってしまった。
『【くろーざー】の名ヲ持ツ者ヨ。何故試練ヲ望ム?』
「ッ!?な、なんだぁ!?」
突然、無機質な声が響く。
『再度問ウ。スデニ【くろーざー】の名ヲ持ツ者ヨ。何故試練ヲ望ムカ?』
スタンの顔色が変わる。
「そ、その名前で俺を呼ぶんじゃねえ!俺は、スタンだ!ただのスタンだ!その汚らわしい名で二度と呼ぶな!」
『・・・デハ、【すたん】ヨ。コレマデノ加護ヲ捨テ、新タナ試練ヲ望ムトイウカ?』
「ああ!力だ!あんなクソ一族の名前なんざ必要ねえ! 俺の、俺だけの力が欲しいんだ!試練を受けさせてくれ!」
スタンがそう言うと、リンゴほどの大きさの虹色に輝く球体がふわふわと近づいてくる。
『ナラバ、コレヲ守リ通スノダ。オ前ガイクラ叩コウトモ握リツブソウトモ決シテ壊レル事ハ無イ。
シカシ!他ノ何カニ触レルダケデ光の粒トナリ消エ去ルダロウ。」
胸元まで近づいてきた光球をやさしく受け止めると、
何も無かった空間に突然景色が現れ始め、体が落下していく。
「うおおぉぉぉぉーっ!?」
光球を離さないよう抱きかかえ真っ逆さまに落ちていく。
いつ終わるともわからない落下の感覚で、意識が遠ざかっていく。
「・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・―。」
「・・・・・・・・・・お~い―。」
「・・・・聞いてる?おーい!」
「聞いているのですか!ステイン!」
誰かの声がしてふと気づくと、
眼鏡をかけた男に睨まれていた。
「はッ!」
「ほぉ?授業中に居眠りとはいい度胸ですね。ステイン?」
(こ、こいつは!この野郎は!まさか・・・!)
一生顔を見ることがないと思っていた顔がここにあった。
それは一瞬、息ができなくなるほどの衝撃だった。
しかし、それも束の間、
今度は時が止まるほどのショックを与える人物との再会があった。
「おい、何やってんだ、スタン!」
「お、お前ッ・・・・バンタロンなのか!?ど、どうして!?」
その少年はバンタロン・カロイド。
ステイントール・クローザーの今は亡き心の友であった。
―。
スタンは頭が混乱していた。
目の前にいるはずのない友がいたのだ。
「お前、無事なのか!?悪魔に胸を・・・。」
「だあぁ!胸元に指を這わせるなッ。気色悪ぃだろうが!」
大きく手で払い、距離をとるバンタロン。
乱れた服を直しながらスタンを見やると、目に涙を浮かべて笑っている。
「バンタロン…。バンタロンがいる…。」
「お前ホントにどうかしたのか?ナコの実でも拾ってケツに突っ込んだりしたんじゃねえのか?」
ナコの実というのは山に行けばどこでも手に入る植物の実である。
周りの皮を腐らせ、さらに乾燥させると、栄養価の高い保存食になる。
しかし、生のまま食べた場合は嘔吐と下痢が止まらず、発汗、発熱も相まって、ひどいときには死に至ることもある。
「お、お前、ナコの実って…俺がどんな思いで…。でも、うれしいなぁ…。」
顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながらも、なお笑っているスタンを見て、
「…セラスカ先生、こいつ今日ダメだと思うぞ。」
「そ、そうだね。ステイン、今日はもう帰りなさい。バンタロンは彼を送って行ってあげなさい。」
セラスカと呼ばれたメガネの青年は、
喜怒哀楽が綯交ぜになったような顔のスタンを見てオロオロしている。
「ほら、送ってってやるから帰るぞ。それにしてもやるな、お前。演技なんだろ?おかげで授業さぼれるんだ、よくやったじゃねえか。いつ、あんな迫真の演技なんて練習したんだよ?え?」
肩を貸しながら小声でスタンに話しかけるバンタロンは、授業が早く終わったことが嬉しいようだ。
「なるほど、聞こえましたよ?バンタロン。あなたの課題は3倍にしておきます。それとステイン。体調がすぐれないようなら、明日も様子を見なさい。」
天国から地獄に堕とされたバンタロンは、褐色の顔を灰色にしながら、スタンと共に教室を出て行った。
二人はクローザー家の離れにある屋敷から庭に出たが、バンタロンは課題が増やされたことに、いつまでも文句を言っていた。
「ったく、お前のせいだぞ。責任取ってナコの実を生で食えよ?」
「それはバンタロンがセラスカ…兄さんに余計なこと言うからだろ。いつも一言多いって言ってるだろ。それに自分がナコの実食って死にかけたからって、何かのたびに毎回人にそれ押し付けるのやめろよ。」
悪態はついているがこのやり取りも懐かしい。
会えるはずのない親友との再会に、体の中が温かいミルクで満たされていく―そんな充実感を、スタンは感じていたのだった。
~ 現実世界 ~
扉の前で宙に浮いて胡坐をかいていたサクは、
アランからもらったパンをかじりながら呟いた。
「さあ、試練はここからだぞ。クローザーの末裔よ。」
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