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苦手な方はご注意ください。

アンデッドのお姫様 ~世界最強のパラディンは、たったひとりで王国と対峙する~

作者: 平野十一郎

【注意】非常に残酷な表現を含めます。苦手な方はブラウザバックをお願い致します。

 王都から少し離れた荒野にて。

 乾いた大地に、革のブーツで踏み込む、若い男が一人。


 その男は、傷跡だらけであった。

 顔も、身体も。

 腕も、脚も。

 左手の甲に埋め込まれた、虹色の丸い宝石の部分以外は、傷の無い場所はどこにも見当たらなかった。


 ボロボロの麻布(あさぬの)のマントをはためかせ。


 被ったフードの下の長めの髪は、生来の黒さは抜けて、真っ白で。


 マントと同じく、麻布でできた服は、血の染みと砂で汚れていた。


 「見つけた。あいつらが今回のターゲットか」


 皮肉気に口元を吊り上げるその顔は、人によっては邪悪にも見えたかもしれない。




 地平線に薄っすら見えるのは、ゾンビの群れ。

 百体近くはいるだろう。




 男は、強く握った左手を、手の甲を前にして、顔の前に持ってくる。


 左手の手の甲には、虹色に輝く丸い宝石が埋め込まれている。

 それは男の身体の中で、唯一の傷がない場所。


 「変身」


 その言葉に反応し、虹色の宝石から、白金(はっきん)の光の粒子が大量に湧き出て、男の全身を包み込む。

 白金の粒子が結合し、男の体に沿って、白金の鎧を形作っていく。


 機械的な、流線型のフォルムを。


 装着された白金の鎧も、男と同じく傷だらけであった。

 余すところなく刻まれた、細かな傷のせいで、白金の輝きは、くすんでいた。

 背中には、よくわからない長大な、謎のボロボロの金属の筒が、装着されている。


 数千年前の古代文明の遺産である、この世でたったひとつだけの、パラディンの鎧。

 世界にひとりだけ、選ばれた者しか着けることができない、聖戦士の鎧。

 きっと本来は、様々な武装が組み込まれているはずだが、今はただひとつだけを残し、数千年前から全て故障している模様だ。


 男の腰には、刀身の無い、剣の(つか)だけがあった。


 男がその剣の柄を右手に持つと、柄の根本から、2メートルはあろうかという光の刃が現れる。


 たったひとつだけ残ったその武装は、光の剣。


 切り裂けぬものはない、世界最強の剣。


 男の頭に『ナビゲーター』の声が響き渡る。


 - 光分子ブレード【フォトン】 オールグリーン -





 今ここに、世界最強の戦士。


 【パラディン】


 ジーンが推参した。






 ジーンは、くすんだ白金の鎧に身を包み、光の剣を構え、荒野を駆け抜ける。

 ゾンビの群れに向かって。


 ゾンビ共は、ジーンに気づくと、一斉に襲い掛かってきた。

 アンデッドは、本能的に生者を殺しにかかってくるのだ。


 ゾンビの群れと接触する、その瞬間。


 ジーンが光の剣を一振りすると、十数体ほどのゾンビの胴体が切り裂かれた。

 血と臓物が、ジーンに降りかかる。

 いつもの粘り気と、いつもの臭い。

 慣れてしまったような、でも慣れないような。

 しかし、戦場ではそんなことを気にしている者から死んでゆく。


 ジーンは、光の剣を振り続ける。


 ゾンビが百体程度では、ジーンの鎧に触れることさえできなかった。

 特に危なげもなく、ゾンビの群れを壊滅させるジーン。

 

 ジーンは個としては最強であったが、決して無敵の存在ではない。


 身体の傷跡。鎧の傷跡。

 何度も死線を潜り抜けてきた。

 命を懸けて。


 死にかけたことは、何度もあった。

 ゾンビ千体以上と戦った時。

 熊やマンティコアといった、野生の獣の群れと戦った時。

 パラディンの鎧を身に着ける隙も無く、不意打ちされた時。

 反乱した地方領主の、傭兵たちが放つ矢の雨。


 ジーンは、自分の所属している、王国が死ぬほど嫌いだった。

 だが、もし王国と対峙すれば、一万人の兵士が放つ、矢と火炎魔法に撃たれ、命を落とすだろう。

 結局のところ、世界最強などと大げさに呼ばれていても、所詮はその程度なのだ。

 だからこそ、大嫌いな王国からの指令にも従わざるを得ない。


 ジーンは使い勝手のいい、ただの強力な傭兵なのか。

 いや、そんな上等なものではない。

 例えるならば……


 【パラディン】ジーンは、世界最強の奴隷でしかないのだ。







 ジーンは、奪われ続ける人生だった。


 王国の城下町。

 修道院の門前に捨てられていた孤児。それがジーンだった。

 修道院にとっては、子供は労働力だ。

 ジーンは物心がついた頃には、休む間もなく仕事をいくつも抱えていた。


 ジーンは、最初に人権を奪われた。


 掃除が行き届いていないと、シスターからは罵られ。

 お前の顔が気に入らないと、町民からは蹴飛ばされ。

 町で犯罪が発生すると、必ずジーンが疑われ。

 幾度となく、無実の罪で暴力を受けてきた。

 その頃にはもう、体中に余すところなく、傷ができていた。

 黒髪が、少し白くなり始めていた


 だが、そんなジーンにも大切なものがあった。

 同じ修道院に暮らす、幼馴染のカレン。

 くすんだ金髪の癖毛で、そばかすがかわいい子であった。

 ジーンと共に成長していくカレン。


 だが、14歳のころ。

 町中の夜道で。

 カレンは、とある貴族の息子から、気まぐれに襲われた。

 無理やりに押さえつけられ、服を剥ぎ取られ。

 欲望のままに、純潔を散らされた。


 ジーンは生まれて初めて、真の怒りを覚えた。

 身体が焼けそうに熱かった。

 涙が堪えきれなかった。

 しかし、貴族に逆らえるはずもなく。


 カレンは数週間、人生に絶望し続けたあと、自室で首を吊った。


 ジーンは、恋を奪われた。




 黒髪は、半分近く白くなっていた。




 その数年後、ある日の夜。


 王国の城の宝物庫から、虹色の光が飛び出した。

 その光は流星のように町を飛び越えて、修道院の窓から夜空を眺めていたジーンの左手の甲に、轟音とともに衝突した。


 割れる窓。震える壁。


 衝撃に吹き飛ばされたジーンは、フラつく目で自分の左手の甲を見ると、虹色の丸い宝石が埋め込まれていた。

 左手に痛みは全くなかった。

 骨にもめり込んでいるはずだが、問題なく手は動く。

 あまりにも不可思議な現象に茫然(ぼうぜん)とするジーン。


 翌朝、王城の使いがやってきて、ジーンは王家に代々伝わる虹色の宝玉により、パラディンに選ばれたことを知った。

 ジーンはそのまま、王様とやらの前に連れていかれ、王国への奉仕を誓わされた。


 宝石に意識を集中すると『ナビゲーター』と自称する声がジーンの頭に語り掛け、鎧と武装の使い方を教えてくれた。

 どうやら武装は、光の剣を残すのみで、他は全て数千年前から壊れてしまって使えないようだった。


 王国の周辺は、昔から戦場となっており、様々な呪いでアンデッドが生まれやすいそうだ。

 ジーンの主な仕事はアンデッド共の始末。拒否権など無い。

 それからは、満足に休むこともできないくらい酷使(こくし)され、東奔西走(とうほんせいそう)していた。

 報酬などほとんど出ない。

 王国から見れば、実に使いやすい奴隷が手に入ったのだろう。


 ジーンは、自由を奪われた。


 黒かった髪は、全て白くなっていた。





 「人を襲わないアンデッド?」


 王都の冒険者ギルドの一角で、ジーンは自分の耳を疑う。

 ここから西の森にある古城と、その城下町には、人を襲わないアンデッド達が暮らしているという噂だ。


 -ありえない-


 そこそこの年数をパラディンとして捧げてきて、アンデッドをひたすら討伐してきたジーンですら、そんなもの見たことが無かった。


 「ホントだって。俺達が直接、遭遇したんだから」

 「そうそう。この間の遠征でさ、ばったり会ったんだけど、そのままどっか行ってさ……」

 「ああ。ありゃ、意味が分からなくて、逆になんだか怖かったよ」


 「ふ~ん。そうは言ってもなぁ……」


 ジーンは、半信半疑だった。

 ジーンは冒険者では無かったが、ときおり、アンデッド達の情報を知るため、このように冒険者ギルドに足を運ぶことがあった。

 ジーンはエールを飲みながら、人を襲わないアンデッドとやらの事を考える。


 (とりあえず、一回見に行ってみるか)


 どちらにしろ、近い内に王国からも、同じ内容の指令が届くだろう。

 噂が違っていれば、ついでに殲滅してくればよい。

 ジーンは、情報をくれた冒険者たちに礼として、10ドル札を数枚渡す。

 あまり信用できない情報の対価としては、少し多すぎた気もするが、冒険者達とは、これからも仲良くやっていきたい。

 町民ですらジーンの敵である王都の中では、唯一信頼しているのが、冒険者ギルドの皆であった。

 ジーンは、荷物を掴み、西の森にある、古城を目指して歩き始めた。







 数日後。


 (……あいつらがそうなのか?)


 ジーンは、西の森に生えている、背の高い木の上から、古城を双眼鏡で観察していた。

 古城と城下町には確かにゾンビ達がうろついているが、人を襲わないかどうかは、まだわからない。

 だが、一般的なアンデッドと違い、なんだか小綺麗な格好をしている者たちばかりだ。


 (アンデッドが、服を洗濯してるのか?……まさかな)


 ジーンは木の上から、マントを(ひるが)し飛び降りた。

 フードがめくれ、白髪が逆立つ。


 奴らについては、本当に人を襲わないか半信半疑だ。

 いや、九割方、疑っている。


 「変身」


 左手の宝玉から、白金の粒子が溢れ、ジーンを包み込む。

 ジーンは、いつ戦闘になってもいいように、パラディンの鎧を装着し、古城へと進んだ。




 (これは……。いったい何が起きている?)


 目の前には、古城の城下町。

 建物は古いが、見た目よりもしっかり補強されているらしい。

 そこには、ゾンビ達が生活をしていた。


 市場には、食糧や衣服を売買するゾンビたち。

 石畳の道を、ゾンビの親子が歩いている。

 ジーンを見ても、特に襲ってくる気配は無い。


 その時。


 「わあ!すごい!鎧の騎士様だ!」


 ジーンに、ゾンビの子供が駆け寄ってくる。

 顔の左半分が骨のままの、小さな男の子。

 ジーンは反射的に、腰に装着された剣の柄に手を伸ばす。


 が、思いとどまる。


 (喋った?ゾンビが?アンデッドが?)


 ジーンは、目の前で起きている事が、信じられなかった。

 喋るゾンビなど、ますます聞いた事が無い。


 すると、他のゾンビ達もジーンに気づき、こちらにやってきた。

 ほがらかな笑みを浮かべながら。


 「あれま!アンタ、森を抜けてきたのかい!」

 「おやおや、外からのお客さんか。久しぶりだねぇ」

 「あれ?この前も、何人か、冒険者さんっぽいのが森の外れまで来てなかったっけ?」

 「凄い鎧だね!背中についてる長い棒は何なの?」


 もはや、人を襲わないとかそういう問題ではない。

 見た目はゾンビだが、その立ち居振る舞いは、ごく普通の人間のものだ。

 いや、あの外道ばかりの王国民などよりも、はるかに人間らしかった。


 その時。

 「あら、お客様なの?」


 人ごみの中から、鈴の鳴るような一声。


 「あ!姫様!」

 「姫様、ごきげんよう」

 「姫様!鎧の騎士様だよ!」


 そこから現れたのは、長い黒髪の、青白い顔色の、白いドレスを着た女性。

 きれいな顔をしているが、目の下の(くま)がすごい。

 右手にだけ、黒い手袋を嵌めている。


 「おはよう、皆さん。

  そして、いらっしゃい、旅の騎士様……でいいのよね?」


 黒い手袋の人差し指を唇にあて、首をかしげる女性。

 ジーンは、警戒は解かずに、話しかける。


 「なんだ、ここは。

  お前らは、何だ。

  喋るゾンビなんて、聞いたことない

  一体、何者だ」


 すると、『姫様』と呼ばれた女性は、青白い顔で、隈ができた目で、ふとジーンに笑いかける。


 「あ、そっか。

  ご説明します。騎士様。

  お城でお茶でも、いかがかしら」




 古城のテラスに案内されたジーンは、既にパラディンの鎧は解除していた。

 だが、(いま)だ警戒する心は、罠ではないかとアンテナを張っている。

 出されたお茶にも手を付けない。

 すると、『姫様』が口を開いた。


 「まず、私を含め、ここに住んでいる方たちは、普通のアンデッドとは違うんです」

 「それは分かってる。違い過ぎだ」


 『姫様』は続ける。


 「私は、ミアと申します。

  騎士様、お名前を頂戴しても?」

 「……ジーン」

 「あら、素敵なお名前」


 『姫様』こと、ミアはくすくすと笑う。


 「ジーン様。これを見てください」


 ミアは、自分の手元にあったティーカップを、地面に落とす。

 ティーカップは、地面に当たり、砕け散った。


 「……何の真似だ?」

 「見てほしいのは、これからです」


 ミアは、砕けたカップに手をかざす。

 その手には、青白い光が灯る。

 すると、砕けたはずのカップは、時間を巻き戻されたかのように、元の形に戻った。


 「私は『修復』の魔法が使えます。

  私の血族だけが代々使える、特別な魔法です。

  この町は、百年ほど前に滅ぼされましたが、私は自分が死ぬ前に魔法をかけて生き延びて、死んだはずの町の人々にも魔法をかけました。

  どうやら『修復』は生き物に対しての効果は不完全な模様で、普通の人間としては蘇らずに、みんなアンデッドになりました」


 ジーンは、そこでようやく合点がいった。

 ここのアンデッド達は、ミアの修復魔法とやらで蘇ったらしい。

 ミア自身も含めて。


 通常、アンデッドは、呪いや黒魔法で生み出される。

 もしくは特殊な微生物に感染することでもなることもある。

 そういったアンデッドは、必ず生者を襲う。


 どうりで、今まで見たことのないゾンビ達のはずだ。

 そうか。先ほど町に居たあれらは、身体はアンデッドだが、心は普通の人間のままなのだ。

 なんという珍妙な。


 そこで、ジーンはふと疑問に思う。


 「……滅ぼされた?」


 先ほどミアは、確かにこの町が「滅ぼされた」と言った。


 「はい。ここから東に森を抜けていったところにある、別の国に襲われたのです」


 ジーンの頭は、その瞬間、固まった。

 ここから東にある国。

 ジーンの所属する、王国ではないか。

 あの腐った王国は、百年も前から、腐りきっていたのか。

 ジーンの心は、申し訳ない気持ちが溢れていた。


 「……すまん。たぶん、それは俺の所属する国だ」


 ミアに頭を下げるジーン。


 「頭を上げてください。騎士様は、その頃まだ産まれてはおりませんでしょう?」

 「そうだが……。でも、すごく申し訳ない」

 「騎士様は、優しいお方なのですね」


 ころころと笑うミア。ジーンは、それがとても美しいと思った。


 「ミアさん。ここは、とてもいい場所なんだろう。

  でも、もし俺の王国に知られると、きっとまた攻め込まれる。

  大した理由も無く。あいつらは、そういう奴らだ」


 王都のクソ共は、きっとただの娯楽として、気軽にこの古城(こじょう)の町を攻め滅ぼすだろう。

 それは、阻止したいと思った。


 王国に、奪われ続けてきた人生のジーン。

 王国に忠誠を誓ったのは口先だけだ。

 きっと、貴族や王は、そのことに気づいているはず。

 最強の力を持ち、でも完全には王国側に付いていないジーン。

 利用価値は非常に高いが、王国から見たら強力なリスクでもあるジーン。

 そのため、王都に居る間は、周りは敵だらけであった。

 唯一、心を許せるのは、冒険者ギルドの仲間達だけだ。


 ふと、テラスから町を眺めてみる。

 町民は皆アンデッドだが、活気に溢れている。

 ここは、きっといい所だろう。

 人々は優しくて。

 王国が気軽に奪っていい場所ではない。


 「俺は、ここのことを王国に報告しなくちゃいけない。

  でも、ここには何も無かったと言っておくよ」


 こんなにも、王国と違う、平和な場所。

 ジーンは、ふと気が付くと、自分が安らいでいることに気づく。

 自分が最後に心から安らいだのは、いつ以来であったか。

 死んだ幼馴染のカレンが目に浮かぶ。

 

 そうか、カレンと一緒に居た時以来か。


 部屋の(すみ)でカレンと、くだらないお喋りに興じていた、あの頃。


 ジーンは、ミアに聞く。


 「ミアさん。もし、生き返らせたい人がいるといったら、修復してくれることはできるのか?」


 アンデッドとなったとしても。


 「最近亡くなった方でしょうか?」

 「いや、もう何年も前の話だ」

 「……そうですか。

  申し訳ありません。

  私が修復できるのは、亡くなってすぐの方。それも、ある程度形が残っているご遺体の方のみなのです」

 「そうか。ありがとう」


 カレンを生き返らせることはできないようだ。

 だが、カレンとしても、勝手に蘇らせられても困るかな。

 この世に絶望して、自ら命を絶ったカレン。


 古城のテラスで、カレンに思いを寄せる。


 そして、ティーカップに注がれたお茶に、初めて口をつける。

 もう、このお茶が罠でもいいかな、と思っていた。

 だが、そのお茶は、ただ美味しいだけだった。







 「西の森の古城には、何もありませんでした。

  アンデッドが居るというのは、ただの噂でした」


 王都の城で、王の前に跪き、報告を上げるジーン。

 王は不機嫌そうに、その報告を聞く。


 「わかった。下がれ」


 王の前からさっさと立ち去るジーン。

 王の顔を見ていると、吐き気がした。


 ジーンが去った後。

 王に、小声で話しかける宰相。


 「あの者が言ったことは、信じるおつもりですか?」


 王は、鼻で笑う。


 「まさか。あやつの報告なぞ、かつて一度たりとも信じた事は無い。

  暗部(あんぶ)を呼べ。

  西の森の古城を調査させよ」


 - 暗部(あんぶ) -


 それは、王直属の(しのび)達。

 王命のみに動く者。

 情報収集や、時に汚い仕事にも手を染める。

 その暗部の目が、西の古城に向こうとしていた。







 数か月後。

 ジーンは、古城のアンデッド達と、冒険者ギルドの皆を、会わせていた。

 最初は、襲われないかと疑心暗鬼だった冒険者達も、今ではすっかり古城の町に馴染んでいる。

 むしろ、ほとんどの冒険者が、王国の愚民に辟易していて、この古城の町に入り浸っているようであった。


 ジーンは、最近ではすっかりミアと一緒に居ることが多くなった。


 日常の、何気ない出来事を、互いに話し合う。

 テラスで、一緒にお茶を飲む。

 ジーンは、それだけで良かった。


 ミアの右手の黒手袋の下は、骨のままだと言う。

 やはり、生き物に『修復』は不完全なようで、ミア自身にも同じことが言えた。

 手袋をしているのは、ミア曰く「見られたくない」だそうだ。

 

 ある日、ミアは、パラディンの鎧の『修復』をしようと思い立つ。

 鎧を装着したジーンに、光る手を掲げるミア。

 すると、細かな傷が、少しずつだが、消え始めていた。


 一日に修復できる量には、限界があるようで、毎日少しの修復を行っていった。


 少しずつ、少しずつ。

 本来の白金の輝きを取り戻してゆくパラディンの鎧。


 ある程度修復されていくと、ジーンの頭に『ナビゲーター』の声が響く。


 - 通信用ナノマシン【フェアリー】 オールグリーン -


 武装の一つである、通信装置が復活した。


 【フェアリー】は、きらきらと光る粉のようだった。

 それが、古城の町の宙に舞う。

 ジーンは『ナビゲーター』により【フェアリー】の使い方を知っていた。


 「あー、あー、テストテスト」


 すると、町にいるはずの冒険者の声が、ジーンの耳に聞こえてきた。


 「うわっ!なんだこれ!?」

 「ジ、ジーンの声か?」


 「こちらジーン。聞こえたようでよかった」


 【フェアリー】は、パラディンの鎧と通信可能な、マイクロデバイスであった。

 【フェアリー】を対象者にくっつけておけば、離れた場所にいる人間と話ができる。


 ミアにも【フェアリー】をくっつけておいた。


 「ふふ。これで、いつでもジーンとお話できますね」


 ジーンは、それには答えず、ただ赤くなった顔でそっぽを向いた。


 町の中は、アンデッドと冒険者が仲良く過ごしている。

 ジーンは、この時が永遠に続けばいいと思っていた。







 だが、王国の暗部の手が、すぐそこまで伸びようとしていた。




 ある夜のこと。

 冒険者とゾンビが飲み交わす酒場で。

 突然、酒場のドアが破られ、剣を抜いた冒険者が転がり出てきた。


 「みんな!逃げろ!暗部だ!」


 冒険者が叫んだその時。

 黒衣の(しのび)が数人、なだれ込む。

 みな、毒を塗った短刀を装備していた。


 「アンデッドと、その仲間共だ!殺せ!」


 酒場で飲んでいた他の冒険者達は、一瞬だけ呆気にとられたものの、即座に剣を抜く。

 町のゾンビ達は、ただの善良な民だ。

 戦う力があるのは、冒険者達だけである。

 冒険者達は、ゾンビ達を後方に下がらせ、忍達と応戦する。

 冒険者の剣が、忍の短刀と交差した。

 

 町の至る所で、戦いが起きていた。

 アンデッドの亡骸。

 冒険者の死体。

 忍の残骸。

 町は、巨大な墓場と化していった。




 古城に居たミアは、廊下を逃げていた。

 ミアにも、複数の忍の毒の刃が迫る。


 だが、そこに光が真横に一閃。

 ジーンの振るった光の剣により、忍達は、胴体が上下に真っ二つになっていた。

 大量の血が、廊下に流れる。


 「ミア!だいじょうぶか!」

 「わ、私は平気です。ジーンも、お怪我はありませんか?」

 「心配ない。俺は、世界最強の男だ」


 本当ならば、ジーンといえど、鎧の隙間から毒の短刀に傷つけられれば、ただでは済まない。

 だが、ミアを心配させるようことは絶対にできなかった。


 ミアを抱きしめるジーン。

 ミアは、震えていた。


 ジーンにとって、ミアは既に掛け替えのない存在となっていた。


 ミアをこんなにも恐怖に陥れた王国。

 許すまじ。


 【パラディン】ジーンは、ミアを抱えたまま、古城の町に舞い降りた。

 王国の暗部を皆殺しにするため。

 ミアと町を守るため。







 夜が明け。

 死体の山があちらこちらに。

 ミアは、死した冒険者達をアンデッドとして蘇らせた。


 相変わらず、生き物に対しては不完全な『修復』の力。

 だが、冒険者達は、アンデッドになったことに対しては、あまり気にしていないようだった。


 肉体を破壊されたゾンビの町民も修復しようとした。

 大多数は、無事に蘇ったが、中には肉体の損傷が激しすぎて、蘇らない者もいた。


 葬儀は、古城の町で大々的に行った。

 昨日までは一緒に笑っていた者達。

 今日は、もうこの世に居ない。


 町民と冒険者は、悲しみに暮れた。


 王都の冒険者たちは、全員、古城の町に移住することを決めたようだ。


 ミアは泣いていた。

 ジーンにできることは、その腕でミアの冷たい肩をそっと抱くことだけだった。




 ジーンは、古城のテラスに上がり、通信を聞いていた。


 実は、既に王国の至る所に、通信用ナノマシン【フェアリー】をばらまいていたのだ。

 そこで知ったのは、昨夜襲撃してきた暗部の忍には、王都に逃げおおせた者もかなり居たこと。

 その報告で、古城の町には、アンデッドが大勢住み着いていると知られたこと。

 虚偽の報告を行ったジーンは、裏切り者として処断される予定であること。


 そして、古城の町を滅ぼすため、王国のほぼ全勢力である、約一万の兵士が、こちらに進軍していること。


 ジーンは、それを聞き、ここが自分の墓場であると決めた。


 ミアにも、町のみんなにも、全てを伝えた。




 「ここは、もう危ないのですね」


 ミアの声が、ジーンにかかる。


 「ああ。俺が時間稼ぎをする間に、みんなで逃げてほしい」


 一万の兵力に、どこまでできるか分からないけれど。

 たぶん、ミアの修復が不可能なほど、肉体は破壊されるだろうけれど。


 ジーンはそれでも、ミアの無事を願った。




 「ミア。最期にお願いがある」


 「なんでしょう?」




 ジーンは、ミアをそっと抱きしめ。


 唇にキスをする。




 「これ。これで思い残すことはないな」


 ミアは、目を白黒させていた。

 普段は青白い顔に、少しだけ赤みがさす。

 少しだけ目の下の隈が薄くなっていた。


 ジーンは、笑っていた。死の間際だというのに。


 「ちょ、ちょっと!なにするんですか、いきなり!」


 顔を背けるミア。


 「死ぬ前にしたかったこと。

  ミア。君に会えてよかった」


 顔を背けながら、ミアはジーンの胸に飛び込む。


 「だって……

  私、こんなゾンビの身体ですよ?

  右手だって、骨で……

  こんな、こんな、


  こんな私を……」


 ミアの目から、ぽろりと涙が落ちた。


 「ミアを守るためなら、死んだって構わない」


 そうだ。きっと俺は、そのために生まれてきたんだ。


 胸に飛び込んできたミアを、ジーンは両手で抱きしめる。

 冷たい冷たい、ゾンビの身体。

 青白い顔に、目の下の隈は濃い。

 右手の手袋の下は、骨で。

 それでも、とてつもなく愛おしかった。




 「ジーン。ならば私も、できるだけの事をします。


  パラディンの鎧を、完全に修復させてください」




 それは、かなり無茶なことであった。

 今まで、数か月をかけて少しずつ行ってきた修復。

 それでも、現在の修復度は、たぶん全快の半分ほどだろう。


 一万の兵がここまで到着するには、数日はかかるだろうけど、それでもミアには凄まじい負担を強いることになる。


 「私も、後悔したくありません。


  あなたが命を懸けるなら、私にも命を懸けさせてください」


 それからは、ミアは古城の私室で、付きっ切りでパラディンの鎧を修復していた。

 三日三晩、寝ずに。

 とてつもない消耗と共に。


 そして四日目の朝。

 パラディンの鎧は、完全修復され。


 傷も無くなり、本来の白金の光を、完全に取り戻していた。


 ぐったりとしたミアを、ベッドに寝かせるジーン。

 黒い髪を撫で、額にキスをする。


 「行ってくるよ。ミアは俺が守る。絶対に」


 ミアの事は、仲間の女性の冒険者に、世話をお願いするよう、依頼しておいた。


 古城のテラスに姿を現すジーン。


 太陽の光を反射し、荘厳に輝くパラディンの鎧。


 『ナビゲーター』の声がジーンの頭に響く。




 - 通信用ナノマシン【フェアリー】 オールグリーン -


 - 飛行・防御用光翼(こうよく)【ヘルメス】 オールグリーン -


 - サブウエポン:光分子ブレード【フォトン】 オールグリーン -







 - メインウエポン:アンチマテリアル・アサルトライフル


   【エクスカリバー】


   オールグリーン -







 パラディンの鎧の背中に着いていた、謎のボロボロの金属の筒。


 それは実は、光の剣をも遥かに上回る、この世で最強の武器。


 『銃』と呼ばれる武装の究極形態。


 アンチマテリアル・アサルトライフル【エクスカリバー】


 弾丸は、周囲に漂う魔力から無限に自動生成され。


 手のひらほどの巨大な弾丸を、毎分180発、射出する。


 この世の全てを破壊する、神殺しの杖であった。




 ジーンは、その背中に光翼【ヘルメス】を羽ばたかせ。


 大空に舞う。


 その速度は音速を超え。


 衝撃波で雲を散らしながら、王国軍を迎え撃ちに、飛んだ。








 所変わって、ここは王国から徒歩数日の場所にある大平原。

 西の森の手前にある大平原。

 そこに、王国軍一万人が、陣取っていた。


 総大将の陣幕(じんまく)には、将軍たちが首をそろえて会議をしていた。


 その中の副将軍。

 まだ若い男だったが、この男こそが、ジーンの幼馴染であるカレンを凌辱(りょうじょく)し、死に至らしめた人物。

 名のある貴族の息子で、今回で派手な初陣を飾り、世に名を知らしめようと目論(もくろ)んでいた。


 副将軍は、会議中だというのに、頭の中では既に勝利の凱旋(がいせん)のビジョンに酔っている。


 そこに突如、伝令の兵士。


 心地よい妄想を中断された副将軍は、内心イラついたが、それを態度に出すのは英雄として相応しくないと思い、伝令を促した。


 「伝令!


  【パラディン】ジーン、平原の向こう側に出現しました!」


 全員総立ちになる将軍たち。

 だが、あのパラディンとやらが使うのは、せいぜい間合いが2メートル程度の光の剣。

 王国軍一万が放つ、矢と火炎魔法の雨には、数分と持つまい。


 陣幕から出て双眼鏡で見ると、こちらの軍団とパラディンの間には、まだ十数キロメートルも離れていた。


 矢や火炎魔法でも、最大射程は数百メートル。

 さすがに、こちらの攻撃もまだまだ届かない。


 副将軍は、奴がこちらの射程に入るまで、のんびりと待てばよいと思っていた。

 陣形を余裕で整える兵士たち。


 すると、双眼鏡のレンズ越しに見るパラディンは、背中にくっついていた、何やら長い奇妙な杖のようなものを持ち、先端をこちらに向けるように構えた。


 はて。あいつは気でも狂ったか。


 副将軍の喉から笑いが込み上げる。







 そして。


 突然、前衛の兵士たち数十人の上半身が、一度に爆散した。


 数秒後、それに遅れて鳴り響く、謎の轟音。




 なにがおきた。


 奴が何かしたのか。

 あの距離で?


 困惑する将軍たち。


 双眼鏡の向こうでは。

 再び杖を構えるパラディン。


 ぞわりと、寒気がうなじを撫でる。




 次に訪れたのは、血と悲鳴の大嵐(おおあらし)であった。


 頑強な鎧を着た兵士たちが、なすすべもなく、凄まじい速度で次々と爆散していく。


 鳴りやまぬ謎の爆音。


 数十人。数百人。数千人。


 そして王国軍一万人が粉微塵になるまで、ものの数分もかからなかっただろう。


 雷鳴にも似た轟音が、恐ろしすぎて、耳を(ふさ)ぎ、目を(つぶ)る副将軍。


 音が止み、薄っすら目を開けると、我が軍は既に壊滅状態であった。


 「あ……。あ……」


 声にならない嗚咽(おえつ)を漏らす。


 するとそこに。

 

 目の前に。


 遥か彼方(かなた)に居たはずの。


 パラディンが。


 「お前」


 パラディンの声に、副将軍は震えるように反応する。


 「お前。覚えているぞ。カレンを(けが)した野郎だな。誰が忘れるものか」


 カレン……?誰だ、そいつは……?


 光の剣を抜くパラディン。


 「や、やめ、やめて……


  そうだ、金をやる!」


 確か、このパラディンは貧乏な孤児であったはず。

 金をチラつかせれば、きっと……。


 「お前が見た事もない、大金を!


  ど、どうだ!金が!金が欲しいだろ!?」


 光の剣を振るパラディン。


 とてつもない激痛が両脚から走る。


 副将軍の両脚は、光の剣によって切断されていた。


 「ぎゃああああ!」


 痛みでのたうち回るしかできない、副将軍。


 目の前には、悪鬼のような白金。


 そして……


 そのまま返す刀で……




 副将軍の男根(だんこん)が、切り落とされた。




 「……っ!」


 もはや、声すら出せない副将軍。

 顔色が、アンデッドのようにどす黒くなっていた。


 「お前は最後だ。その前に……」


 涙が溢れる目で見ると、恐るべき速度で、他の将軍を切り裂いていくパラディン。


 恐怖と痛みで、のたうち回る。


 地獄のような数秒間。


 そして、他の全ての将軍を(ほふ)ったパラディンが、こちらへやって来る。


 「本当はもっと苦しませたかったけどな。もう時間だ。じゃあな」


 パラディンは、頭上に垂直に、光の剣を掲げる。


 「やめ、やめてくれっ!」


 副将軍は最期に、自分の首が切断される感触を味わった。







 「こんなもんか」


 ジーンは、周辺を見渡し、呟く。

 一万人いたはずの大平原には、一万人の死体だけが残っていた。


 「あとは、王都か」


 王国の城と町。ジーンが育ち、全て奪われた場所。


 実はここ数か月間、王都周辺のアンデッド退治は行っていなかった。


 パラディンの武装も完全となり、王国軍に怯えなくとも良くなった今。

 冒険者ギルドの人間は、全て古城に退避した今。

 ミアという安息の場所を見つけた今。


 王国が滅びても知ったことではなかったからだ。

 もはや、自分が手を下さなくとも、いつか王都の城壁もゾンビ達に破られ、死の町と化すだろう。


 そこに、ミアに付けていたナノマシン【フェアリー】から通信が入る。


 「どうしたミア」


 「……」


 無言。


 「ミア?他に誰か居ないのか?」


 「……。


  ……ごめ、ん。ジーン。


  姫さんが、さらわれた」


 寝込んだミアの世話を頼んだ、女性の冒険者からだった。


 「どういうことだ!?


  だいじょうぶか!?


  ミアはどこへ!?」


 「た、ぶん……、王都


  暗部が、グリフォンに乗ってきて……」


 グリフォン!そんなものまで飼っていたとは!

 グリフォンなんて、そう簡単に用意できるものじゃない。

 レア中のレアの野獣だ。

 恐らくは虎の子の一体だろう。

 だが、それがミアに……!


 「暗部のやつが、去り際に、

  姫さんを、王都で、処刑するって……

  私はだいじょうぶ。

  いそ、いで……、ジーン!」


 グリフォンの飛行速度は相当速い。

 今頃は、とっくに王都に着いているはず。

 処刑の準備は始まっているはず。

 もしや、既に……?


 嫌な想像をかき消し、ジーンは光の翼【ヘルメス】を広げる。

 間に合ってくれ!







 王都。

 見渡す限りの群衆。


 ミアは、皆からよく見えるよう、少し高めに作られた処刑台に立たされていた。

 恐怖で身体が震える。

 隣には、屈強な身体に、巨大な斧を持った処刑人。

 そして背後の豪華な椅子には、おそらくは、ここの頂点である王が。


 王は、拡声の魔法で大きくなった声で、人々に宣言する。


 「ここにいるのが!


  数々のアンデッドを生み出した!


  邪悪なる姫君である!


  今、我々は!


  この大いなる邪悪を!


  切り捨てようぞ!」


 敷き詰められた群衆の大声援。


 ミアはなぜ、自分が殺されなくてはならないのか、全く理解ができなかった。


 「私は!何も悪いことはしておりません!

  私の生み出すアンデッドの方々は、人を襲いません!

  人の心を持ったアンデッドなのです!」


 群衆からの大ブーイングが巻き起こる。


 「アンデッドが人を襲わないわけ無いだろう!」

 「お前のせいで、どれだけの人が苦しめられたと思ってるんだ!」

 「この魔女め!」

 「悪魔め!」


 群衆は、ミアの言う事に、聞く耳を持たなかった。


 ミアは、怖さと悔しさで、涙が出てきた。


 王が、椅子から立ち上がり、ミアの隣にやってきた。

 そして、小声で話す。


 「いかがかね?無実の罪で死ぬ気持ちは」


 驚愕して王を見るミア。


 「私が無実だと知って……?

  そんな!じゃあなぜ私が!」


 「その方が()()()からだよ、お嬢さん。

  見てみよ、この群衆を。

  処刑というのは、娯楽なのだ。

  王は民に娯楽を提供しなくてはならない。

  貴様が無実かどうかなど、最初から関係ないのだ」


 青白いミアの顔が、さらに青ざめる。


 そして、ミアの右手の手袋が外される。


 「嫌っ!」


 民衆の前に、ミアの骨だけの右手がさらされる。


 「皆の衆!


  見よ!


  この醜い手を!


  これぞ、アンデッドの姫君よ!」


 「見ないでっ!」


 だが。

 すぐ側に立つ王も。

 後ろで控えてる宰相も。

 ミアの隣の処刑人も。

 城壁まで敷き詰められた、大人数の群衆も。


 誰一人、ミアの言う事は聞かない。

 それを悟ったミアは、涙が止まらなかった。

 怖くて。悔しくて。

 こんな馬鹿げた茶番のために、命を奪われるなんて。

 見られたくなかった、骨の右手をさらされて。


 王は続ける。


 「さて。そろそろ始めようか。

  私も忙しいのでね。

  ついさっき知らせを聞いたよ。

  貴様のパラディンが、我が軍と戦を始めたらしい。

  実に愚かだな。

  まぁ、一万の軍に対し、勝てるはずもないが。

  だが、その後に、貴様の城に攻め入る準備をしなくてはならん。

  薄汚いアンデッド共を皆殺しにする準備をな。

  だから、そろそろ終わりの時間だ。お嬢さん」


 終わりの時間。

 ああ、これで終わりなのか。


 ミアは、最期にジーンを想った。


 ジーン。

 自分達の色々を、語り合った、ジーン。

 そばにいてくれた、ジーン。

 こんなアンデッドの身体を、抱きしめてくれたジーン。

 こんなゾンビの身体に、キスをしてくれたジーン。


 死ぬならば、せめてあなたの手で死にたかった。

 もう百年以上も生きてきて。

 民のみんなは一緒に居てくれたけど。

 すぐ隣で、そばに立ってくれたのは、あなただった。


 ジーン。

 お願い。

 私を……。







 その時。




 空に。




 遥か彼方に。




 白金の光の翼が。




 あれは。

 彼が来てくれた。


 王は叫ぶ。


 「ゾンビ女を殺せ!」


 処刑人が斧を振り上げる。







 だがそこに、処刑人の身体の中央に。


 上空より高速で飛来した、白金の蹴りが突き刺さった。




 四散する処刑人の身体。


 飛び散る血肉。


 その勢いのまま、白金の蹴りで破壊される処刑台。


 王は、誰よりも早くその場から逃げ出した。


 砕け散りそうな処刑台の上に、かろうじて立つミア。




 そして、ばさりと。


 光の翼がミアを包み。




 白金の腕は、ミアの肩を抱く。


 ミアは、白金の鎧を見上げ。


 先ほどとは違う種類の涙が零れてきた。










 世界最強の戦士


 【パラディン】


 ジーン


 今ここに推参







 「撃て!撃てぇ!」

 宰相が城内に逃げながら、兵たちに号令をかける。

 兵たちから放たれる、矢と火炎魔法。

 王は、既に退避済みであるため、遠慮は無かった。


 混乱し、逃げ惑う民衆。

 矢と爆炎に包まれる、砕けかけた処刑台。

 だが……




 飛行・防御用光翼【ヘルメス】


 その翼は、ただ飛行するためだけにあらず。


 その身を、


 そして、大切な人を守る盾となる。




 爆炎が収まり。

 爆発の煙が風で流れていき。


 そこに現れたのは、光の翼に包まれた、無傷の戦士と姫。


 「お待たせ。ミア」


 「待ってた。ジーン。もう離さない」


 ミアはジーンにしがみつく。


 骨の右手も隠さずに。


 二人を(わか)つものは、もう何もない。


 ミアは涙が止まらなかった。


 「ここはもう、終わりだ。

  俺が終わらせる」


 光翼の隙間から、現れる銃身。


 アンチマテリアル・アサルトライフル【エクスカリバー】


 ジーンは、城壁に向け、狙いを定め。

 引き金を絞る。


 その火力は、あらゆる魔法に勝り。

 まさしく破壊の化身。

 その威力が。

 高く分厚い城壁を、打ち砕く。

 悲鳴を上げる群衆。


 そして破砕の煙の向こうから現れたのは……

 数千体のゾンビ達。


 当然、彼らはミアが修復した者達ではない。

 呪いで、魔術で、微生物で()った、人類の敵達。

 それを見た群衆は、更なる混乱に陥れられた。


 破壊された城壁を踏み分け、町に侵入してくるゾンビ達。

 彼らは、生きた人間を見るや、食らいつこうと迫りくる。

 まさに、阿鼻叫喚(あびきょうかん)地獄絵図(じごくえず)が、今から始まろうとしていた。




 ここは城内。

 玉座の間。

 処刑台から辛うじて逃げ出してきた、王と宰相。

 そして、王を守るための、最精鋭の近衛兵(このえへい)達。

 近衛兵は、ジーンを外して考えれば、この国最強の猛者の集団である。


 だが王は、近衛に囲まれ、なお震えていた。


 「そ、そんな、ありえん……

  あのパラディンは、せいぜい剣を振るう程度しかできなかったはず……

  なんだあの翼は……!

  なんだ、あの破壊力の炎の杖はっ!」


 「お、王よ、落ち着いてください。

  こ、近衛がいれば、きっと……」


 突如、天井が轟音と共に崩落する。


 「な、なんだぁ!?」


 天井の石材が砕け落ち、その後に続いて、全身から血を流すグリフォンの死体が落ちてきた。


 積みあがる石材とグリフォンの死骸。


 そして、その上に白金の戦士が降り立つ。


 アンデッドの姫を抱き、翼を広げて。




 「お、おのれ、パラディン!


  かかれ!かかれぇ!」


 近衛兵達に号令をする王。


 グリフォンの死骸の上に、そっと姫を立たせる白金。


 剣で、槍で、白金の戦士に襲い掛かる近衛兵達。


 だが、翼を広げた白金が、光の剣を、横に一閃する。


 近衛兵達は、その頑強な鎧ごと、斬り捨てられたのであった。




 「な、なああぁぁ!」


 驚きで、言葉にならない声を上げる王。

 その横で、ただ震えるだけの宰相。


 零れ落ちる近衛達の内臓を踏みしめ、光の翼を広げたパラディンがやってくる。


 「お、お前!

  そうだお前!確か孤児だっただろう!

  地位を、やろう!

  爵位だ!どうだ、名誉だろう!?」


 パラディンの足は止まらない。


 「伯爵!

  い、いや、もっと上の侯爵だ!

  地位があれば、何でも思い通りになるぞ!」


 それでも、パラディンの足は止まらない。


 「お、王だ!

  お前は、次期の王様だ!

  何をしても権力で捻じ伏せられるぞ!

  これで!どうだぁ!」


 白金の戦士は、光の剣を振るう。


 王と宰相の両手両足が切断される。


 「ぎゃあああぁぁぁ!!」


 叫び声を上げる二人。

 そして、パラディンは、近衛兵が装備していた、近くに落ちていた槍を握った。


 「な、何をする気だぁ!

  た、助けてぇぇ!」


 激痛の中、存在しない手足で藻掻く王たち。


 パラディンは、その槍で、王と宰相の胴体を、二人まとめて貫いた。


 「ぐ、ふ」


 急所はわざと外してある。

 次に、パラディンは、近くに落ちていた剣を握った。

 そして、また二人まとめて貫く。


 「がっ……!」


 まだまだだ。剣も槍もまだ落ちている。


 「た、すけ……て……」


 そして、全ての刃物を受け止めた頃。


 ようやく王と宰相は、息絶えたのだった。







 それから後、城壁を破壊された王国は、ゾンビの群れの前に、滅び去った。







 数百年後。

 ジーンも、とっくの昔に、ミアの『修復』でアンデッドになっていた。

 だが、ミアの強力な魔法の力も、数百年という歳月にはかなわず、修復の力でアンデッドになった者も、次々と崩れ去っていった。


 そして、今ではミアも。


 ミアとジーン。ふたりはベッドで抱き合っていた。

 数百年間、愛し合ったベッドで。


 「ジーン」


 「なに、ミア」


 「私も、もうそろそろダメみたい」


 「そっか」


 「たぶん、私が死んだら、みんなの修復の効果も無くなると思う。


  きっと、あなたも……」


 「いいよ、それで。」


 「え?」


 「これまで数百年間、ずっと幸せだった。


  ミアがいてくれたから。


  死ぬときは一緒だ」


 「ジーン」


 「ミア。愛してるよ。これからも、ずっと」


 「ジーン。私も。私も、あいし……て……」


 そして、崩れ去るミア。


 それに呼応するように、次々と崩れてゆく古城の町のアンデッドたち。


 ジーンも、自分が、手の先から崩れていくのを見ていた。


 「ずっと一緒だよ。ミア」


 塵へと還るジーンの身体。




 崩れたふたりの身体は、ベッドの上で混ざっていった。




 そして、ふたりの身体の残骸からは、虹色に光る丸い宝石が、浮かび上がる。


 それは空高く舞い上がり、流星のように飛び去った。


 きっとまた、どこかのだれかの左手の甲に、埋め込まれるのだろう。


 次のパラディンは、いったいどんな人生を送るのか。


 それは、虹色の宝玉だけが知っていた。







お読みいただきありがとうございました!

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[良い点] 残酷ながらも綺麗なハッピーエンドで終わり良かったです
[良い点] すごく面白かったです
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