宝物
「にゃあ。」
港の先に座る私の横に、少し身体が大きく、太っている三毛猫が私の太ももに擦り付けるように身体を寄せる。
とてもくすぐったくて、柔らかい。
私が猫の頭を撫でてやると、猫は嬉しそうに目を閉じた。
私は嬉しそうな顔を見た後、視線を海へと向けた。
生まれて十六年。何もないわけではないが、海に囲まれ、潮風に当たり続ける生活はいつになっても良いものとは思えない。
ただ、海はとても綺麗だ。どこまでも隅々へと広がるエメラルドグリーンと濃い青色が混ざる海を見ていて楽しいから、嫌いにはならない。
潮風が私のタンクトップを揺らす。潮風にしては柔らかい風だった。私は髪が揺れないよう、今になってヘアゴムで後ろに纏める。
近くには友達がいない。私の友達は自然そのものだ。
離島に住む私だからこそ、自然の良さは分かるつもりでいるが自然豊かだからこそこの生活が不便で嫌だと思ってしまう。
青々とした空に流れる雲たち。私はぼーっと空を見上げた。永遠と流れる雲。それを眺めるだけでも、楽しく思えてしまうのは変だろうか。
時間が経ったのか、隣で寝ていた猫はノビをして起き上がった。
そして少し歩き出すと一度私の方へ振り向いて、こっちへ来いと言わんばかりに首を振る。
「猫のくせに生意気な。」
私はそう思いながらも立ち上がって、猫の後ろに行きついていくことにした。
もしかしたら宝のありかへ連れて行ってくれるのだろうか、それともいいお店を知っているのだろうか。真相はわからないがとにかく私は猫について行く。
その猫の足取りは意外に早かった。走るほどではないものの、小走りのようだった。
この町は人は少ないし、建つ建物も少ない。それゆえにとても開放的なところになっている。柄もとても低いし建物自体も低い。
ビルなんて建っているはずもなく、のどかな雰囲気を漂われている。
開放的な道をずっと歩くと、ご老人に挨拶された。
「どこへ行くんだい?」
麦わら帽子を被り、近くでとってきたのだろうか、野菜が入ったカゴを肩に背負ったお爺さんが私に問いかける。
「この猫について行くんだ。何か面白いことがありそうでね。」
私が答えればそうかそうか笑って言ってどこかへ行ってしまった。
「さあどこへ行くのか、教えてくれよ。」
答えるはずもない猫にそう投げかける。そうするとこちらへ振り向いて、ニコッと笑ったように見えた。
すぐに振り返って猫は道の先を見て歩き出したが、ますます私はどこへ向かっているのか気になった。
段々と、植物が見えるようになってきた。サトウキビ畑や雑草。田舎を彩る主役たちが登場してきた。それのおかげからか、道はどんどん前へ、前へと長く続いていく。
それでも猫は止まらない。ただ、自分だけが知る道を私に教えず前に進む。
私はこの離島を全て知り尽くしたわけではない。自分の住む地域と、少し背伸びして行った隣の地域しか知らない。
ただ、猫についていくと知らない景色だらけだった。
わたしには猫がどこへ行くのかすらわからない。
私の足はまだ疲れていない様子だが、汗の量は増えてきた。それに対して猫は休む様子を見せず、短い足をひたすら動かし続ける。
「まだかい猫ちゃん?君が導く場所はどこなんだい?」
私の問いかけにも猫は振り向かず、ただ前へと進んだ。
日が暮れてきたのだろうか、段々と空の色が黄色っぽく変わってきた。
夕暮れの一歩手前のような空色。この時間帯が私は好きだ。
しかも今の季節は夏ということもあり、夕暮れの時間が長い。暑いものの、日本の夏はとても好きだ。
猫はまだ歩く。どこまでも歩いて行く。私は少し休憩して、少し走って猫に追いついて、少し休憩してまた走って追いついて歩いてを繰り返した。
そりゃあ体力が尽きるはずだ。だんだんと疲れてきた私を猫は見たのか、少し引き返してくると私の脚にぽふっと身体を擦り付けて、当たる。
すると短い前足を私の体のほうへ伸ばして、登ろうとする。
私は抱き上げると、猫はまた笑うように目を閉じた。
もうすぐだから頑張れ。
そう言わんばかりに微笑むと、また自分から降りて歩きはじめた。
すぐだろうか、坂が見えはじめ私は下っていく。段々と下っていくとあたり一面、海となった。
ビーチとして経営しているのか、それとも自然としてあるのかわからないが、私は砂浜に足をつけた。
すると猫は止まって私の方へ振り向いて歩いてきた。
これが見せたかったものだ、と。
私の隣にちょこんと座る。
そこにはサンセットの素晴らしい景色だった。
黄色がかった空がいつの間にか炎のような赤色に染まり、水平線は赤く光っている。
ざざん、ざざんと波が静かに打ち合って、引いていく。周りに面倒な林や、建物は無く後ろにはテトラポットがあるくらいだった。
砂浜の熱さに私の足は慣れたのか、前へと進んでみる。
そして私は波に足が浸かるぐらいのところまで行ってみた。
波が私の足を飲み込む。そしてまた引いていくを繰り返す。
私はただただ太陽を見つめた。今まで多くのサンセットを見てきたが、何故かこれだけは特別のようなものに感じた。写真として収めるのもいいだろう。だけどそうではない。私の目と、脳だけが見て、記憶するこの景色は大変素晴らしいものだろう。
私はじっと、素晴らしいサンセットを見つめる。
私の後をついてきた猫は、波が迫ってくると後退りしたが、私が抱き上げると一緒に見るようにサンセットをじっと見る。
「これがお前の見せたかったものかい?」
私は猫に問いかけたが、猫は振り向かずただただサンセットを見る。
「いいお宝をありがとう。」
私は猫にだけ礼を言って、波の冷たさを感じながら太陽を見た。