第ニ話【勇者来たる】
魔王城の玉座にて、
威風堂々と座る影があった。
禍々しい風貌、圧倒的な存在感。
その者こそ、まさしく"魔王"。
魔族の絶対的支配者に相応しい堂々たる姿で、
魔王は眼前に映る二つの来訪者の影を見た。
来訪者の一人、人族の希望と呼ばれている
金髪の男……"勇者"。
彼は魔王を見据えると、徐ろに顔を上げ、
何かを訴える様な苦しい表情をした。
そして、そんな勇者を冷めた目で見ている少女。
魔王は二人の姿を眼に捉えると、
鋭利な牙を覗かせ、口を大きく開け……
「ガハハハハ、よくぞ参った勇者よ!
ワシの味方になるなら世界の半分をやろう!」
唐突に大声で勇者に向かって叫んだ。
そんな魔王の誘惑に、
勇者は苦虫を噛み潰した様な顔で大きく首を振った。
「……魔王ッ!俺は世界の半分なんていらない!」
勇者は一度目を閉じ、大きく息を吸って吐いた。
そして何かを決意した様に、魔王に向かって叫んだ。
「そんなことより、俺の頼みを聞いてくれ!!」
古今東西の敵である勇者が、
自分の誘いを断った上で自分に頼み事をする。
そんな勇者の姿に、
魔王は思わず笑みを浮かべた。
「……ほぅ、このワシに向かって頼みとな?」
魔王は勇者の言葉に一度考えるそぶりをした。
そんな魔王の目には、焦った様子の勇者が映った。
魔王はあえて焦らす様に、
一呼吸置いて重々しく口を開いた。
「……面白い、言ってみるがいい」
「……ト」
「ト?」
「トイレお借りしてもいいですかぁぁぇぇぇ!?」
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話は一時間前に遡る。
新暦10年。
戦争を終わらせた英雄の一人"勇者"。
彼は青髪の少女と共に
北の大陸にある、魔族の国に足を運んでいた。
「はぁ……相変わらず、こちらは寒いねー。
いい加減、この寒さはキツいんだが……」
勇者は人族の国とは違う寒さに、
身を震わせながら愚痴る。
若い頃ならいざ知らず、今の自分には大分キツい。
あまりの寒さに歩く気力が削がれていく。
そんな勇者に、後ろから声がかかる。
「勇者、寒いのはマリーゴも同じ。
愚痴っても仕方ない。前に進む。
それこそ、神の御意志」
青髪の少女――マリーゴ。
神に仕えし"聖女"と呼ばれ、勇者と同じく、
十年前の戦争終わらせた英雄の一人である。
少女と呼んでいい年齢ではないのだが、
見た目はどこをどう見ても少女にしか見えなかった。
「お腹痛くなってきた……てか、マリーゴ。
お前の信じる神って、自分の事じゃねーか」
彼女の信じる神とは……"自分"だった。
何故なら、自分の全ては自分の意志で決まるから。
彼女は自分の意志を神と呼び、
強烈な自己意志のまま、突き進んできた。
だが、それを知らない他人から見れば、
彼女はまさしく"神"の意志に従い、
戦争終わらせた"聖女"であった。
「そう、私こそ神。つまり、私の意志。
いいから、キビキビ歩け……ていっ」
そして、"神"の意志で、
早く目的地に到着したいマリーゴは、
歩くスピードが落ちた勇者の尻を蹴り上げた。
「痛えッ!? 何すんだマリーゴ!
お尻の痔さんが爆発したら、どうするんだ!?」
「勇者……痔なの?……うける(笑)」
「……うける(笑)じゃねーよ!?
俺はな、あの頃みたいに若くねーんだから。
そりゃ、痔の一つや二つもなるわ!」
勇者は、慈しむようにお尻をさすりつつも、
また蹴られてたまるかと、歩くスピードを上げた。
そんな勇者に、またしても後ろから声がかかる。
「ねぇ、勇者」
「……今度はなんだよ?」
「今回の会合、本当にあの三人は来ないの?」
勇者達が魔族の国に来た理由……
それは、年に一度の魔族との会合があるからだ。
人族と魔族の会合は毎年、
人王城と魔王城の交代で行われており、
今回の会合場所は魔王城だった。
そして、魔王城での会合は本来、人族からは五人出席するはずだった。
魔族との和平を実現させた五人の英雄。
――"勇者"、"聖女"、"剣豪"、"賢者"、"拳武"。
毎年一人、二人が欠席する事はあったが、
三人も欠席するのはこの十年で初めてだった。
「まぁ、仕方がないさ。
他の三人はそれぞれ外せない用事があるんだとよ」
「……そう。剣豪や賢者は分かる。
でも、拳武が来ないのは珍しい」
剣豪は国の軍の責任者であり、
賢者は魔法学校の責任者なのだから、
二人が忙しくて欠席なのは分かる。
しかし、拳武は山で悠々自適の生活をしていて、
時間には余裕があるはずだ。
その証拠に、毎年の会合に必ず拳武は出席していた。
「まぁ、これで皆勤賞は俺だけになっちまったな。
それに去年はお前だって欠席してたしな」
「うるさい、暇人。誇るのは痔だけにするべし」
「嫌だよ!?なんで痔を誇るんだよ!
てか、今思いついたんだけどさ。
痔って、お前の治療魔法で何とかならない?」
「はぁ?」
「いや、外傷も治せるなら、
俺のこの痔も治せるんじゃないかなーって思って」
「それを捨てるなんてとんでもない」
「いや、捨てるとかじゃなくて、
治るなら切実に治して欲しいんだけど……」
「うるさい、痔人。キビキビ歩くべし」
「……へいへい。てか、本格的に
お腹痛くなってきたんだけど」
――やがて、勇者達の前に魔王城が見えてきたのであった。
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