第9話 猪突
2021/1/23 読み直し(一回目)編集しました。
2021/3/17 誤字脱字、ルビ振り追加、文章追加、台詞の言い回し変更など、編集しました。
ギルドを後にした後、三人で露店まで足を運ぶと、限界だったのかテトラが香ばしい匂いに誘われる。
「……おなかすいた」
その一言で別行動が提案され満場一致で承認された。
テトラは一人になると、すぐさま朝市が行われている露店から少し外れた出店に足を運ぶ。
漂う香ばしい匂いがそうさせたのだから仕方がない。
それに名目は手がかりの少年の情報収集はきちんと行うつもりだった。
「おじさん串肉一つ」
いまにも涎がたれそうな呆けた表情からは窺えないが、きっと忘れてはいない……はず。
「はむ」
すきっ腹に肉汁がじわっと染み渡り幸せが広がった。
一つまた一つ、串から肉がなくなり、あっという間に串だけが残る。
「ごちそうさまでした」
そう店のおじさんに串を渡すと、
「……ははは」
店のおじさんはドン引きしていた。
はしたなかったかなとテトラは思うが、
「いやー、神の信託をもらってる嬢ちゃんは珍しいからな。そんな食いっぷりがいいとはおもねぇからよ」
言われて、あたりの視線が自分に注がれているのを思い出す。
役職、聖女。
神の信託を得ることができる数少ない職業の一つであり、こんな田舎街では珍しい。
それに加えて聖女が冒険者になるのはさらに希少。
だからちらちらみられている自覚はあった。
しかしだ、とテトラは思う。
日頃、信託を得るために祈り願い神に背かない日々。
真面目に生きているのだ。
「(たまにはねぇ)」
それにこの街にはご神体が置かれた教会は存在していない。
つまり、どんな姿を見られてもお叱りなどこないのである。
しかもそれを教会にチクる方法もなければ、聖女をお嬢ちゃん呼ばわりする信仰心も薄い。
つまりテトラの独壇場なのだった。
「(たまには羽伸ばそうっと)」
だから見られることなど大したことではない。
屋台から屋台へ、食べ物がテトラの胃に放り込まれていく。
一応その間、少年の情報も尋ねているが、答えは変わらず情報は得られなかった。
もぐもぐと口に手を当て小さな上品さを醸しながら、空腹も和らぎ、少し食べることを抑えようかと考える。
朝の出店と朝市の露店の時間は限られている。
そうなると、今度は昼食の店が開き始めるからだ。
「せっかくだし、朝市も覗いて行こうかな」
きっとカルバンがそこに向かっただろうが、露天を全て聞きまわるのは無理がある。
ジオラルはどうせ、鍛冶屋か防具関連の店で聞き込みの事など忘れているだろうから、あてにはならない。
だてに長い付き合いの二人の行動はお見通しだ。
「腹八分目」
そう言い残し、テトラは露天街へと足を進ませた。
そんな少女の後ろ姿を見送るためか、出店の店主たちが一応に顔を出し、全員が全員同じ事を口にした。
「腹八分目……⁉」
朝市の露店に比べれば少ない店舗数、六十七店舗、全てが一人の少女によって網羅された。
歩きながらテトラは、ゴーゴンの対策について考えていた。
信託によって石化解除の願いは唱えることができる。
しかし、奇跡と呼べる神の信託にも回数制限が存在する。
それも一つの信託に対しての回数制限ではなく、一日に唱えられる回数制限だった。
そうなると戦闘中石化をされるたびに解除していればあっという間に、無力化されてしまう。
そうなるとやはり、対石化の装備品は必要になってくる。
「ジオラルじゃあ、そこまで考えないか」
あてにできない仲間に、アイテムショップも行動範囲に入れて行動しようと、あたりに注意を払っていなかった。
「きゃ」
建物の曲がり角から出てきた人とぶつかってしまった。
小柄なテトラがぶつかっても大した衝撃が来なかったことで、その正体がまだ子供だったことにすぐに気が付いた。
「ごめんなさい、考え事してて」
「あ、いえ、こちらこそごめんなさい。人を探してて注意を怠ってました」
まだ十歳くらいの少年にしては礼儀正しいと思う。
「迷子?」
そういうと少年は複雑な表情をして見せた。
「……あははは、どっちが」
不思議な事を言い、頭を傾げてしまう。
その様子に気づいたのか少年は慌てて、
「あ、いえ大丈夫です。すぐ見つけられると思うので」
そっか、と返し立ち去ろうとする少年を慌てて止めた。
「ごめんね、ちょっと聞きたいんだけど、君くらいの少年で商人をしている子って聞いたことないかな?」
「子供の商人ですか……」
少年はふむと零し、口元を手で覆うと考え込んでしまう。
どことなく大人な雰囲気に、大人ぶりたい年頃なんだろうなと、テトラはクスリと笑った。
「あ、いいのいいの、知らなかったら、じゃあ、別の事を聞いてもいいかな?」
「え、はい。大丈夫です」
「よかった、露店で最近人気の野菜を売っているお店の場所って分かるかな?」
「ああ、それなら」
よかった、今度は悩むことなく少年はすらすら答えてくれた。
どうやら、朝市の露店は争奪戦で売り場が毎日変わってしまうらしい。
だけど、この少年はその露店の場所知っていた。
「最近は、広場の中央を取れるみたいで、今日も中央付近に出てました」
それならすでにカルバンが聞いた後かもしれない。
でもここまで来たし、念のため尋ねてみることにする。
「ありがとう。探している人すぐ見つかるといいね」
優しく微笑み、お礼を言うと少年は頭を下げて立ち去って行った。
「都合よくお友達ではなかったか」
そう言いながら少年の後ろ姿を見送ると今度こそ露店へと足を運んだ。
露店まで辿り着くと、いくつかの店は店じまいを始めている。
「ええと」
全体を見渡すにしても出店と違って数多いテントに視界は遮られた。
「中央はっと」
とりあえず、広場の中心に向かえば辿りつけるはずと勘で進んでいくと、
「えっ、もう売り切れっ!」
「がっははは、残念だったな。仕入れから数分で売れちまうんだよ兄さん」
ひときわ大きな喜びが混じった声がテトラの耳に届いた。
どうやら、あの店のようだ。
「珍しく入荷早かったんだけどな、すまんな」
「予約ってできないのか?」
「悪いがそう言う奴は多くてな、数もないし、今のところ取り置き客は二組までだ」
「仕方ないか……、じゃあ、それとそれ買っていくよ」
「まいどっ!」
どこかの料理人だろうか、残念にそうに売れ残りの野菜を買っていくとしぶしぶ店を後にした。
ふと、テトラはあることに気が付いた。
「すいませんっ」
「んあ、おおっ、なんだっ、俺は悪いことなんてしてないぞ!」
修道服を着たテトラに思わず弁明をするが、そんなことよりも聞かなければいけない。
「今日っ、野菜が入荷したんですか⁉」
その言葉に露店の店主は安堵した様子で胸を下ろした。
「なんだ、わざわざ遠方から噂を聞いた聖女様が視察に来たのか思ったぜ。そうだよ、噂の野菜や果物は本日入荷、んでもって売り切れ御免ってなわけだ」
「ちなみに、前回の入荷は?」
「前回? ああ、確か、一昨日くらいだったかな」
これは迂闊だった。
予想していた日にちと全然合っていない。
ともあれ、そんなことはどうでもいい。
「入荷してきた少年はまだいるんですか⁉」
すると、急に店主の目が鋭いものに変わった。
「どうだかなー」
急に冷たい態度に変わる店主に、遅れて気が付いた。
どうやら店主は入手困難な野菜を手に入れる手段として、少年と直接交渉をする輩だと勘違いしたようだ。
「ち、違いますっ、私は少年の方に用事があって」
「あのよー、嬢ちゃん。本人は商人と名乗ってはいないが、みすみす他人に自分の食い扶持教えるわけないだろ。つうわけで、俺も奴に関して教える事なんて何もないね」
「そうではなくてっ」
「さぁ帰った帰った、今日は店じまいだ」
手で払われ、もう話すら聞いてもらえなくなった。
ただ現時点で少年はまだこの街にいる可能性がある。
だとしたら、
『通行人に関しては門兵に直接聞いていただいた方がいいかもしれません』
受付嬢の言葉を思い出し、急いで駆け出した。
修道服姿の全力で走る聖女。
ただでさえ見慣れない姿に街中の視線を一人じめにしていることなど気にすることなく走り抜けた。好奇の眼差しなどあの二人と旅をしていれば慣れたものだった。
そんな慌ただし様子で登場した聖女に門兵の二人は、焦り動転する。
「何事かっ⁉」
「なっ、襲撃ですかっ⁉ 中からっ⁉ 中からなのっ⁉」
冒険者とはいえ聖女の唐突の登場に、最悪のシナリオを想定した門兵は腰にぶら下げている剣を掴む。
口調がおかしかったもう一人の若い門兵は慌てた様子で辺りをきょろきょろ見渡し異常を察知しようとする。
そんな様子に、はぁっはぁっ、と息を切らしているテトラは自分の犯した失態を気にする様子はない。それよりも、ここに来た理由が重要だった。
「そっ……そんなことよりっ、」
そんなことよりっ⁉、と二人の門兵はまた驚いた様子で顔を見合す。
街の中で何か問題が起これば当然、この二人に調査が入る。
それを軽々しくどうでもいいように言われれば、かちんと頭にくる。
しかし、事情が想定した事でないのなら、そんなもの二の次である。
「それで、何があった?」
ひとまず冷静になった門兵は事態の掌握のために一人の冒険者聖女に立ち塞がった。
一応、街の外へ出る場合も顔の確認を行う程度の調べはする。
その間若い門兵はざわついている入門者をなだめる処理に追われていた。
その間深呼吸を繰り返し、呼吸を整えたテトラは聖女の立ち振る舞いで改めて尋ねた。
「街の外へ出た者で商人の少年はいませんでしたか?」
「少年の商人?」
なんだその質問はと、自分の動転が杞憂に終わった喜びと気恥ずかしさを隠しながら、出て行った者達を思い出す。
その中で該当する者がいたのを思い出す。
「いたな」
「――っ⁉」
その瞬間、テトラは腰から崩れ落ちた。
間に合わなかった。
「ど、どうした⁉」
聖女らしからぬ立ち振る舞いに、入門者の視線が痛い。
「とうとうやった」
「独り身が聖女様に手を出した」
「そういえば、門兵に種無しがいるとか」
言いたい放題の入門者に、結婚適齢期を逃した門兵の米神がびきりと浮かび上がる。
「きさまらっ」
そんなやりとりを無視し、禍の発端であるテトラは二人の元へ戻ろうと立ち上がった。
「あ、おいっ」
元々、少年を見つけることを目的とはしていたが、こんなにも早く見つかるとは想定していなかった。
だとすれば、一気にこれだけの手がかりを見つけられたのは運がいい。
そう考えれば、むしろお手柄だと割り切った。
少なからず、少年は存在し、定期的にこの街へやってくる。
「あ、」
それなら、と再び門兵に近寄った。
「すいませんが、その商人の少年が次やってきたら、尋ねたいことがあると言伝てください」
「は? それはいいが、何の理由で」
「お願いします。私たちは南の宿にしばらく滞在しているので」
「おい、こちらの質問に」
「あ、それと、少年ってどれくらいの頻度でこの街へくるか分かりますか?」
「お、お前、」
「わからないですよね。まぁいいです。とりあえず言伝だけお願いしますね。それでは」
そう言い残しテトラは街の門を後にした。
「なぁ、俺が悪いのか?」
びっくりするほどのガン無視に自分がモテないのは、生れ持った天性なのかと自信を無くす門兵に、後輩にあたる若い門兵は結論を出した。
「そこは顔でしょうね」
今度は顔の悪い門兵が崩れ落ちた。
そんなことを露知らず、テトラは反省していた。
「またやっちゃった」
ジラオルの事をお説教するわりに、テトラは考えなしに突っ走ることがある。
あとから冷静になれば、正しい行動を導き出すことができるのに、想定外のことが起こると一直線で行動してしまう。
「ジラオルの事言えないなぁ」
これ以上、失態を見せないためにも一度考え耽るのを止めた。
理由は簡単、すでに人とぶつかるという失態をしているのだ。
そして、それを目の前の店から出て来た少年の姿で思い出した。
誰かの手を引き、店の中から出てくる。
「よかった、見つかったんだ」
お姉さんだろうか、少年よりも背の高い灰色の髪をした少女。
なにやら少年は何か叱っている様子だった。
「はは、私も叱られないようにしないと」
どちらにしても探している人が見つかって良かったと微笑む。
「あ、アイテムショップ……、まぁ後ででもいっか」
立ち寄る予定だった目の前の店を前に、テトラは二人の元へと戻っていった。