第8話 Bランク
2021/1/23 読み直し(一回目)編集しました。
2021/3/17 誤字脱字、ルビ振り追加、文章追加、台詞の言い回し変更など、編集しました。
「冒険者の朝は早い!」
日の出とともに飛び起きるように起床し、装備を整えるとジオラルは剣を腰に引っかけた。
宿屋の扉を勢い明け、まだ寝ているであろう仲間の元へと飛び出した。
だが、
「ほらね、子供の遠足気分だよ」
「まぁ、ジオラルの事だから分かっていたけど、ほら、早く朝食摂ってギルド行くんでしょ」
宿屋の一階部分、廊下の手すりから二人の仲間がすでに朝食を摂るために席についていた。
言われていることは至極まっとうである。
しかし、頭の中で思い描いていた理想的な構図が崩れ、納得がいかなくなる。
「お、おせぇぞお前らっ」
思わず下の二人はポカンとする。
テトラはため息を吐いて、白湯で喉を潤す。後は、全てをカルバンに任せた様子だった。
「一つ、『冒険者は昼まで寝てから行動するもんだ』と言っていつも遅い人に言われる筋合いがない」
お決まりな展開に感情もなくカルバンは呪文を唱える。
「二つ、あたかも自分はすでに朝食を摂った、なんて呈のいい形を作りたいんだろうけど、寝癖がついたままだよ」
そこまで言われても引けないもはがある。だから、ここも勢いで乗り切ろうと、大きな声で、
「うるっ――」
「三つ、他の宿泊客に迷惑になるから大声出さないでくれ」
「……せぇ」
基本的に素直な性格なジオラルの声は消え去りそうになった。
正論の乱打にジオラルを静かに階段から降りてくる。
しかし、大人しくしてみせたカルバンだったが、誤算が生じる。
カルバンがジオラルと幼馴染であり、この展開に慣れているように。ジオラルもまた、言い負かされる展開に慣れていた。
がしっ、と二人の腕が掴まれる。
小さな悲鳴と驚きの声が漏れた。
「てめぇの説教には慣れてるぜっ」
次には引きずられていた。
「なっ、慣れないで改善しろっ、この馬鹿力!」
「えぇっ、ご飯っ、ご飯は⁉」
「冒険者たる者現地調達だ!」
「情報収集でどうやって調達するのよぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
悲痛な叫びと共に、この日冒険者用宿屋から苦情が殺到した。
引きずられて乱れた衣服を直しながら冒険者ギルドの門をくぐると、すでに掲示板に張り出された依頼書に老若男女の冒険者が殺到している。
「そこそこでかい建物でも、田舎のギルドだな」
Bランクの位置づけにいるジオラルは冒険者の実力を選定する。
やれやれと、カルバンが頭を抱えると同時、そのデカい声は冒険者の耳にも届いていた。
「ああ? なんだてめぇらっ!」
基本的に冒険者は血の気の多い人格が多い。
「ガキども痛い目にあいたいらしいな」
平均年齢、15歳、見た目だけでは舐められる事が多いのは事実だ。
しかし、実力社会の世界で、それもBランクとなれば名前は売れ始めている。
「おい、あれ、Bランクの『新しい波』じゃないか?」
冒険者の中にも一つの壁があると言われている。
それがCからBにランクを上げる事。
依頼の中にもランク付けがされており、登録ランクより上の依頼をこなす事はままある。
しかし、それだけランクアップできるかと言われれば話は違う。
ランクアップの選定方法は公開されていないが、少なからず世界に名前を轟かせる功績がついて回る。
「確かに、あの等級プレート」
冒険者には登録時二つの証明証が手渡されていた。
その一つが等級プレート。
冒険者のランクを表し、最悪な事態が起こった場合の証明証として使われる。
これを無くすと再発行に時間がかかる上に、冒険者失格とさえ言われ、なりたての冒険者はこれを守ることとさえ言われている大事なものである。
「Bランク以上なんて初めて見た……」
そして、もう一つがギルドカードである。
冒険者として認められた証明であり、自身の証明登録証になる。これもまた悪用恐れがあるため、無くさないのが基本だった。
「本物か……」
一人が気付けば情報は伝染していく。
受付嬢の前に並んでいた列が、ジオラル達に道を譲っていった。
ジオラルは鼻高々に受付嬢の前にまでくるとギルドカードを提示、
「確かに、ジオラル様、カルバン様、テトラ様、三名、【新しい波】。ご本人と確認させていただきました」
沈静化を図るためか、受付嬢がパーティー名まで丁寧に口にした。
「それで今回はどのようなご用件で」
Bランクであろうと、基本は掲示板の依頼から仕事を受ける。
それが直接受付に来たということはある程度理由が決まっている。
「情報」
「はい?」
その一つを端的にジオラルが求めた。
「どのような情報でしょうか?」
受付嬢は困惑した様子で受け答えをする。
その返しに、ジオラルは周りが驚愕するよう高らかに宣言した。
「ゴーゴンだ!」
その瞬間辺りは静まり返った。
そして、次の瞬間には、笑い声があたりに広がった。
「ぶははははははっ、ご、ごーごんっ⁉」
「だっははははははっ、こんなとこにいるわけないだろっ」
「は、腹がっ、お、おい誰か対石化のアイテム買ってきてくれっ」
この変化に若い三人は顔色を変えない。
数ある依頼の中に嘲笑や侮蔑から始まる、誰もが信じられない討伐依頼は確かにあった。
そしてそれらを未然に防ぎ、被害を少ないものにしてきたのは間違いなく冒険者だ。
そして、彼らは高ランクになっている。
「はっ、だからお前らはCランクどまりなんだよ」
その一言に空気がまた一変する。
「ほう、じゃあ、Bランク様よ。俺たちに勉強させてくれよ。Bランク様の実力をようっ」
冒険者をかき分けるように髭面の冒険者がジオラルの前に立ち塞がる。
「冒険者同士の争いは禁止されています!」
稀に見る異常事態に受付の奥でも混乱が起き、事態の収拾に受付嬢があわてて静止に掛かる。
だが、それが返って仇になった。
その慌てた受付嬢のかわいらしい仕草に冒険者に火がついてしまった。
受付嬢。
冒険者ギルドにとって必要不可欠な存在は、種族問わず美人が多い。
そして、また露店の街【ギサール】の受付嬢も人族の金髪美少女だった。
「よっしゃー、訓練場を開けろっぉおおお!」
その掛け声に、一斉に冒険者たちが裏口から冒険者専用訓練場へと足を運ぶ。
ギルド内に残ったのは、力なく崩れ落ちる受付嬢とその同僚たちだけになる。
「……どうして、こうなるの?」
一人の受付嬢に誰もが同情の声を掛ける。
それは仕方がない。
まだルーキーの冒険者は口出しできないであろうし、女冒険者や既婚者冒険者、熟練冒険者も、Bランクの戦い方に興味があるのだ。
とにかく今は見守ることしかできなくなった訓練場はジオラルを取り囲む形で密集していた。
「さて、順番ぐらい決めさせてやろうか?」
髭面の冒険者がそう言う。
つまりここの全員を相手するまで続けると言いたいのだろう。
「性悪」
カルバンがそう言いながら、手を貸す気はなさそうだった。
最悪何かあればテトラの法術【神の御慈悲】がある。
なによりも、
「はっ、一人ずつなんてめんどくせぇ、好きなだけかかってこい」
Bランク。
その称号は間違って与えられたものではない。
「なめんなよっ糞ガキがぁああああああああああああああああああああああ!」
怒号のあと訓練場は戦場になった。
「すごい……」
そう誰もが思ったことを誰かが呟いた。
あたりには怪我をしている者が転がっているものの、血を流している者はいない。
「まぁ、たまにはこういうのもいいな」
朝のいざこざのストレスを解消したすっきりとした笑顔のジオラルが一人立っていた。
「さてと」
後ろの負け犬を放っておき、仲間の元へ戻るとギルドの建屋へ戻っていく。
適当な腰掛けにジオラルが座ると、カルバンは本来の目的を忘れているであろうジオラルの代わりに受付嬢へと話しかけた。
「それで、何か聞いたりしていないですか?」
その間、テトラが代わりにジオラルにお説教をしている。
「ご、ゴーゴン族に関してですか……。いえ、これといってギルドにはそういった被害などは受けていません」
顎に手をやり、少し考えた後カルバンは質問の形を変える。
「では、北の山で何か異変、もしくは些細な変化などは耳にしたことはないでしょうか? あ、特に山頂までいかなくとも、そこそこ上の方で」
そう言い終わると、受付嬢は依頼書を、他の同僚は他の資料を慌てて調べ始めた。
その途中、商人らしき男が訓練場とは別の裏口から入ってきた。
「本日の納品の品々をお持ちしました」
どうやら、ギルド内で取り扱っている回復薬などを卸に来たようだった。
それを眺めながら待っていると、予想通りというべきか、
「やはり、北の山の方からそのような依頼や情報は来ていないようです」
「そうですか」
まだ、というべきかあのゴーゴン族の少女は自分たちに追われて偶然迷い込んだ可能性があるようだった。
しかし、そうなるとあの禍々しい気配に準備されていた落とし穴の理由が当てはまらない。
事実としては、あのゴーゴンの少女はまだなにもしていない。
しかし、放っておくこともできない。あの禍々しい気配は間違いなく悪いものだ。
困ったことになった。
おそらくだが、あのゴーゴンの少女はまだあの山にいる可能性の方が高い。
それも用意されていた罠があるからだった。
「罠を仕掛けていたのは、他の魔物や猛獣を警戒してか……、それを咄嗟の機転で僕たちをあそこまで誘導した? 可能性としては考えられるが、じゃあ、なんでゴーゴンがこの地に……?」
最終的には禍々しい気配が、安易な回答へは導いてくれなかった。
これは少しの間この街の滞在が必要と思いながら、
「では、あの山に詳しい人、もしくは最近通行した人など紹介してもらえませんか?」
そう最後に尋ねた。
「詳しい人物ですか、それに通行人……」
困惑するのも仕方がないだろう。
基本的に土地の持ち主は貴族や国であることがほとんどだ。
それに通行人と言っても、誰がいつ通ったなど記録があるわけでもなかった。
「山に知識のある人はこちらで調べておきますが、通行人に関しては門兵に直接聞いていただいた方がいいかもしれません。もしかしたら、なにか知っているかもしれません」
「なるほど」
考えても見ればこの街に入る際必ずそこを通る。
「それと」
そういい、ちらりと後ろで荷を卸している商人を見た。
「ん、なんです?」
視線に気が付いた商人が首を傾げた。
確かに、商人であれば街から街へ商品を仕入れにいく機会は多い。
もしかしたら何かを見たり、聞いたりしているかもしれない。
不安や恐怖を抱かせぬようにうまく事情を受付嬢が説明すると、
「なるほど、北の山ですか……、役に立つ情報があればお売りしたいところですが……、通る人はいないでしょうな。迂回すれば舗装された道がありますし、」
そこまで言い、掲示板の方を指差した。
「この辺の依頼内容の一部はあの山の魔物や、魔獣が大半。薬草などの採取はもっと低いところで山を越えてまで探すことはないですな」
結局、何も情報は持っていないということだった。
「あ、」
ところが、
「そういえば、あ、いや」
何かを思い出した様子だったが、なにやら言い渋る。
それに、カルバンは商人の言葉から答えを絞り出した。
「情報が良ければ報酬は――」
「あ、いやいや、私もそこまであこぎな商売はしておりませんよ。勘違いをさてしまったのなら、謝罪いたします」
「いえ、こちらも失礼な対応だったことを謝罪します」
お互い素直に失礼な対応だったことを詫び、話は戻る。
「役に立つとは思いませんが、怒らないで聞いてくださいね。近頃、露天の主人の羽振りがいいとかで、その理由が野菜や果物を売っていると聞きまして」
「露店で野菜やら果物を売っているなら普通なのでは? それとも珍しい何かで?」
半信半疑ながらも話の腰を折らずに尋ねる。
「気になって私も買い付けてみようと思ったのですが、どれも一般的な野菜や果物だというんですよ。実際の物はすでに買い手が決まっていて入手することはできなかったんですがね」
「それが?」
「どうやら、定期的に少年が卸しているそうなんですよ。それでその少年は北の山を越えてやってきているのだとか」
「少年が……?」
「ええ、私も不思議に思いまして、わざわざ北の山なんて越えなくとも道はあるだろうと露店の主人に尋ねたんですが、近道なんでと言われたとか」
「北の山を越えた先の町や村は?」
質問をこの辺の地理に精通している受付嬢に変える。
「北の方向にはリンゼンブルクが、東にはアイカ共和国。西にはトラビスがあります。でも、」
「どれも野菜や果物を運べる距離じゃない」
加えて西の方向は、自分たちが旅をしてきた経路だった。
「それに帰りには肉などを買って帰るそうですよ」
尚更、距離と辻褄が合わない。
「道中に、村や町は?」
「いくつか点在しています」
「その辺の住人と考えるのが妥当か、それにしてもわざわざ山を越える必要はない」
新しい登場人物にカルバンが考えを馳せていると、
「んなもん、その少年がこの街に来た時に聞けばいいだろ?」
お説教が終わったのか、ジオラルが横から口を挟んできた。
そして、なぜがお説教をしていたテトラの方がテーブルに突っ伏している。
どうやら、無駄な説教に朝食抜きもあって疲れたのだろう。
「それは分かっているよ。問題は、いつ来るか分からないってことだよ」
「そんなの毎日だろ、露天にもの卸してんだから」
今度はカルバンの番だった。
「仮に、少年しか知らない安全な行路が北の山にあったとしても、一番近い村でも何日かかると思う?」
「走って二日」
体力バカがと心の中で思うと同時、何を根拠に二日と言ったのか甚だいい加減な回答だった。
なによりも、
「二日かかっている時点で毎日は無理だろ」
「……ぐっ」
「そもそも相手は子供だ」
「……ぬぐっ」
「じゃまだよ」
ジオラルは、とぼとぼとテトラのいるテーブルに突っ伏し、カルバンは早々に無駄な話を終わらせてみせた。
「まぁ、どのみち情報はそれしかないし、少年を当たってみるしかないか」
商人に礼を言うと、商人は抜け目ないことに自分の店を紹介してきた。
どのみち、この街にはしばらく滞在するしかなさそうだ。
その間に訪ねればいいだろうと思いながら、一応二人にギルドに滞在登録をすることを確認し、手続きを終えたのだった。
今回は11/16 17時頃に続きをUP予定。
2021/3/17 誤字脱字、ルビ振り追加、文章追加、台詞の言い回し変更など、編集しました。