第16話 合否
第一回編集(2022/3/24)
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『ふっ、勝った』
超濃度空間を消すといつの間にやらドリアスは小さい姿に戻り、勝利宣言をしている。
一応常識人の俺としてみれば、相手であるアルフォナイン君の心配をする。
原因というか、術の発端でもあるから余計な心配だとも思うが、姿が見えない事にいちまつの不安が過っていた。
元の訓練場の姿に戻っているとは言えない荒れ果てた空間を見渡すと、凹凸ができた先に倒れ込んだ人影を見つける。
慌てて駆け寄ろうと走り出すと、
『ほっときなさいよ』
超濃度空間がなくなってしまえば、俺と契約していないドリアスは、俺と接触し直接源素を取り込まないと顕現できないために俺の頭髪を引っ張りながら頭に座ってついてくる。
「そういうわけにいかないでしょうよ。確認しないと」
『あ、トドメね』
「んなわけあるかっ!」
人をなんだと思っているのか、とりあえずドリアスの事を無視することを決める。
倒れているアルフォナイン君の所へたどり着くと、すでにシルの姿はすでにない。
弱弱しく感じるアルフォナイン君の源素から、顕現できなくなったのだろう。
『虫の息ね』
その瞬間、俺は体から漏れる源素をゼロにした。
『あ、ちょ――』
これでドリアスもまた顕現できなくなり姿を消した。
「息はしている。怪我もしてないようだし」
そうすると、俺はあるアルフォナイン君の肩をさわり、応急措置の為にアルフォナイン君に合わせて源素を送り込んだ。
弱弱しい源素が次第に安定し定着していく。
全快とまではいかない。
そもそもアルフォナイン君の許容量がわからないから送りすぎると反動が起きてしまう。
それに俺もドリアスの所為で過去にないほど源素を消費した。
そうなると俺自身もどうなるか分からないために加減するほかなかった。
そうしているうちに、監視室から大人たちが駆け寄ってくる。
「君はいったい……」
最初に俺に声を掛けてきたのは、アレク青年だ。
さわやかな笑顔はどこへやら、神妙な面持ちで俺を見る。
その視線に俺は人見知り爆発で視線を外して遅れてくる教師陣を見た。
「推薦者がジャンオル・レナンというだけの事はありますね」
「本当に……。彼女とは無茶苦茶さが違いますが、これほどとは」
アスコルとミツナが各々勝手な感想を述べている。
最後に、一人浮かない表情でイェールが、
「困ったわぇ」
そう言った。
それが何を意味しているのか誰もがわからない。
ただそれも次の発言で明かされた。
「ナカムラタダシさん、不合格です」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
突然の合否に俺たちは呆気にとられた。
「イェール様っ⁉」
「なぜですかっ⁉」
信じられないと驚いている二人を余所に、早すぎる結論に遅すぎる俺の思考回路が出した答えは一つだった。
「ありがとうございますっ」
バシンっ!
「なんでお礼なんですかっ!」
なぜかミツナさんにビンタをされた。
俺はノーガードだった頬を摩りながら涙目になる。
「だって俺の気持ちを汲んでくれたんだと思ったから」
年長者は違うなぁと思いながら、突然のビンタに狼狽えていると、
「ならば、彼をこちらで預かってもいいということですね」
「なっ⁉」
これまたミツナさんが驚くと、冷静になったアスコルはイェール学園長の前に立った。
「お待ちくださいアレク様、その前にお聞きしたいことがあります。イェール様、その意図をお聞きしたいのですが?」
合否ってだいたい公開されないと思うと、呑気に構えていると、一つだけ俺も知りたいことができた。
「あれ、アイミは?」
「待ちなさい。今は、それよりも君自身の事を――」
そんなアスコルやミツナの慌てている姿を見ることはないのだろう。
イェールは心底面白そうに、ふふと笑みを零す。
「順を追って説明しましょうか」
誰も頷くこともなくイェールだけの言葉を待つと、イェールは一つ一つ説明を始めた。
「アイミさんに関してですが、彼女は合格ですよ。晴れてこの学園の生徒です。ですので、ミツナさん彼女が目覚めたら説明をお願いいたしますね」
「は、はい」
よかった、それだけ訊ければ俺はもうどうでもいい。
「次にナカムラタダシさんの結果ですが、今の戦いでとても素晴らしいものを見させていただきました。ですが、戦ったのは木の精霊であり、ナカムラさんは何もしていないと結論付けました。確かに、世には精霊使いと言われる方たちもいらっしゃいますが、セントクロスは聖騎士、もしくはそれに関連した者を育てる機関です。ましてや命を賭けた戦闘で逃げ出すことなど論外、それに――」
正論だなと感心しながら聞いているとイェール学園長は俺に向き直り、
「あなたは聖騎士、いえ、戦う意思はおありですか?」
そう質問してきた。
聞かれれば答えるまで、そして考える必要がない。
「ないです」
あっさりと答えてしまった。
「ですので、アレクさん、彼を連れて行っても無駄だと思いますよ。それに彼自身行く気がないようにも思います」
俺は小さな拍手をして賞賛する。
大正解も大正解、そもそもアレク青年についていく理由が全くない。
「なるほど、理解はしました」
アレク青年も納得はした様子だった。
「一つ、勝手ではありますが、意見を言わしてもらってもよろしいですか?」
「ええ」
「彼の源素の量は過去に見ても、勇者クラスだと思われます。あれだけの源素を消費しても未だに衰えている様子もありません。過大評価をするつもりはありませんが、アルも我々聖騎士団の一員であり、経験不足な部分もありますが少なくとも強者の部類に入ります。そのアルですら源素の量だけは彼の足元にも及びませんでした」
やっぱ無駄な使い方なんだろうなと俺は理解していた。
源素の超濃度空間は桶に水を溜めるのと似ている。
蛇口から出る水を受け止める物が無ければそのまま排水溝に流れてしまう。
今回の場合は桶が訓練場という大きな器になった分必要以上に消費した。
加えて、儀式部屋は源素を留められる作りになっていたようだが、訓練場は違う。
外に流れ出る源素を多少は食い止めてはくれていたが、外に漏れだしていた。
「その彼を簡単に投げ出すおつもりですか?」
飼えなくなったペットのような扱いに、俺は若干傷つく。
「私かららもよろしいですか?」
すると今度はアスコルが挙手をして話し出した。
「一般生徒と同等の扱いが難しいのであれば、私に預けていただけませんか? どう化けるかはわかりませんが、少なくとも良識のある聖騎士へと育てて見せますが」
専属教師が肩っ苦しいおっさんなんて嫌である。
とりあえず、勝手気ままに発言する人たちに俺も意見を言わざるを負えないだろう。
「あの、申し訳ないんですが、普通に嫌です」
「な、私はこれでも現役の教師であり、元聖騎士として――」
「超絶美人な教師でも少し悩む程度なんで、やっぱり嫌です」
「ぐぬぬ」
おっさんの苦悶を見せられてもと思っていると、話の毛色が変わり始める。
「ふふ、フラれてしまいましたね。ですが、みなさん勘違いされていますよ」
「勘違い?」
誰もが思ったことを、アスコルがいち早く口にする。
「ええ、私が出した合否はあくまで聖騎士の生徒という部分にです」
「ん?」
と俺には理解できない。
だが、それは他の人の変わらないようで、各々思考を巡らせている。
「言葉遊びにはなってしまいますが、その件に関しては一度保留という言葉に変えておきましょう。そのためにもナカムラタダシさんに関して、聖騎士団国家学園長の名を持って一切の口外を禁止します」
別にいいけど、部外者の二人にそれは効力を示すのだろうか?
「ご心配なく。我々も立場がありますし、その真意確かめさせていただきたい。アルには負って私から説明しておきます」
「お願いしますね。では、二人には生徒に気付かれないよう客室へ案内してください」
そう言うと、今までどこにいたのか存在を消していたカミラさんが突如姿を現した。
「うわっ、びっくりした」
「ふふ、彼女は【影】を担っているのよ」
忍者か何かなのかと思いつつ、アレク青年はアルフォナイン君を抱えてカミラさんの後をついて行った。
これだけ濃密な一日を過ごすなんて、元の世界ではなかったことに精神的に疲れた。
文字通り一息つき、色々な出来事に俺はようやく緊張の糸を解していく。
その気を抜いた俺はふいに、なんとなしにイェール学園長に尋ねていた。
「どこまでが計画的犯行ですか?」
「ふふ、さぁ、どこまでかしら」
何も考えていなかった質問だけに、その返答に俺は寒気を覚える。
「怖っ」
そう思いながら、その後俺は疲れから完全に思考を停止させたのだった。




