第15話 風 対 木
第一回編集(2022/3/24)
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訓練場が密林へと変貌を遂げた。
巨大に成長しつつある竜巻も、空気を遮断していた空間も木々の登場で押しつぶされる。
「あぶねぇ……」
俺が行ったのは、あくまで持っていた種に源素を吹き込むことだけ、もちろんそれだけで砂地の訓練場にこんな鬱蒼とした木々が生えてくるわけがない。
じゃあ、なぜかと言われれば、
『ふざけんなぁっ!』
現れるが同時、罵倒の雄叫びを上げる存在。
『あんたには手を貸さないって言ったわよねっ!』
木の上位精霊、ドリアスその人である。
風の精霊シルとは違い、短い髪を何本かに結び、腕を組みながらぷんすか怒っている。
「勝手に出てきたのはそっちでしょ」
『使うことすら許可しないって私は言った!』
怒っていてもミニマムサイズの精霊さんたちはかわいく見えてしまう。
『だいたいね――はっ』
文句も早々に、何かを察知したドリアスはかわいいお顔を苦々しく般若に変える。
その瞬間、木々を切り刻みながら風の刃が襲い掛かってきた。
「どわぁあああああああああああああああっ!」
『っち』
俺は頭を抱え込みながら、柔らかくなった土へと身を隠し、ドリアスはその俺の懐へと忍び込んで回避する。
そこに、
『お久しぶりね、ド リ ア ス』
空に浮かぶアルフォナインとその肩に座るミニマムサイズのシルがいた。
『シルフィ』
それを見上げる形でドリアスが相手の名前を苦々しく口にする。
『あら』
上から見下す形のコンビと、亀のようにうずくまり身を隠すコンビ。
その圧倒的な差に口元に手を当てくすりとシルが嘲笑を浮かべる。
『お似合いの姿よ』
ぶちんっ、というまでもなくキレたのはドリアスの方だ。
『駄肉野郎』
『ぺたぺた』
俺が目にした第一次罵倒合戦である。
『性悪』
『おばかちゃん』
『年増』
『こむすめちゃん』
小学生の口げんかに俺とアルフォナイン君は呆れ顔である。
「仲悪すぎだろ」
話には聞いていたがここまで仲が悪いと、どうにかならないかと考えさせられる。
思わず口に出したのが悪かった。
『ふふっ、契約者は選んだ方がいいわよ』
『こんな奴と契約なんてしてないっ!』
弱点とばかりに悪口は俺に対してだった。
そもそも、俺は精霊と契約はしていない。
厳密に言うと契約できなかった。
アイミと別れての数か月、俺にもいろいろと変化があった。
その一つが、精霊契約だった。
ジオラル達の提案で精霊契約を行った方がいいという提案で、立ち寄った街で精霊と対話する機会があったのだが、悲しいかな俺は精霊に嫌われてしまった。
その所為で俺はファンタジー世界の一つと縁が切れてしまったのだ。
『それなのにわざわざ現れるなんて心底頭が悪いのね』
精霊界での伝達は人間界のそれをはるかに凌ぐ。
なので、風の精霊であるシルがそれを知らないはずがない。
だからその発言はドリアスを煽るものでしかないのだが、
『コロスッ』
まんまと乗せられる。
『源素をよこせっ! 異世界人っ!』
その不用意な発言に反応したのは、観覧席にいたメンツとアルフォナイン君だった。
「異世界人……」
「あーあ、ここでは言う気なかったのに」
『知らないわよっ! あんたはいいからワタシに源素をよこしなさいっ!』
人の気持ちも知らないで勝手な事ばかりいってくれる。
『おバカさんもここまでくると哀れね。契約もしてないのに源素の受け渡しなんてできるわけないでしょ。アル、借りるわよ』
「あ、おい、これは俺とあいつの戦いだぞ!」
契約しているアルフォナイン君を無視し勝手に攻撃が生成されていく。
『フフ、あっはははは! あんたが知らないだけよっ! さぁ、無能ワタシにさっさとその無駄な源素を渡しなさい!』
すごい言われようだが、確かに俺は源素を他人に渡すことができる。
みるみるドリアスが源素を組み木々を操りドリアスに向かって蔦を伸ばしていく。
『な、そんなことできるわけっ!』
精霊契約とは、契約した人間と精霊を源素で繋ぐ。
精霊は人の源素そのものを持たないため、その力を行使する場合、契約した者の源素を使う。
そのため、契約してもいない精霊が力を使おうとすると、
『きゅー』
すぐにガス欠してしまうのだ。
『はい?』
「渡すなんて言ってないし」
蚊トンボのように落ちてくるドリアスを両手で受け止める。
すると、すぐにドリアスは俺の手のひらで怒りだした。
『ちょっとあんたっ! 息合わせなさいよ!』
怒鳴りつけられても、しばらくは俺の手のひらから出ることもできない。
俺は仕方なく、ドリアスの指示に従うことにした。
「源素超濃度空間っ」
源素を辺りに、とりあえず放出する俺の新しい技。
「なんだ、その無駄な力の使い方」
『なに、その無駄な力の使い方』
驚きと呆れで上空の二人が感想を述べる。
しかし、その驚きと呆れは俺の次の行動で激変した。
俺は源素の流失を意図的に増やしていく。
アイミと別れてから立ち寄った精霊の儀式部屋は超濃度空間で溢れ返っていた。
どういう仕組みでそれを行っていたかはわからなかったが、精霊が人間の住む環境で姿を現すには、その条件が必要だった。
だから、ドリアスが勝手に動き回れるように訓練場全体を源素の海にしてみたのだ。
「ありえないっ! これだけの源素を放出したらすぐに枯渇して――」
「え、なんか言った?」
空から届く声は所々聞き取りにくく。
アルフォナイン君が驚いている様子しか伝わってこなかった。
『どうやら、問題ないみたいね』
何か二人で話しているみたいだったけど、俺はここから蚊帳の外に追いやられるのだろうとドリアスを見て思う。
基本的に上位精霊はミニマムサイズで出現することが多い。
それは精霊が持つ力を無駄に消費しないためだ。
だけど、すでに訓練場は俺の源素で埋め尽くされている。
そして、それはドリアスに合わせたもので、ドリアスは現状源素を使い放題となっている。
だから、ドリアスは本来の姿を取り戻す様に、その姿を人のサイズにしていった。
「さぁて、形勢逆転の時間よ」
そうドリアスが発言したい瞬間、
『くっ、アルッ!』
「わかってるよっ!」
アルフォナイン君の両手に風の刃が二刀出現する。
密林のありとあらゆる場所から、蔓がアルフォナイン君目がけて襲い掛かる。
「わー、厄日だなー」
アイミの一件といい、アルフォナイン君は触手に好かれる体質なのかもしれない。
アルフォナイン君は次々襲い掛かる蔓を絶え間なく切り捨てていく。
でも、と俺はどうしてシルっていう風の精霊が戦わないのかを不思議に思いながら、高笑いと共に蔓を操るドリアスを見た。
「残念でしたーっ、この源素空間は私の色に染まってるっ! だから、シルフィあんたは源素を練り辛いわよねぇ!」
アイミの源素の色が黒いように、人それぞれ源素には特徴が存在している。
それが精霊契約とも関連しているのだろう。
しかし、ドリアスって性格悪いよなぁとしみじみ思う。
「このままじゃ拉致あかねぇっ! シル、持って一分だ!」
『なっ、……でもいいわっ! そういう所を気に入ってるんだものっ』
なにやら二人の中で覚悟が決まった瞬間、アルフォナイン君のあたりから俺の源素の海が濁り始める。
「おっ、超濃度空間」
どうやら、アルフォナイン君も俺と同様に精霊同士の喧嘩で巻き込まれない道を選んだようだった。
『一撃で沈めてやる』
「げっ」
鬱蒼とした密林の影から見える三人の戦いは、そう長くは続かないようだ。
人のサイズまで大きくなったシルの手の中に大量の風が圧縮されていく。
「やばっ」
「あ、」
それがなんなのか俺でも気が付くことができた。
理由は源素を視覚化していたことが大きい。
アルフォナイン君が作った超濃度空間の源素がどんどんシルの手の中に吸われ、空間が小さくなっていく。
そして、それだけでは終わらない。
足りない分を補うように、俺の源素の一部も取り込まれた。
「沈みなさい」
直前にドリアスは密林から突如として現れた樹木に飲まれていく。
木の精霊ともあって、自分でそうしたのだろう。
ようは、放たれるであろう圧縮された空気の塊を巨大な樹木で防御する。
そういうことなのだろう。
ふと、思う。
被害はどれだけ出るのだろう。
俺はどうしたらいいのだろうか。
ふいにシルと視線が絡み合う。
「そうね、先に源素の元を断つ!」
そこからは待ったなしだった。
向けられていた空気の圧縮玉が俺に向けられ放たれた。
「『空圧発破』」
「ひぃっ、レベル3ぃいいいいい!」
とっさに最大限体の強化を図る。
ただ、本当に防ぎきれるか分からない。
気持ち俺は腕をクロスしてガード姿勢を作る。
「っち」
ドリアスの舌打ちが聞こえると同時、地面から大樹の根が俺を取り囲んでいく。
衝撃に俺は目を瞑り何が起きているのか、轟音によって聴力までもが奪われた。
ぱらぱらと木の根の破片が体にあたるのを感じ、恐る恐る目を開けると密林が跡形もなく吹き飛んでいた。
八月が終わり、再び更新速度が遅くなっております。
詳しくは、活動報告に書くとしまして、引き続きよろしくお願いいたします。




