第13話 苦い思い出 on the リコーダー
第一回編集(2022/3/24)
誤字脱字の修正、文章の修正、文章の追加、ふりがなの追加、言い回しなど編集しました。
開いた窓から心地よい風が頬を撫でアイミは目を覚ました。
見慣れない真っ白い天井、柔らかな布団と毛布、アイミは夢の中にいるのかと呆然とした。
だが、それもつかの間、飛び起きる。
「体を起こせるようですね」
少し離れた距離に、モデル・ミツナが椅子に腰かけ本を閉じた。
ことの経緯を思い出す。
「……っ⁉」
思い出した途端、ベッドから出ようとするのをミツナは静かな声で静止を掛け、落ち着くよう声を掛けた。
「安心してください。暴走は起きていません」
そう言われるが、アイミに残る記憶では黒く真っ暗な世界。
それは暴走した時と似ていた。
「でも……、あれは……」
「暴走していたのであれば、あなたはすでにここにはいません。アレを説明することはできませんが、ひとまずは経過観察ということになっています」
納得はできない。
敗北そのものに意見などあるわけもなかった。
ただ、それは自分自身が過ごした数か月の鍛錬を試した結果であればの話だ。
「納得はできないでしょうね。ですが、してください」
「え?」
「被害という被害もでていませんし、当人であるハイ・アルフォナイン様、そしてアバン・アレク様からも同様の意見をいただいております」
「でも、」
「そもそも、あの状況を作り出したのはこちらの意思です。あなたはそれを打ち破りました。あなたをこの学園の生徒と迎えいれた以上、早々命の危険に合わせるような事は起きません。なにより、そうならないためにこの学園で学ぶのですから、そのつもりで行動してください」
「え?」
「順序がおかしくなりましたね。試験は合格ですよ。アイミケ・ゴースキーさん」
時が止まったような感覚だった。
脳裏にフラッシュバックされる辛い過去。
生きる事さえ誰も認めくれず、ようやくそれを認めてくれる存在だけで満足だったのに、次から次へと新しい自分を認めてもらえる。
きっとこれは一歩でしかない。
それでも今はただ、感情を抑えることができない。
「ぅう……、あり……ありが、どうございまず…………」
声を出しながら泣きじゃくり、布団に顔を埋めながら一つの成果を噛み締める。
その時を邪魔しないようミツナは優しい笑みを浮かべていた。
どれくらい経った頃か、アイミは鼻をぐずりながら落ち着きを取り戻した。
「す、すいません」
「かまいません。この程度可愛いものです。そうですね、どこからお話しましょうか」
そうなると、アイミが気になるのは一つしかない。
「あのっ、タダシはっ⁉」
その瞬間、沈黙が医務室に漂い、ミツナは複雑な表情をつくる。
妙な雰囲気にアイミはたじろぎ、そして気付く。
「(ああ、また変な事したんだろうな)」
誤魔化す様にミツナは咳払いを一つ入れ、
「そ、そうですね。結果からお話ししましょう。彼……タダシ・ナカムラの結果は保留となりました」
「……ほ、保留?」
これまた中途半端な結果にアイミも次の質問をしていいものか迷う。
「あなたでも戸惑うのですね」
つまりは、現状タダシと出会ったばかりの人間でなくともそういう感情になるということなのだろう。
アイミは苦笑いで誤魔化すしかない。
「詳しく聞いてもいいですか?」
息を吐いたミツナは、
「かまいませんよ」
そう一言付けたうえで、話し始めた。
「それは開始直後に起きたようです――」
「本当に大丈夫かい?」
身体がという意味は含まれていない。
事実はどうあれ、物理的な攻撃は直接受けていないからだ。
それよりも心に刻まれた恐怖をどう受け止めたかを知るべく、アレクは、アルフォナインに尋ねていた。
「正直……うん、俺は舐めてた。暴走ってやつを。話に聞いていたし、それぐらいだったら、俺一人でもどうにでもなるって、でも、結果は、あいつが抑えることができたから俺は無事だったってだけだ。それは認めるよ。でも、俺はまだ強くなれる。だから、止めないでくれよ。この気持が落ち着く前に、戦いたい! それもジャンオル・レナンのお墨付きならうってつけだ!」
アレクの心配も余所に、アルフォナインはすでに恐怖を受け入れ、そして打ち勝とうとしている。
同僚の成長にうれしく思うのと同時に、心強く感じたアレクはそれ以上何も言わない。
「そうですか、では私にも見せてください。あの少年がどれほどの存在なのかを」
「ああっ!」
力強く返された返事を最後にアレクはその場から離れる。
一方、そんな急激な成長を遂げようとしている少年とは裏腹に、実年齢二十八歳の見た目だけ少年は極度の緊張で吐きそうになっていた。
「胃がきりきりする」
帰りたい。
いっそファンタジーならではの化け物でも襲ってきて試験がうやむやになってほしい。
「こないかー」
だが、現実問題、そう簡単に苦手なイベントの時に電車が止まったり、台風が都合よくくることなんて稀である。
そんなこと元の世界にいた時から変わりない。
「何が異世界だよ、ファンタジーならどうにかせぇよ」
もう小言が止まらない。
「何を言っているのかわからないですが、準備はよろしいですか?」
準備って何っ⁉
戦う準備ってなんなのよ!
「はい……」
何を言ってもその時はやってくるものである。
「ふぅーーーー」
俺は知っている、逃げられない時は必ずやってくる。
中学生の頃、音楽の授業でリコーダーを皆の前で発表しなくてはならなくなった。
例えその日を休んだとしても、先延ばしにしかならず、その日まで余計な緊張を持ち続けなければならない。
だとしたら、どんな失敗をしようとも人生で一瞬にしかならない嫌な時間をさっさと済ませてしまおうと!
だから、今この瞬間も、時が解決してくれる!
「よしっ」
必要なのは覚悟だけ、
「終わらせるぞ!」
若かった頃、呪文のように繰り返した言葉。
嫌な事が終わった後の俺を思い浮かべろ!
「そこには日常の俺がいる!」
俺は、最後まで思い出すべきだった。
中学生の時の嫌な思い出の結果までも。
そうあの時、俺は覚悟の上リコーダーの試験を受けた。
結果は、ド緊張によって震える手と、零れる息遣い。
奏でられてリコーダーの音色はぴ、ピッ、ピッピピ、ピピ、ピピッピ、ピ――――。
音楽とは程遠い、心肺停止の音色。
ようは大失敗だったのだ。
確かに、すでに了承はすませた。
でもさ、試合開始みたいなものあるとおもうじゃん?
まぁ、確かに、アイミの時もいつの間にか始まってたし、審判的な存在もいないのは知ってたよ。
だからって、一礼もないのはどうなのよ、俺、完全な初心者よ!
ゲーム初心者にいきなり、FPSで優勝しろなんて無理なのよ、そういうことでしょ。
つまり、問題なのは、戦いの合図などはないということを知らなかった事。
もしくは、俺の気合の掛け声が暗黙の了解の内に合図として受け止められていたということだ。
目の前に迫る少年の顔。
「ん?」
と、思っている内に俺の頬が顎ごと横にずれる。
どうやら、気合たっぷりの少年が歯を食いしばりながら、俺に向かってグーパンを顔面目がけて振りかぶっているようだ。
いや、少し違うか、振りかぶっているんじゃなくて振りぬこうとして――。
「ふるぅべえべべべべえええ!!」
振り切っていた。
それを知ったのは、ぶん殴られて体が宙を舞いながら、壁に激突した後だった。
「は?」
「「「「え?」」」」
誰もが何が起きたのか疑問を浮かべた所で、医務室から返ってきたミツナは見た事のない素っ頓狂の表情をいくつも見ることになった。




