第7話 適当とは、うまくあてはまること、って意味もある
2021/1/23 読み直し(一回目)編集しました。
2021/3/17 誤字脱字、ルビ振り追加、文章追加、台詞の言い回し変更など、編集しました。
山に不釣り合いの家は解体させた。
もちろん、嫉妬が理由だけではない。
基本的に人が往来する場所ではないにしろ、見つかる可能性を高める必要がない。
作り直させた家は二階部分が完全に消え、部屋数も一つになる。
土地も必要最低限にまで縮小した。
不満げだったアイミだったが、納得いかないのであれば別の場所に移動を促せば、大人しくなった。
「問題は無駄に広がった土地だな」
隣人の暴挙により、根こそぎ大木はあちこちに転がっている。
ひとまず、アイミの精霊術によって土地を均していく。
その間に俺は大木を一か所に運び、乾燥するまで放置。いずれ薪として使えるだろう。
「あのこんな感じでいいですか?」
ふかふかの土地が出来上がっていた。
「これなら畑を作れそうですね」
俺の土地を見てそう思ったのだろうが、広げすぎだ。
「必要分は勝手にどうぞ」
そう言いながら、俺は枝を掴むと魔力……ここでは【源素】を枝に加えていく。
ようは肉体能力向上を枝にやっている。
そうして、ふかふかになってしまった地面に突き刺せば、枝は根を張ることができる。
「木が……」
アイミは俺の身長程度に伸びた木に驚きを隠せないでいる。
「自然破壊はほどほどにしないと、自然に怒られますよ」
「源素をこんな使い方するなんて……」
「他には言いふらさないように、真似されたら食いっパぐれる」
これを食物の種にも行えば、収穫時期を早められることができる。
「教えてもできないですよ……、」
良くわからないが、基本はできないようだ。
実際の所、力加減は難しい。
普通に植えるのと違い、種に源素を加えれば病気にも強く、おいしいく実り、収穫は早くなる。
やりすぎれば成長は極端に早くなる代わりに、味、栄養、実はほぼなくなってしまう。
「できても困るけどね。なんだかんだ、一年という月日の半分以上はこの調整に使ったといってもいい」
思い返してみれば一年という時間、源素という不可思議な力を知り、サバイバル生活を得て、いっその事生活基盤を築こうと今に至る。
結果、ここまで辿り着けたからよかったものの、たどり着けなかったら、よくある冒険者に墜ちていたんだろう。
もちろん、異世界モノの主人公達を馬鹿にしているわけではない。
ただ、よく考えても見てくれ、いきなり異世界に来て剣を振るうって、普通の思考だと辿り着かないでしょ。
確かに俺も異世界モノの小説やら漫画は好きではあったから、考え付くだけなら考え付いたさ。
ただ実際、この立場になってみたら、いきなり生き物は殺せんって。
そもそも俺、チートの意味詳しく知らないし。
だから身体能力向上で大木を持てるようになっただけでも、俺からすれば十分チートなわけで。
確かに手から火を出したりなんてのも憧れはした。
ただ、この状況と俺の性格ではたき火以外で使わないよね。
狩りに使えるかといえば、サバイバルって言っても精々、草食って、魚釣るのが限界。
狩ったところで解体できない。
確かに、獣ようの罠はあるけど、捕まえたら街まで運ぶ。
だから、俺は肉は買う。
「そういうことわけでないんですけど……」
そうこうしている内に辺りは暗くなってきていた。
「うーん、肉か……」
つい先日町に行ったばかりだが、冷蔵庫なんて便利な物が無い所為で生ものの保存期間は短い。
予期せぬ隣人ができてしまった所為で、なんとなく食料の在庫を考えてしまった。
ふと、たき火に手を翳しているアイミを観察する。
なにがうれしいのやら、たき火をじっと眺めながら微笑んでいる。
フードの下から見える微笑みが彼女の平穏を表しているのだろう。
きっと俺には想像もできない歩みがある。
「ずっと一人か……」
逃げ惑う人生。
「よく、闇墜ちしなかった……」
ただ良いことも悪いことも無関係に遠ざけられれば、人は楽な道を選ぶ。
「大変よくできました」
だからだろう。尊敬の念を込めて彼女にその言葉を送っていた。
「え? わわっ」
頭をくしゃくしゃに撫でまわした。
「おつかれさん」
辛気臭くなるとどうも実年齢の口調に戻ってしまう。
「な、なにが?」
「残念なことに、君が頑張って生きたことでこの生活の一部に参加する資格を得たようだ」
「え? え、それって……?」
「とりあえず、隣人になるにしてもその能力はどうにかしないとな」
「私、ここにいてもいいんですか?」
なんだかんだ俺の悩みは贅沢なのかもしれない。
「いまさら、何を……」
フードの下から大粒の涙がこぼれ出す。
「だって……、だって……」
誰かに存在を認められる。
当たり前のようなことが、当たり前じゃない世界。
「こんなことでいちいち泣くんじゃない」
「ひぐ……、こ、こんなことって……わ、だじにとっては……」
「俺の土地では当たり前」
「ふぇ~ん」
「子供かよ」
『悪いことだけするな』
そう育てられた俺は、特別いいことをするわけでもない。
だとしても、手が届く転びそうな人から手を引っ込めたりはしない。
「まぁ、好きなだけ泣いてください」
わんわん泣くアイミを宥めることもしなかった。
――そして、一時間がたった。
「って、泣きすぎじゃないっ」
思った以上に泣くから辛気臭さも冷めた。
「……だって、だってぇ」
「甘えんなっ」
「ひぐっ、ぐすっ、年下なのに生意気だよぉ」
こいつ、許しを得たら口調まで変えてきやがった。
「そ……そういえば、君の名前聞いてなかったよ」
「ん?」
言われてみれば石化された時に一方的な紹介を聞かされたが、こちら側は名乗らなかった。
「十歳くらいです」
「はい」
「男の子です」
「はい」
「身長、一四〇センチくらいです」
「……はい」
「黒髪です」
「……め、珍しいね」
「やせが――」
「っ、名前はっ?」
ちょっと怒り始めたので、天を仰いで星空を眺める。
中村正。
それが俺の名前だ。
正だけにただし……。
「 な ま え 」
……それは元の世界での名前だ。
この世界で初めて街の門番に名乗る際、前列に倣って適当な名前を付けた。
それ以降、俺は名乗った覚えがない。
門番が時折確認の為に読んでいた記憶はあるのだが、
「忘れちゃった」
憐れんだ目で見られた。
「よし、街へ行こう! っていうか門番に会いに!」
こうして、再び街へ行くことを決めたのだった。