第6話 よきせぬ隣人
2021/1/23 読み直し(一回目)編集しました。
2021/3/17 誤字脱字、ルビ振り追加、文章追加、台詞の言い回し変更など、編集しました。
なぜこうなった。
俺は、バランス最悪の自作ハンモックに体を揺らされながら手に取った本に集中できないでいた。
顛末は二度目の石化を解いた後にまで遡る――。
二度目とも会って要領を掴んでしまえば、時間は掛からなかった。
「すごい……」
アイミの言葉に感謝を返し、内心出来のよさに心の中でほくそ笑む。
「それじゃあ」
アイミもフードを被っているが、アイミの方へ顔は向けない。
それには石化の警戒と思ってもらえればいい。それよりも、俺としてはこれ以上関わらないという意味合いの方が強かった。
「あ、あの――」
アイミの言葉を待たない。
本日何度目かになる身体向上により、脚力UP。
背を向けたまま俺は全力で彼女との別れを告げた。
これが失敗だった。
念のため。
本来俺の性格ならば、必ず行う行動が石化という一つ間違えれば取り返しがつかない事故の所為で、安易な行動を取らせた。
必要な分だけ切り開かれた平坦の土地。
よく言えば小屋、悪く言えば、三角屋根が地べたに置かれた、表現もままならない寝床。
隙間は泥で塞がれているものの、丸太小屋と呼べるまでには程遠い。
それでも雨風を防ぎお手製と言えば愛着は人一倍の我が家である。
傍には、チート能力で強化された小さな畑と、主に販売用の大き目な畑が一つずつ。
一年という年月で俺の地盤の基礎がここにはあった。
「へっへへ」
帰宅するたびににやけてしまう。
幼少期憧れて段ボールで作った秘密基地とは頭一つ出た自分だけの領域。
それを俺は作り上げたのだ。
「うわぁ、すごいですね」
そうだろうそうだろうとその感想に頷く。
その声に振り向き。
「…………」
フードを深くかぶったアイミがいる。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!」
まるで悪いことをしていた子供が秘密を暴かれたように俺は叫び声をあげていた。
思慮深く考えれば、この少女身体能力の基礎が俺の常識の外。
それほど優れている。
それは冒険者との一件で知っていたはずなのに、なぜだ。
どうして……。
「あの、さっきの事、もう一度ちゃんとあやまらなきゃと思って」
く、なんて礼儀正しい教育を受けてやがる。
「は、はは、それはどうも、それじゃあ……」
だが、アイミの隠された瞳から不穏な空気があふれ出る。
「私も……――」
「だめだぁああああああああああああああああああああああああああああっっっ」
最後まで言わせてはならない。
「そうですか、じゃあ、私も開拓してみようかな……」
なぜ、宣言を俺の前でするんだ。
「ご近所ですが、よろしくお願いします」
自然は誰のものでもなかった。
誰がこの子をこんな逞しくしたのでしょうか。
「狂ってる」
俺はそう敗北宣言をするほかなかった。
――そんな一幕があり今に至る。
カツンカツンと、俺から拝借した斧を使い大木に切り込みが掘られていく。
倒した大木も何本目になるだろうか、アイミは熱心に材料を調達していく。
意外だったのは、俺に道具と経験からくる知識を教える以外でアイミは俺に手助けを求めなかった。
俺も鬼ではないが、あまりにも人を頼りにするようだったら、排除すら考えていた。
アイミの過去を詳しく知っているわけではないが、俺もこの世界に放り出されて自分なりに考えて生き延びている。
それは単なる否定であり侮辱に他ならない。
だからだろう。
俺は集中できない読書を止め、アイミが作った切り株まで移動し腰を掛けると話しかけた。
「アイミさんは魔法を使えないんですか?」
話しかけられたのが、意外だったのか慌ててフードが外れないよう、汗をぬぐい、こちらに振り向かないよう気を使う。
悲しいことに良い子なのは間違いない。
「ええっと、マホウってなんですか?」
「ん? ああ、手から、火? 出したり?」
なんともおかしな回答だった。
思い当たるに、俺も大概この世界では世間知らずだが、アイミも苦労人で人との接点は多くないと聞いている。
だからだろうと思ったが、ここでも認識の違いを知らされる。
「あ、精霊術の事ですか。私は土の精霊としか契約できなかったので」
どうやら俺が思う魔法という概念は存在していないようだった。
確かに、魔法と呼べるような事象は起こしたことも見たこともなく、なんとなく体から感じ取れる力の存在をそう呼んでいただけだ。
ただ、そうなると知りたくなるのが心情な訳で、
「それって誰でも契約できるものなんですか?」
どこか不思議そうな雰囲気を浮かべるアイミだったが、特に何も言わず教えてくれた。
「はい。適正と精霊が認めてくれれば」
じっと俺がアイミを見ていたからだろう。
「見せましょうか?」
そう言って手を前に翳した。
「石壁」
アイミの前方に高さ一メートル半、横幅二メートル、厚み十センチくらいの石の壁ができあった。
「おおっ!」
アイミが気付かれないように、くすっと笑うのが見えた。
年甲斐もなくテンションが上がったことに恥ずかしさがこみ上げてきた。
見た目十歳だから気にする必要もないはずだが、これは俺にしかわからない。
「あ、おほん」
気恥ずかしさにそこからは鬼の質問攻めを食らわす。
精霊との契約方法。
「ええと、人族だと、神殿とかだったと」
種類。
「火、水、風、土、光、闇、無ですね、はい、全部だよね、うん」
使い方。
「あ、えとえと、生きる者なら誰もが持ってる源素を精霊の力で変換して……」
他の術。
「え、え、えと、あと、人族の場合だと、精霊術、法術、呪術、召喚術、祝詞……ええと、すいません、他にもあるかもです」
冒険者に関して、
「く、詳しくないですよ? えーと、ランクというものがって、上から勇者、SSS、SS、S、A、B、C、D、E、F、Gだったと思います。それから……あれ、あーえと」
人族。
「はいっ、えと、世界で一番数が多いです。それに世界の半分以上が人族が作った法で暮らしています」
種族。
「ふえ~ん、多すぎで把握してません」
その他諸々。
「……ごめんなさい、私あまり交流というものがほとんどなくて……」
目を回し始めたアイミがへなへなと崩れるのを確認して質問を止めた。
俺を辱めるとこうなるのだ。
「ふふん」
「……年下なのにいじわる」
そう零したアイミは切り倒した木を眺める。
思った以上に話に時間がかかり、夕暮れが近い。
それを気にしたのだろう。
立ち上がりまた作業を開始しようとした。
その前に、
「ギブ&テイク」
「ふぇ」
「等価交換」
「え、え?」
「家の壁は精霊術で作る」
「あ、なるほど」
「屋根は、一時しのぎでいいから、草かなんかで代用」
「はいっ」
「あー、あと、食料……、食事は僕が用意します」
「え、でも……」
「等価交換」
「あ、」
そこで余計な事にアイミが気付いた。
「……もしかして、」
「さっさとやるっ!」
「はいっ!」
どことなく喜びのある声に、顔が熱くなった。
実際、それぐらいしてもいいと思えることがあった。
情報から俺は一つの確信を得たのだ。
「急ピッチで常識がいる」
これは最優先事項とも言えた。
「できました!」
想像以上に早い、彼女の家が完成。
なんということでしょう。
一人で暮らすには大きすぎる三十坪の面積を用い。
必要のない二階建て。
まだ屋根と呼べる草は被されてはいないものの、簡易ではあるがガラスのない窓を設置。
きっと嫉妬の嵐が吹き荒れる事間違いなし。
部屋数はなんと四部屋、家具さえ揃えれば、これはもう立派な一国一城の主。
創作時間なんと五分足らずとは思えない出来に、半年近くを費やし、悪く言えば屋根だった隣人の家は、良く言ってもごみ置き場へと変貌を遂げてしまうでしょう。
だから、
「なんということでしょう」
「はいっ」
「アイミは敵だぁああああああああああああああああああっっっ!」
そう叫ばずにはいられなかった。