第22話 また一つの差
いつぶりだろうか。
アン・クラナディアはこの期間でジャンオル・レナンの事を真剣に考えていた。
もちろん今までもレナの事を考える事はあった。
しかし、大半の事柄を本人に任せ、必要なときに自分が支えてきた。
それは初めから始まったことではない。
思い出されるのは、最初の出会い。
それは聖騎士団国家での生徒として対峙した時の事、あの時はまだ思考が幼かったと言えるだろう。
自身の才覚に自信を持ち、誰にも劣ることのないと信じていた。
それでもレナという存在は、その自信を根本から否定してきた。
言葉があったわけではない。
むしろ自分自身が行ってきた事を返されただけ。
始めのうちは悔しいという気持ちはあった。
超えてやるという思いもあった。
それが、いつからか一人にしておけないと思う気持ちに変わった。
それなのに、彼女は向かう先はアンには見えることがなかった。
レナが聖騎士団国家を辞めると言った理由をまだ知らない。
「本当に余計な事をしてくれたわ、あの子」
それなのに、ナカムラタダシという少年の発言で見たこともないレナの表情を垣間見た。
思えば、その前にもレナらしくない行動はいくつかあった。
きっとその中に、レナが話せなかった理由がある。
「それを知りたいという気持ちもあるけど」
合図を待つ間、今までになかったレナとの距離。
本来なら嫉妬さえ覚える状況、いや少なからず嫉妬もしている。
それなのに、
「どうしてもあの頃を思い出しちゃうわね」
たった一人に立ち向かっていった幼い自分。
「私は戦いたいのね」
敗北を知らない彼女を知りたい。
「他の事は考えなくてもいいわね」
もう、この戦いの報酬はおまけでしかない。
希少な存在の暴走者である少女も、その少女が慕う少年の存在も、今となっては、副産物に成り代わる。
「今の私はあなたの眼中にはいるのかしら?」
そう独り言を呟いた頃、瞑想状態だったレナの瞳が開いた。
その瞳の中にアン・クラナディアは確かに存在している。
「【氷の女王】」
アン・クラナディアが契約している上位精霊の内の一人、水と氷を司る最上位の精霊。
白い冷気の衣を纏い、アンと同様その妖艶な姿を現す。
決戦は開幕と同時、そして、レナも同じことを考えてくれていることがアンの心を晴れやかにしていく。
「久しぶりね」
「(………………)」
その返事に氷の女王は答えない。
眉ひとつ動かさず、相対する敵のみを補足している。
「あら、冷たい態度」
二人は似ているのかもしれない。
アンのセリフ通り、久しぶりに呼び出されたことに精霊である彼女は怒っているのだ。
そして、久しぶりに呼び出したと思ったら、自身と同様な立場の少女が相手。
つまり氷の女王もまた嫉妬しているのだ。
「フフ、」
そんな彼女もまたアンは愛おしく思う。
「そろそろかしらね」
その台詞を最後に、空気は一変した。
アンは近くの大木の枝まで飛び移る。
そして、少し離れた距離の地面の上で安物の刀を握り構えたレナがいる。
本来の愛刀は聖騎士長を辞めた時に聖騎士団国家に返還している為、この数日間の内に用意していたようだ。
恐ろしく緊張感を放ち、聖騎士長時代レナが好んで使っていた愛刀に似ている武器を持って敵としてそこいる。
両者の認識にズレはない。
目的は少年と少女を捕まえる事。
しかし、その最大の障害となる相手はお互いにとっての相棒。
そして事実上、どちらかが倒れれば目的を捕まえる事は容易である――と。
それが最大の誤算であることをこの二人はまだ知らない。
その誤算を抱えたまま上空に合図が放たれる。
同じ山の遠い空で火球が乾いた音と共にはじけた。
それと同時、決戦は始まる。
――その結末は六〇秒を必要としなかった。
『新しい波』とアン・クラナディアとの間には、住む世界が違うほどの差が存在していた。
そして、ここにもまた別の差が存在しているのだった。




