第19話 開戦前
進行役が変わり、カルバンが立って説明に入る。
「オニゴッコとはタダシが知っている遊びのこと。ルールは至って単純。追う側と逃げる側になり、追う側は逃げる側を捕まえたら勝ち。逆に逃げ切れれば、逃げた方の勝ち」
今度は真面目には話を聞いていたジオラルが納得した様子で、口火を切る。
「なるほどな、勝敗を決するなら戦闘じゃなくてもいいわけだ。遊びってのが気になるけどな」
「遊びっていうのは、あくまで本来の形での話だよ。でも、本気でやれば勝負には値する」
そう、子供の頃とは違い大人になると意味合いは大きく変わってくる。
例えば、そこに付加価値、例えば賞金を出せば俄然必死さと本気さが変わってくるといった感じだ。
「ちょっとまって、どっちがその役割をするにしても、この二人から?」
問題はそこだ。
「口を挟んでもいいかしら?」
カルバンは丁寧に促す。
「あなたはお互いが納得する形と言ったけど、これであなたは納得するの? 私たちからすると、これは勝負にすらならないと思うけど?」
カルバンに説明されたように実力差は圧倒的。
それに加えて、すでに冒険者である三人は戦闘で勝敗が付いている。
それにジオラルは悔しそうな表情を作るが、言い返すこともできないでいる。
「はい。その通りです、そこでどうでしょうか? クラナディア様とレナン様には、一定の負荷を背負ってもらうというのでは」
つまりはハンデをしてもらうということだ。
「なるほど」
アンは、その提案を素直に受け止める。
「負荷と言っても、どれほど私たちは力をセーブすれば――」
「ちょっとまて」
あとは、どのようなハンデを背負うかという部分に差しかかろうとしたところで、俺は話を中断させた。
「それじゃあ、意味ないだろ」
「意味がない?」
「本気の遊びだって言ってるのに、手抜いてもらう? それじゃあ、勝敗ついた時にお互いに納得できないだろ」
何より、それでは面白くない。
「タダシ、さっきも説明したけど、この二人は――」
カルバンがそこまで言いかけると、静観していたレナの手がそれを止めさせる。
「だから、お互いに本気で勝負できればいいんだ。役割を三つに分ける」
鬼ごっこを思いついた時点で考えていた。
すでに俺以外のアイミと冒険者である三人は、アン一人に負けている。
それを鬼ごっこの形にしてもそれほど結果は変わらない。
だとしたら、人数を増やしたところでそこまで影響がない、むしろレナが増えることで悪化しているともいえる。
だったら、
「逃げるのは俺一人でいい」
元々、鬼ごっこを思いついたのはレナとの逃走劇での事を思い出したからだ。
結果は壁に挟まるというお粗末なものだったが、その分、切り札ともいえる身体能力向上のレベル2。
アイミの暴走した時に使ったあれは、まだ試していない。
可能性があるとすれば、そこなのだ。
「ふふ、むしろ悪化していると言わざるを得ないけど」
そう、まだアンはそれを知らない。
「続きを」
そして、レナもまたそこまでは知らない。
「追いかける側、つまり鬼役は二人」
それはそうだろうと、誰もが納得する。
では、残りの役割はというと。
「鬼の邪魔役」
「邪魔役?」
俺だって身体能力向上を過信しているわけじゃない。
むしろ、あの時のレナが本気だったとも思っていない。
そうなると身体能力をレベル2まで引き上げた所で、同格かむしろそれ以上だった場合、鬼が二人の時点であっさり捕まってしまうだろう。
そこで、
「なるほど、僕らが鬼の進行を遅らせれば」
「そ、捕まる可能性を下げることができる。それならお互いに本気を出せるだろ。それに、ルールは他にもある。鬼役は邪魔役を攻撃できない。もちろん、邪魔役がする邪魔攻撃に対する攻撃はあり、あ、そうだ、ついでに相手に怪我をさせる攻撃はナシにしよう。当然、俺に対してもナシね」
よしっ、これで身の安全を確保できる!
「待ちなさい」
しかし、反論の声が上がった。
考えても見ればそこまでは都合がよすぎたか。
アンと『新しい波』の戦いでは相手に遠慮なんてものはなかったはずだ。
その相手に怪我をさせない程度というのは、ハンデの何物でもない。
「本気というのであれば、私たちに対しては、それは無効でいいわ」
「へ?」
しかし、アンはそれを否定するどころか、受け入れ、むしろ有効化すると言い始めた。
「そうね、それに加えて私たちがどんなに小さな怪我をしてしまった場合、定位置に戻る」
「あ、じゃあ、その治療は私がする。私は足止めっていう意味ではあまり役にたたないから」
「そうね。それなら、その治療の時間を罰として、その時間私たちは動けないものとしましょう」
「なるほどな。怪我の大小で、奪える時間が増えると」
話がどんどん進んでいくのに、慌てて止めた。
「ちょちょ、ちょっとまて、それじゃあ、話が降り出しに」
「違う」
そして、根本的な俺だけが持つ考えの違い。
「え?」
「レナの言うとおり、私たちの本気の全力は、力を使い切ることではないわ。むしろ、どれだけ効率的にこなすか」
つまり、力をコントロールし、その差すら相手に知らしめるということ。
「それに、連れて帰る相手を殺したら意味ないでしょ」
加えて圧倒的な勝利宣言。
それほど、力の差があるということだ。
「はは、ここまでナメられると気持ちがいいわ、まったく」
俺は苦笑いと共に、楽しさがこみ上げてくる。
俺は、逃げたいことや嫌いな事からは目を背けてきた。
しかし、一つだけ、純粋に真正面から向かい合うものがある。
それは、楽しいと思える事だ。
大人になるにつれ、言い訳で蓋をして諦めていた。
だが、この世界では、それを本気で受け入れてくれるという。
だったら、これほど楽しいことはない。
「面白いっ、だったら、全力で逃げるぞ!」
俺は大口を叩かない。
だから、勝てるとは言わない。
それでも、この勝負を楽しくするために全力を尽くそう。
「そうね、それじゃあ、細かいこと、場所をどうするかなどは、そこの三人の回復を待ちながら決めることにしましょうか」
忘れていたが、冒険者である三人はズタボロに負けた後で、満身創痍の状態だった。
「そうだな、他に時間とかも決めないといけないし、とりあえず今日は――」
「あ、あのっ」
と、今まで一言も口を出さなかったアイミが、
「私も逃げる役になってもいいですか!」
何か決意を決め立ち上がって宣言したのを最後に、戦いは幕を開けようとしていた。




