第11話 静かなる戦い
2021/5/27 軽度な(台詞の言い回し、誤字脱字)編集をしました。
アンはこの戦闘で初めて警戒を持った。
一つは、突然現れたアイミの存在だ。
『新しい波』の構成は三人で間違ってはおらず、そして、得ていた情報からもアイミの存在は確認している。しかし、テトラが見せた切り札を防いで見せる存在だとは思ってもいなかった。
そして、もう一つはアイミという存在に敵として映るはずのアンに警戒を向けてこなかったことが、返ってアンに警戒心を持たせた。
「(目の前の子がゴーゴン族なのは間違いない。【神の宣告】の雷撃を防ぐあたり、ゴーゴン族の中でも稀有な存在……。レナの言っていた暴走があながち間違っていなかった? それにしては……)」
アンが状況の整理に思考を巡らせている。
その中で、
「どうしてアイミさんがここに?」
「え、冒険者ギルドに皆を探しに行ったら、町の外に出たっていうから、そしたら、巨人が遠くから見えて」
「「――そうだっ、カルバン⁉」」
源素を使い果たし倒れたカルバンに二人は近づく。
「状況は分からないけど、逃げた方がいいんだよね」
その言葉にジオラルは嘲笑的に笑う。
「はは、あの人から逃げれればね」
「あの人って、テトラちゃんと一緒にいなくなった人……だよね?」
アイミは自身で言葉にしてみて違和感に気が付く。
タダシと再会した時も似たような発言をした。
しかし、それだとこの場にタダシも到着していないとおかしい。
それだと、初めにテトラを連れて行った中身と、タダシを抱きしめていた(アイミにはそう見えている)人物は違うことにようやく気が付いた。
「どういう状況?」
それでも理解できないとアイミは頭を傾げた。
「説明は後でカルバンとテトラに聞いてください」
ジオラルがボロボロになった姿で立ちあがる。
「ジオラル……⁉」
「カルバンが命かけたんだ、今度は俺が命かけてやるよ」
置いてけぼりのアイミはその姿を見て理解できたことがある。
「逃げるために時間を稼げばいいんだね」
三人の前に立ち、やるべきことと立ち向かう。
「アイミさんっ、だめ!」
しかし、アイミとタダシに同行している理由がある為口にはできない。
そして、状況の整理がついたようでアンがアイミの目の前まで近づいてきた。
「舐めんじゃねぇぞぉおおおおおおお!」
ぽつぽつとジオラルの体に炎が纏わり始めた。
「あら、やめておいた方がいいわよ」
敵であるアンの忠告にさらにジオラルの感情が炎へと変換されていく。
しかし、それはすぐにやってきた。
「――――…………」
ジオラルの意識が一瞬飛び、地面に倒れ込み炎が霧散した。
「だから、言ったのに、ふふ」
これで、もう立つことすら簡単にはできなくなった。
「…………く……そ」
「大人しくしていなさい」
「あなたもです。それ以上近づかないでください」
掌を広げアンに向かって伸ばし、アイミが立ち塞がった。
そのようやく向けられる敵意にアンはまるで子供を窘めるように微笑むと、たった一言だけ呟いた。
「暴走」
「――っ⁉」
「――っ⁉」
「――っ⁉」
その三人の反応にさっきまでのアンの微笑みは厳しいものに変わっている。
「そう、そうなのね。あなた達は冒険者としても落ちているのね」
その瞬間、全てを悟ったアンの周りに無数の氷の蝶が舞った。
「私が代わりに処理して上げる」
「に、……逃げろ」
「アイミさんっ、逃げて!」
「――――っ」
テトラの叫びを合図に氷の蝶がアイミを襲った。
悲鳴などない。
あまりに唐突で突然の終結。
そう誰もが思い、目の前には一人の動かない氷の少女が出来上がった――はずだった。
触れた者を石化するゴーゴン族。
「石化⁉」
アイミに触れる氷の蝶が次々に石に変えられその重さに耐えられず、地面へと落ちては崩れていく。
「この力を私は恐れない。この力はタダシが守ってくれたものだから、だから今度は守るために使える!」
そして、アイミのもう一つの石化方法。
見るものを石化させる【石眼】。
銀色の瞳がアンを捉え続ける。
アンは後方に飛びのき、氷の壁を生成する。
「暴走していないっ? いや……暴走させられないから同行していると考えるべき……。暴走のきっかけは感情の起伏、ここなら被害は最小限で済むわね」
お互いの間に石の壁が出来上がる。
しかし、ぱちんとアンが指を鳴らした瞬間、石壁が崩れ落ちた。
「中まで石化できていない……」
テトラが呟き、アイミがいち早く気付いた。
目の前の敵であるアンの視線がテトラと倒れた二人の方を向いている。
「――えっ、だめ!」
アイミはそれに反応し、【石壁】を三人の目の前に壁となる盾を土の精霊の力を借り、作り上げた。
「あら、自分のことは良いの?」
いつのまにか出来ている無数の氷の針。
「行くわよ」
飛ばされる氷の針にとっさに【石眼】でそれらを全て石化させる。
「きゃぁああああああああああああああああああああああっっ!」
氷の針は石化した。
しかし、跳んでくる物が氷から石に変わっただけで、それは襲い掛かる。
「思ったとおりね」
腕を盾にしたアイミには攻撃が一つも当たっていない。
そして目の前にアンがいた。
「あなた石化ができるだけで弱いわ」
「――っ」
【石眼】。
アンの石像が出来上がる。
「ほら、何も見えていない」
今度は後ろにアンが現れる。
「なっ――」
アイミの肩にアンの手が置かれた。
「今度は本体よ」
触れたモノを石化する能力を使う。
が、今度はアンの石化が始まらない。
「何が起こっているか分からないでしょう?」
それどころか、
「――痛っ」
手が置かれた肩が凍りついていく。
ドクンッ。
恐怖がアイミの心臓を跳ねさせた。
「だ、だめ」
アイミの中で再びナニかが溢れそうになる。
灰色の毛先がうねうねと躍動を始めた。
「公にはされていないけど、暴走を抑えた者は過去に何人もいたわ。でも、コントロールできた者はほとんどいないのよ」
「やだ……やだっ!」
再びアイミの心臓が跳ねた。
「安心して、暴走は起きない。その前に終わらせてあげる。どうやって今に至るかはわからないけど、無駄だったのよ」
ドクンッ――。
その言葉に大きく躍動した心臓は徐々に落ち着きを取り戻していく。
「無駄?」
恐怖だった感情が怒りへと変わっていく。
「――なっ」
今度はアンが驚く番だった。
肩に置いていた手が石化によって浸食されていく。
何が起きているのかわからず、話そうとした手をアイミが精一杯の力で掴んだ。
「タダシがしてくれたこと無駄なんて言わせない!」
「まさかっ、本当に制御下に……!」
そこからは源素の送り合いになった。
石化対氷、押し負けた方が固まり動けなくなる。
長期戦になるかと思われたその戦いに終止符を打ったのは、天空から降り注ぐ声にならない悲鳴だった。
「――――っ、あsdfghjkl☆くぇrちゅいおzxcvbんm!!」
そんな汚い悲鳴とは裏腹にアンの相棒であるジャンオル・レナンは地面に華麗に舞い降りた。
「見つけた」
「残念ここまでね」
そう言ったアンからは源素の送り込みが止み、それと同時、
「タダシッ!」
空から現れた恩人へとアイミは駆け寄った。
タダシはその声に反応し、微笑み、
「うぷ」
口元と抑えて遠ざかり、嘔吐していたのだった。
「…………な、何それ?」
まさか自分の顔を見たからじゃないよねと、詰め寄るアイミにタダシはそっとして置いてほしいと願うばかりだった。




