第8話 カルバン
2021/5/27 軽度な(台詞の言い回し、誤字脱字)編集をしました。
人質を取られるような形で着いてきた場所は、町の外。
それも結構な距離がある、辺りには何もない草原だった。
舗装された道はなく、人の通りはまずない。ジオラルとカルバン、テトラに不審な恰好の知り合いとは言えない人物が来たことで小動物たちは警戒露わに立ち去っていく。
「ここならもういいでしょう」
不審な恰好に息を漏らしながら、面倒な衣装を脱ぎ去りその姿を現した。
ジオラル達に驚きはない。
冒険者ギルドでその可能性を聞き、あの瞬間には気が付いていた。
元聖騎士団副長、アン・クラナディア。
妖艶で豊満なそのスタイルに誰もが目を奪われるその姿。
それと同様に、彼女の名声と戦歴に誰もが強い憧れと尊敬を抱く。
だからこそ、ジオラル達は分からない。
「何の用だ」
接点がないとは言わない。
それでも話をする間柄でもなければ、まともに会ったことすら初めてなのだから。
「目立たない恰好にするとはいえ、あの子のセンスには困りました」
ジオラルの質問に答えず、脱いだ衣装を畳んでその場に置く。
汚い恰好とは違う、その姿は彼女の名声とは似つかない地味なものだ。それでも、その存在が衣装の格を上げている。
「僕ですか?」
準備を終えたかのように、向き直る。
その間にテトラは二人の傍に戻っていた。
それには気にした様子もなかったが、カルバンの問いには答えた。
「爵位子爵、フラム家長男、フラム・ジオラル。爵位子爵、オラージュ家次女、オラージュ・テトラシア。平民、カルバン、血縁なし……。で、合ってたかしら?」
カルバンの歯が、奥の方でぎしりと鳴る。
それと同時、
「それがどうした?」
「あなたには関係ありません」
怒りを隠す気も無いようでジオラルとテトラがカルバンの前に出た。
「『聖騎士団国家』は貴族の子息、子女が入るのが大半。平民が入園するのは特別な事例を除いてはない」
尚も淡々と続く。
「成績は上の下、そこの貴族二人と違って真面目で優秀、品行も良く、立場さえ違っていれば学園内でも重宝されていた」
「だから――」
そんな事関係ない。
そう言う前に、
「それが何?」
圧倒的な威圧と共にそうアンの口から問われた。
ジオラル達は圧に押され次の言葉が出ない。
それはまるで、余計な事を言わずに話を聞けと言われたようだった。
「どうでもいい事に時間を使う気はないわ。事実、私は一つの依頼を受けている。貴族の中には『聖騎士団国家』を卒業し、冒険者になったあなた達を敵視している存在がいる。当然でしょうね。今後、卒業し『聖騎士団国家』の名を看板に名誉を掲げようとする子息子女を抱えているのだから。その看板を汚されるどころか、その汚れた道を作る可能性を詰んでおきたい」
「それは僕がいるからですか?」
平民の子に唆された。
「ある意味では、そうでありそうでない。それはあなた達の方が知っているでしょう。しかし、望まれているのは一つだけ」
「僕たちが冒険者として消える事」
そうすれば、冒険者になったが為にそんな末路を辿ったと悪の道ができる。
そして、その悪の道は誰も進もうとは思わない。
「ざけんじゃねぞ」
「冒険者になったのは私たちが自分たちで決めた道」
その事実は関係ない。
分かっていてもジオラルとテトラは口に出した。
それは向き合うため、前に進んでいくためでもある。
しかし、立場が違う故、たった一人カルバンだけは違う。
「その依頼の内容は?」
「「カルバンっ!」」
仮に、唆した存在だけの排除で済む可能性があるのなら、最悪の結果を踏まえ逃げ道がほしかった。
「何か勘違いをしているようなので、そこだけは正しておきましょうか」
少しだけ淡い希望を考えた。
「勘違い?」
「言ったはずです。どうでもいいと、私がここに来た理由はいつも……いつまでも一つ、あの子に影響を与えた理由、それだけです」
しかし、冷たく言い放たれるそこには自分たちがいない。
何を言われているのかジオラル達にはわからない。
それでも、ここから起きる展開だけは理解した。
戦わなければならない。
「あの子はあなた達に興味を持った。その理由を私は知るためにここに来た。依頼はそのついででしかない」
アンの周りに冷気を纏った白い靄が掛かる。
「その理由を示せ」
あまりにも一方的な宣言の後、戦いは始まった。
「『氷の針』」
冷たく言い放たれた瞬間、無数の氷の刃が飛んでくる。
「くっ、『大きな土の壁』!」
カルバンが作った広範囲の土の壁に三人は隠れ、被弾は免れる。
氷の刃が突き刺さる音はとてもその大きさと比例してないほど、重点音が響き渡る。
そんな中、ジオラルはカルバンの胸倉を掴んだ。
「なんださっきのは?」
「ちょっと、こんな時に!」
テトラがすぐに止めに入るが、
「当然だろ」
カルバンの言い草にテトラもカチンと感情のスイッチが入った。
「当然? 当然って何っ! 私たちは貴族とかそんな立場関係ない仲間じゃなかったのっ⁉」
「ああ、そうだよっ! だからこそ、僕は……」
「そうか、だからお前はタダシを字で呼ぶようになったんだな……」
「なにそれ、だってタダシは【異世界人】って――」
「僕たちはそれを完全に信じたわけじゃないだろ」
ただまっすぐ注がれるカルバンの瞳にジオラルは掴んだ胸倉を静かに離した。
「言えよ、この場ではっきりさせてやるよ。だけどな、お前がどんな考えを持っていようと、俺たちは冒険者を止める気なんてねぇからな」
土壁の耐久は長くは持たない。
そう感じながらもカルバンは話し始めた。
「二人は僕が平民でも一緒にいてくれた。それどころか、『聖騎士団国家』に入れてくれたのも、僕の立場を考えて冒険者になってくれたのも、全部感謝している」
「そんなことっ――」
「テトラっ、聞け」
いつもの立場が逆転するほどの落ち着いたジオラルの声に、テトラは深呼吸をしてカルバンの声を聞くことにした。
それが、どんな理由を持っていたとしても気持ちはジオラルと変わらない。
「僕は『聖騎士団国家』が嫌いだ。あそこでの僕は平民だということで、酷い嫌がらせを毎日のようにされていた。何度も逃げたくて、それでも助けてくれる二人がいたから耐えられた。それに覚悟もしていたんだ。聖騎士になっても二人がいる限りはそれに耐え続けようとも。それなのに、君達は自分たちの立場すら捨てて新しい道を作ろうとしてくれる」
強く拳が握られる。
「君たちが僕を守るように、僕はどんな手段を使ってでも君達を守る。それが例え、貴族という立場に君達を戻す事になっても」
ジオラルは頭を抱えながら、普段任せている思考を目一杯働かせた。
「つまり、あれか。さっきの依頼が俺たちの討伐依頼だった場合、もしかしたら、カルバンだけで済む可能性があったってか? タダシが貴族で【異世界人】って嘘を吐いて、俺たちみたいに立場を捨てているかもしれないって?」
テトラも気付く、カルバンはどんな時も二つの命しか考えていない。
そこに三つ目の命を含まず、まずその命を差し出す覚悟をしている。
「馬鹿みたい……」
テトラはようやくカルバンの意図に気が付き、力を抜いた。
「俺たちがもう貴族に戻れるわけねぇ。そんなことカルバンならわかってるだろ。むしろ、貴族って立場すらはく奪されてるかもしれねぇ」
もうすでに捨てた物。
今更、それを取り戻すことは叶わない。いや、取り戻す気がない。
「知ってるよ。でも、ゼロにはなったわけじゃない。だから、僕はどんな可能性も、君達に関わる可能性があるなら、ゼロにはしない」
これはどこまで行っても交わることのない平行線。
「そんなもん糞くらえだ」
ジオラルは今にも壊れそうな壁に向かって剣を構えなおす。
「結局、やることは変わらないもんね」
テトラは錫杖の鈴を鳴らし、三人で戦うことを宣言する。
「君達二人を説き伏せるなんて、簡単な事だよ」
カルバンはタイミングを計り杖の媒体に新しい元素を送る。
平行線が交わることがなくても向かっていく先は変わらない。
そして、その結果に誰も納得していない。
だが、今はそれでいい。
結局のところ、その時が来るまで、いや、その時が来ないように三人で戦えば。
「全力でいくぞ」
「言われなくても」
「温存はしない」
しかし、目の前の敵がそれを許さないのも事実。
土壁が壊れた瞬間、本当の戦いが始まった。




