第4話 迷子
2021/1/23 軽度な編集をしました。
2021/5/27 軽度な(台詞の言い回し、誤字脱字)編集をしました。
一大決心の引っ越しは早くも後悔していた。
旅や冒険など頭の片隅にもない。できれば同じ場所に慣れた場所で、のんびりと暮らしていけるだけで俺は満足だったからだ。
それでもあんなことが起き、同じ場所ではそれが叶いそうにないから、引っ越しはやむを得ないと考えた。
しかし、
「仕事を探す」
事の発端はアイミの自立発言が始まりだった。
その発言自体は評価もできるし、当然だと思う。
それに、【テイルト】という名のこの町は元いた街より規模は小さいものの生産性があるようで、見かける人の中には職人らしき影も多かった。
しかし、なぜこのタイミングで俺は一人で知らない町を探索する羽目になったのだろうか。
ジオラルのストレス発散の魔獣狩りを終えた後、その依頼の証拠となる魔獣の体の一部を剥ぎ取っていた。
大量発生していたということもあり、それは冒険者である三人が行い、アイミはその剥ぎ取られた素材を荷馬車へと乗せるのを手伝う。
俺はその光景を文句と悲鳴をあげながら待っていた。
それから、ようやく近くの町へと移動することになった。
おそらくだが、アイミの発言は町への入国料を払う時に決心されたのだろう。
そうなると、自然とこうなった。
ジオラルとカルバンは手に入れた素材を売りに冒険者ギルドへと向かうと言い、アイミは仕事探しに、しかし、アイミは逃走時代が長い分俺と似たような常識知らず。
それは数日の移動で俺以外の三人の認識にも植えつけられており、テトラはそれに同行。
せっかくだし、俺も冒険者や商人以外の仕事がどんなものか一緒に行こうとすると、なぜかアイミに拒否された。
これまたそうなると、冒険者ギルドに行きたくない俺は一人行動になる。
すでに実年齢を知られてしまっている俺は、知らない町での孤独による不安など口にできるはずもなく、「じゃあ、適当に町をぶらぶらするわ」と軽口で言って強がってみせた。
一人佇み双方の行方を見送った後、俺は途方に暮れた。
行く場所がない。
ただ、このままこの場所にいては再会した時にされるであろう質問、「なにしてた?」に対応できない。
どこに行くにも怖くて一人で行動できないなんて絶対に言えない!
これだから、団体行動は苦手なのにとぶつぶつ文句をたれながら、とりあえず、この姿を見られないよう、二組とは違った方向に歩き出した。
装いとして、はじめてこの町にきた感じを醸し出すべくきょろきょろと一つ一つの建物を確認していく。
しかし、ここで気を付けなければいけないのは、今、俺の姿が子供であり間違っても迷子と勘違いされて声を掛けられない事だ。
ときおり、店の種類を独り言で呟き、俺に視線を送っていそうな人物には「あったあった」と目的の店がありましたよ感で誤魔化す。
そんなことを続けていたら、自然と人通りは減り、町の外れへとやってきていた。
「なさけなぇ」
結局、逃げるようにやってきた場所で俺は一人自分の不甲斐なさを痛感した。
俺は人がほとんど行き来していない事をいいことに、通りの端で座り込んで時間をやり過ごすことにする。
こんな時、缶コーヒーなんてあれば、永遠に食品表示を目一杯時間をかけて読み込んでみせる自信がある。
しかし、あるわけもないので、辺りの建物を改めて確認すると、金属を叩く音や、木材を切る音などが飛び交っている。
どうやら町はずれは加工場が多く点在しているようだ。
分かりやすく言えば、下町の工場のような場所だろう。
ふと、俺はジオラルの剣を思い出す。
アイミの一件で失った武器は新たに装備やで購入していた。
つまり、それを製造している場所がある。
【ギサール】に鍛冶屋があったかどうかは知らないが、この町は、農業や林業が盛んだとカルバンが言っていた。
つまり、その道具を刃物鍛冶が拵えている可能性が高い。
だとしたら、見たい!
俺は銃より剣派である。
鍛冶屋の存在が俺を立ち上がらせた。
幸いにも金属を叩く音は続いている。
それを手掛かりに、俺は歩き始めた。
どんどん近づいていく音に町で一人になる不安など、好奇心で塗り替えられる。
町はずれのさらに裏路地を通り、目的の場所はその鉄を溶かす熱気と職人の飛び交う怒号で現れた。まだ建物の裏手で壁越しではあるが感じ取れる。
イメージでは職人が黙々と作業しているが、ここがそうとは限らない。
そう思って、俺は何も考えずにひょこっと顔をだしその現場を眺めようとした。
ギロッとした視線がこの場に似つかわしくない子供が現れた事で注目を集める。
その瞬間、体が一気に熱くなる。
「誰だぁそのガキはぁああああああああああああああああああっっっ!」
「――ッっっ⁉」
それこそ考える必要がない。
怒れる職人の怒号に俺は脱兎のごとく逃げ出した。
どの道を走ったのか蛇行による蛇行と、身体能力向上による速度で俺は完全に迷子になった。
どれくらい走ったのか、追いかけてきていないことを確認し、再びどこかの通りにある階段に座り込んだ。
未だにドキドキが止まらない。
「しくじった……」
俺は深呼吸を数回し緊張で跳ねる心臓を落ち着かせる。
落ち着かせ終わると、今度はため息へと変わった。
そこで改めて時間を恨む。
きっと、まだ誰も用事を済ませてはいないだろう。
迷子と言っても、この町の門に戻るくらいはできる。
それを考慮に入れても、行動を起こすには早すぎた。
「ああ、空が青い」
どうして天気がいい時に限って俺の気持ちは沈むのだろうか。
「ああ、山に戻りたいなぁ」
天を仰ぎながら、何気ない数日前の自分の生活を思い出してホームシックに浸る。
こうして俺は一日を無駄な時間で過ごしていくんだろう。
それはそれで悪くはないな、と悲しいプラス思考が働きかけた所だった――青く広がる空に影が間に入る。
不気味な仮面を付けた何かが俺を見下ろしていた。
「――――⁉」
突然の出来事に声を上げる事も出来ずに、俺は驚いた拍子に階段から通りへと転がり落ちる。
落ち着いていた心臓の鼓動が、緊張と不安、恐怖を含んで再び激しく跳ね始めた。
「子供」
「は……?」
「迷子」
意味不明な単語に聞こえる。
しかし、俺の容姿と置かれている状況という意味では間違ってはいない。
それに、唱えられた単語の声だけでは性別は分からない。
高い声なので女性だとも思うが、判断するには情報不足だった。
改めてその不可思議な存在に目を向けてみると、全身をボロボロのローブで覆い特徴が掴めない、加えて唯一外に出る顔を不気味な仮面で隠している。
あまりに怪しすぎた。
関わりたくなかったが、逃げるという選択ができない。
この不気味な存在は、俺が生きていく上で身に着けた、とてつもなく広いパーソナルスペースを音もなく踏み込んできた。
これは、アイミ以来の衝撃だ。
逃げたら、余計に面倒くさくなると俺の危機管理能力が警報を鳴らす。
「ええと、何か御用ですか?」
久しぶりの子供用口調に切り替え親切丁寧に語りかける。
が、
「……………………ん?」
長いこと時間をかけて首を傾げて見せた。
「ええと、何か用事があって僕に声を掛けてきたんではないのでしょうか?(お前が話かけてきたんだろうぉおおおおおお!)」
不気味な存在は首を傾げたまま、時間が過ぎる。
「…………」
なんだこの状況はっ、早く終わらせたい!
「ふっ」
仕方がない。
俺は本気で人間観察によるメンタリストを試みる。
今度は細かい動きも見逃さないよう、その怪しい存在を凝視する。
ふよふよと中の人が動きローブが揺れていた。
すぐに気付く。
「(あ、これ、無理なやつだ)」
何一つ情報を得られない、なぜってローブと仮面で塞がれているもの。
「(逃げるしかないのね)」
とりあえず、逃げ道を考える。
追われてもその背中を見失わせるために蛇行を駆使し、裏路地を通る。
人の多いところを、能力を使った状態で走るのはさすがに危険が増えるし、なによりも目立つ。
だからある程度走り続け近づいたら、人通りを目指して移動しよう。
それで、あの不審者からの安全も得ることができる。さすがに人前で何かしようと思わないはずだからだ。
「あ、ははは」
誤魔化し笑いをし、行動に移る。
もう時間とかどうでもいい。
きっと尋ねられる「何してた?」の回答もこの瞬間に出来上がった。
だから、この不審者から逃れる事だけが、今の俺の目的です。
合図もなく、俺は全力で地面を蹴った。
が、
「――え?」
間違いなく俺は走り出したはずだった。
それも身体能力を向上させた状態でだ。
なのに、飛び出した直後、俺の腕はローブから出てきた細い腕によって掴まれ、走り出した勢いをまるでダンスをするかのようなステップと回転により相殺。
すとんと抱きかかえられる恰好で地面に着地した。
「転んだら危ない」
あまりの出来事に呆気に捕らわれた俺は、不可思議な存在に捕まったと気付く事すら時間が掛かった。




