第30話 ふんばれっ
2021/1/23 読み直し(一回目)編集しました。
2021/3/18 誤字脱字、ルビ振り追加、文章追加、台詞の言い回し変更など、編集しました。
石化は闇の中だった。
それはそうだろう、言ってしまえば銅像の模りを全身で行っているようなものだから。
といっても強固なのは嘘ではない。
以前アイミに石化させられた時よりも固い。
感想としてみればそれだけだ。
今回はすでに習得した逃げ足を早くする方法を応用してやればいい。
簡単にいえば、少しだけ原素の要領を掴んだ。
ただし、今回は少しだけ石の中にいるのを我慢しなければならない。
なぜなら、外では冒険者と暴走中のアイミが壮絶なバトルを繰り広げているはずだからだ。
見た限りではおそらく復活したであろう冒険者の方が劣勢で、アイミが怪我をすることはないように思う。
その間にアイミの暴走が収まれば御の字である。
あの冒険者達では暴走のアイミを討伐するのは無理だろうし、暴走した力が無限なんてことはないはずだから、冒険者には頑張って時間稼ぎでその力を削いでもらう。
それで平和かつ安全な解決を願いたい。
まぁ、最悪冒険者が早々に石化させられたら、俺が石化されるのを繰り返すしかないだろう。
そんなわけで俺は石化の状態のまましばらく過ごすことにした。
なぜかと言われれば、外の状況が見えないからだ。
あまりに早すぎたら、戦闘に俺が巻き込まれる。
アイミの暴走が予想外すぎて出過ぎた真似をする羽目になったが、俺に戦闘などできるはずもないし、したくもない。
そんなわけで、この石化になったのは運が良かった。
だからといって、全てがうまくいくわけでもない。
石化してみて分かったが、この強固な石化は、視界はもちろん遮音性もいいようで外の音までもが聞こえやしない。
つまりタイミングが全く計れないのだ。
全てが終わってからと考えなくもなかったが、それは早々に無理だと悟った。
態勢の問題もある。
だが、それよりも問題なのが酸素だ。
遮音性が高いということは俺が呼吸をするたびに酸素がみるみるなくなっていく。
時間にしてどれほどが、俺が思っているよりも時間は経っていないだろう。
それでも息苦しさが襲ってきた。
「(たぶん、終わってるはずないよな……。しかたない、静かにばれないように脱出しよう。運が良ければこの場から離れているかもしれないし)」
そう思うことにして、俺は順序を考えながら石化からの脱出を開始した。
まずは基本通りに肘を曲げることで石化を中から砕いていく。
「(うぉ、やっぱり固いな、少しだけ痛い、青タンぐらいできそうだ)」
それでも小さい破壊音が石を伝って聞こえてきた。
「(ふふん、無問題だぜぇ)」
あまりに予想の範囲内で気分が高揚してくる。
それでも祭りの型抜きの慎重さは忘れない。
肘から下の腕が解放されたことにより、酸素の供給も開始された。
一旦落ち着いて外の音を聞いてみる。
「(案外静かだな……、離れた場所でやりあってんのかな? ……まぁいいか)」
それでも慎重に越したことはない。
今度は腹の部分。
体を捻り臍のあたりから亀裂が入る。
バッキッ!
「(うおぅ、やべっ!)」
思った以上の音の大きさに、動き最小限に再び外の音を聞くがやはり静かなままだった。
「(……これは、完璧にいないか?)」
それでも念には念を入れて、割れた腹の石を外し、そこを起点に両脇まで壊していく。
その途中、腕が動かないことに気が付いて、両肩をクロスするように前に動かして破壊しておく。
腹ほどではないが音がでた。
しかし、これもまた反応がないので、気にしないで脇腹から脇まで破壊した。
これであとは、アメフトのヘルメットとショルダーパッドが一体化したような石を脱げば万事完了である。
腰から下は状況を確認してから破壊しよう。
重量のあるショルダーパッドも身体能力をした状態であれば、軽々持ち上げられる。
突起になった鼻が擦れて痛かったが、すぐに回復で青タンとともに回復。
閉じ込められていた分、風が心地よく辺り、天を見上げれば晴天が一色に広がった。
「完璧…………だ?」
石化から脱出した俺は余韻に浸る暇なく突き刺さる視線に、壊れたロボットのようにぎぎぎと頭を下げていく。
目を瞑る。
「(やらかしたぁあああああああああああああああああああああああああああっ)」
びっくりするほど近い距離に両者がいた。
改めて確認すると、俺を拝み称えるようにアイミが膝を着き、涙を流している。
俺はいつから神仏像になったのやら、しかし、よく泣く子だ。
そして、その後ろに立つ冒険者はなにやらけったいな剣を振り上げて立ちすくんでいる。
状況が掴めない。
とりあえず、冒険者のあほ面はやめろ。
「あー、どういうことですかね?」
俺はにへらっと自分の汚いやり口を思い出し下手に出るほかなかった。
「な、え、あ、え、ええ」
冒険者の少年の横で修道服の少女が混乱していた。
「な、なんなんだコイツ!」
一時とはいえ修道服の少女とは行動していたからだろう、大きな炎の剣が消え、冒険者の少年が修道服の少女に詰め寄っている。
その間に、なぜか信者になっているアイミに視線を落とした。
「ごめ……、ごめんなさいっ」
いきなり謝られたが、石化など今更だろう。
「いや、懺悔かよ。というか、暴走解けたんだな。まぁ、結果オーライってことでいいのか?」
「…………い、……いえ」
「あ、そっち? いや、家っていうか、更地を超えて荒地じゃねぇか。ああっ、分かったぞ、おいこらっ、冒険者! おまえだろあの爆発音の犯人はっ」
問い詰めに、一瞬動きを止めて俺を見る。
そして、頭を掻き毟って叫びだした。
「だぁあああああああああああ、意味わかんねぇえええええ!」
こいつでは話にならない。
仕方ないので隣を見たが、うんうん、頷きながら何かを共感している。
ダメだこいつらと思い、少し離れた場所にもう一人いるのを発見した。
手招きしてみると、一瞬自我を取り戻したような反応をした後、すぐにこちらに駆けつけてきた。
「ああ、あんたらが俺んち壊したんだよな?」
「え、まぁ、直接といえばそうなるかも」
「だろうな、アイミは爆発できるようなことできなかったはずだし、さっきそっちの……えー」
「ジオラル」
いまだ混乱しているジオラルを指差すと名前を教えてくれる。
「あ? ああ、俺はナカムラタダシな。んでジオラル君が炎の剣? それを持ってたってことでそう導き出したわけだ。それでこの責任について――」
「ちょ、ちょっと待ってほしいっ! タダシ、君はこの状況を理解しているのか! そんなことより」
友達かよ、いきなり呼び捨てって、まぁそんなことはどうでもいいか。
「そんなことって……、一応確認するけど、ええと」
「僕はカルバン、そっちの女の子がテトラだ」
「先に紹介終わらせた方がいいか、こっちの泣き虫はアイミだ。んで、カルバン君、君は自分ん家をいきなり破壊したら怒らないかい?」
これで怒らないと言われたらお手上げだ。
「そんなこと普通は――」
「ほらみろっ! 普通じゃないことされて怒るに決まってるだろ!」
「ち、違うっ、今話すべきはそこじゃないっ。アイミさんの暴走に関してだ」
アイミにはさん付けかよ……。
まぁ、確かに重要なのはそこだろう。
「終わってないの?」
そういってアイミを見た。
すると、アイミは申し訳なさそうに俯いてしまった。
念の為アイミを強化した目で確認してみると、確かにまだ黒い気配が溢れ出ている。
「くそっ、そう話はうまく転がらないか」
そう言った俺をどう捉えたのか、
「……ごめんなさい」
「……何に対してよ?」
純粋な疑問だった。
「え?」
「家を燃やしたのはジオラル君だから、家はあっちが悪い。んで、暴走したのは生まれつきの体質、仕方ない。石化に関しても今更、じゃあ、アイミは何に謝ったわけ?」
「ちょっとまて!」
と、そこで罪を問われたジオラルが割り込んできた。
「家の被害なんて些細な事だろ! それよりも――」
「君は話に参加する前に謝れよ」
確かに、家は建造途中だから些細な問題だ。
しかし、それは被害者であるこちらが判断するべきことで、加害者であるジオラルが勝手に決めていいことではない。
「い、意味わかんねぇ……」
俺は唖然とした。
「どういう教育受けたら……」
まてまて、ここは異世界だった。
深く考えるのはやめよう。
「もういいや。とりあえず、アイミが先だ。暴走って力のコントロールができないってことでいいんだよな?」
アイミには尋ねない。
そもそもそれがわからないから、こんなことになったのだ。
だから、ここは見た目でも頭のよさそうなカルバンに尋ねる。
「なんか、今馬鹿にされたような気がする……」
一瞬目があったが、テトラは放っておく。
「自分の源素をという意味なら少し違う。原種の力は生まれつき植えつけられてしまったものだと聞いたことがある」
「んん、植えつけられた? 先祖がえりで継いだものじゃないのか?」
「確かにそういう場合が大半だけど、魔王配下の原種だけは違う。はっきりとは解明されていないけど、源素そのものに意思がありその所為で宿主である、この場合アイミさんの意識が乗っ取られてしまう」
小難しい話になってきた。
「つまり、アイミさんの中には二つの源素が存在している」
なんとなく見えてきた気がした。
「あ、」
そこでアイミが思い当たる節があるような反応を見せた。
それは懺悔だったのだろう。
「……昔、私はお母さんや村を暴走して石化してしまったことがあるの……」
「ほぉ、それで逃げ回ってた……? いや、違うか、最初の頃話を聞いてだの言っていたから、石化を解除できる人を探していた?」
アイミはこくんと頷く。
「でも、いつも話を聞いてもらう前に剣を向けられた」
それで石化のアイテムなど存在が知っている割に、中身は知らないはずだ。
まぁ、あの気配を感じ取れる冒険者なら仕方がないのかもしれない。
「でも、暴走するのが怖くて……いつも逃げ回ってた……。暴走したあの時も、今も、何も覚えていないから」
覚えていないから罪がないとはアイミは思えなかった。
いや、俺でもそう思うかもしれない。
事実として体は本人の物だからだ。
「それで、あなたはジオラルに……」
テトラが思い当たる何かを呟く。
おそらく俺が石化している間の出来事だろう。
思い当たる節はある。
俺が石化から脱出してみたジオラルの振りあげられた炎の剣。
「それで、さっきも、体の中のナニかの声がしてそのまま意識が……」
それが、暴走という名の存在。
「対処法は?」
カルバンが首を振る。
聞くだけ無駄だろう。
むしろジオラル達がやろうとしたことがそれなのだ。
「なら、アイミはどうしたい?」
「え?」
「暴走に怯えながらこの先、生きていくかどうか?」
アイミはみるからに動揺してみせた。
一度は全てを諦め、覚悟をした。
それを俺は踏みにじっているのだから。
「でも……」
ただ、その決断をさせた者も、するしかなかった者も俺は許すことができない。
「ここまで来たら手伝うって。失敗したっていい、どうせ俺には石化効かないし」
全てにおいて安全とは言えない。
しかし、俺は理解したうえで放っておくなんてできなかった。
手を差出し、それを引っ込めるのは悪いことではない。
目を背けるのは当たり前で善人なんて言葉だけでは差し出すことはできない。
確かに面倒事は嫌いだし、平穏にのんびり暮らしたい。
ただ、それは俺にとって後悔が残る。
だって、
「……うぅ、…………」
「また泣くのかよ、今度はアイミが干からびて石化するぞ」
泣きじゃくりながら、アイミはささやかな願いを言った。
「…………普通にっ……、普通に暮らたいっ……」
だって、それは俺にとって悪いことをしているのと変わりないと思ってしまった。
俺は手を差し伸べる。
「なら、大丈夫だ。それは俺の目標と変わりない」
恐る恐る伸ばされた手を掴む。
強い決意は必要ない。
必要なのは、起きた事を受け止める事。
「――うっ」
アイミが苦しみの声をあげ、それを合図するかのようにカルバンが叫んだ。
「くるっ、二度目の暴走だっ!」
掴んだ手を俺は強く握る。
「よし、俺にできることはない! ただ、のんびり生きるために、ふんばれっ!」
その直後、禍々しいオーラが爆発的に放たれた。




