第31話 妹
「だーれもいない。なんでだ……?」
ハブられた! なんてことも思ってもみた。
だけど、ここは学校のような施設ではない。
常に給金が発生し、誰もが大人だ。そんな暇なことをするわけがなかった。
それは理解しても困ったことに変わりはない。
クノのところに行くにしても絶対的に許可がいる。
悲しいかな俺は許可制人間なのだ。
そんな折、
「いたぁああああっ!」
よくよく考えたら、王宮の中に一人子供がいた。
「何しているのっ⁉」
何をしているといわれてもまだ起きて早々、人探しをすることになると思っていなかったのだ。
「いや、誰もいないからどうしようかなと」
一応王族の一人であるナイカに、俺の行動を伝えることはできるけど、それそれで厄介なことになる。
これまた昨日の今日で、ナイカを巻き込むわけにもいかないし、なにより、そもそもナイカには事情を教えないことになっている。
「アージュさんか、カレンさんの居場所知らない?」
「姉さまかアージュ?」
訝しんだ表情でナイカは何かを探り始めてしまった。
本当に油断ならない。
この子は、勘が鋭い点を除いても俺の行動を興味本位からでも探りを入れてくる。
それが、この王宮に招き入れた責任なのか、たんに面白半分なのか、本当に油断できない。
「ちょっと用事でクノに会って来ようかと」
嘘はたぶん通用しない。
だから平然と聞きたいことがある程度の雰囲気で流してみる。
どういった反応が返ってくるかで、今後のナイカの対応に順応しようかと思っていたのだけど、悲しいかな今起きている事態に、俺の思い通りになんて行きっこなかった。
「そうだっ! それどころじゃなーい!」
ナイカの声が響き渡る。
「もうすでに国中で避難が始まってるの!」
「避難?」
防災訓練か何かかと廊下から見える窓の外、嵐を見る。
「まぁ、ひどい嵐か」
「ああ、もうっ、ほんとタダシは何も知らないの! この国の天気はクノが管理しているの!だからクノは国が危機に陥る程の天気なんてしないのっ!」
「機嫌でも悪いのけ?」
なんだ大人げない、と思い始めた。
「そんなわけないのっ、これは異常事態だから」
ちょっとまてよ。
そんな異常事態の災害が発生しているのに、俺の存在が忘れられていた……。
ひどい、だれか一人くらい声をかけてくれたっていいのに。
俺の表情を読み取ったのか、ナイカがここに来た理由を話し始めた。
「ナイカがここに来たのは――」
――話はレンナが飛び出した少し後まで遡る。
「カレン姉さまっ!」
玉座に座るカレンに向かって、叫び入室してきたナイカはすぐに違和感に気が付いた。
妙に落ち着いている長女であるカレン。
そして、国の一大事が起きているはずなのに次女であるレンナがこの場にいないことに。
「…………レンナ姉さまは?」
すぐに返事が返ってこない。
少しの間が空き、カレンは立ち上がった。
「ナイカ、タダシ君を連れて避難して」
落ち着いている……?
それがどうもしっくりこない。
冷静というよりもどこか憔悴している方があっている。
「姉さま……?」
「タダシ君は源素がないから、忘れられたらきっと兵の皆も見つけられない。こんな状況だもんね、仕方ないけど」
いつもと違う。
それだけはナイカも理解する。
「だからね、ナイカだけでも――」
「姉さまっっっ!」
小さい体でもその目は力強くカレンの瞳を捉える。
「ナイカ……?」
「大丈夫、大丈夫なの。レンナ姉さまなら大丈夫だから、しっかりして!」
ようやくカレンの瞳に光が戻る。
――バチンっ!
カレンの両手が、両頬を叩く。
「そうだね、そうだね」
この事態は不測の事態手ではなかったはずだ。
いずれ来る、予測できた事態。
その為に、色々と準備と覚悟をしてきたはずだ。
ダメな姉だと心の中で叱責する。
それと同時、良い妹たちを持った。
「ナイカ、任せるね」
「うん」
「じゃあ、タダシ君を連れて城門へ行って」
「姉さまっ!」
「これは王としての命令です。行けば事態をあなたでも把握できます。だから、急いでいきなさい」
その瞳は妹へ向けられたものではなかった。
凛々しく、しっかりとした王のモノ。
「わかりました」
幼いナイカもやることをやる王族の一人として。
「さぁ、頑張ろう」
ナイカは走り出す。
何も知らない手のかかる従者を引き連れるために――。
「――タダシを迎えに来たの!」
ようやく本当に異常事態の異常を俺は理解した。
「歩きながらでいいから、わかる範囲で説明してもらってもいい?」
その声は、優しくも真剣なものに変わる。
「え、うん……なの」
返ってそれがナイカを動揺させてしまったようだった。




