第22話 とどめ
「い、色々ありまして……」
俺は今この部屋で起きている状況を知らない。
だから、言葉を選んだわけではなかった。
後に知ることになるけど、部外者がいる中で、あのダンジョンの事、クノの事を話してはいけないらしい。
じゃあ、なぜ、曖昧な言い方をしたかでいえば、言葉通り色々なことがありすぎて、説明するのが億劫だったからに他ならない。
腹を抱えて笑うカレンを除いて、この部屋にいる人の反応は大体二つに分かれている。
一つは、目じりをぴくぴくさせながら、俺のひどい恰好に対する嫌悪感。
まぁ、王族の使用人がそれに似つかわしくない格好でいれば、それはお説教の一つもしたくなるのが当然だろう。
俺ですらこんな格好の人間が王族の使用人と言われれば不信感を抱くだろう。
でもね、俺にも言い分がある。
その原因は紛れもないこの国の中心が起こしたことが原因。
俺に非があるとは思えない。
で、もう一つの反応は、その怒りに満ちた気配に恐れ慄き、どうしていいかわからない、そんな反応だ。
仮に俺が同じ立場だったら、心の中ではあーあ、と呟きながら我関せずを貫き通す。
だからこそ言える、助けは来ない。
「事情はあとでお聞きします。ひとまず、今すぐ着替えてきなさい」
とても落ち着いた声の中に、明らかな怒りを含ませながらアージュさんが俺に言う。
ひゅん、ってなった。
これほどまっすぐな怒りを受け止めたのは、この世界に来てから初めてかもしれない。
元の世界でも色々な失敗で怒られることはあった。
性格的にもそれを回避するために消極的になったというのに、これは回避のしようがない。
考えれば考えるほどドツボにハマる。
守勢術はこういった外的要因による絶対防御不可、回避性能ゼロ、抵抗は無駄。
絶対に抗えない。
言い訳などすればさらなる怒りが降り注ぐ。
でも、中身は大人だ。
俺は精一杯気丈に振舞って見せる。
「はい…………」
「「「「「「「「「「(めっちゃ落ち込んだーっ!)」」」」」」」」」」
うまく誤魔化したはずだ。
周りにどう思われているかは想像するだけで怖いから、早々にこの場から退散しようと、入出したばかりの部屋から出ていく。
すると、
「はぁ、あなた彼を手伝ってあげて、それからなるべく早く戻ってくるように」
その声には先ほどの怒りは込められてなかった。
むしろ、怒りを滲ませたこと、俺の態度に哀れんだ感情が含まれる。
つまり、優しい気遣いが溢れていた。
おもわず、感動がこみ上げる。
「アージュさん……」
なんでだろう、あまりに理不尽なダンジョンでの出来事を終えたからなのか、精神年齢が老いてきたのか、泣きそうになる。
「い、いいからはやくいきなさい」
どこか戸惑った雰囲気でさっさと行けという、アージュさんの傍らなぜが今度はカレンが、頬を膨らませていた。
え、そんなに俺が怒られる姿が見たかったってこと?
複雑な感情が交差する中、さすがに水浴びなどはできないまでも、俺の姿はキレイな姿に戻り、応接間にやってきた。
さすがに、手伝いのメイドさんに着替えまで手伝ってもらうのは遠慮したいところだったが、メイドさんの必死に急いで戻るという使命に、恥ずかしがっている暇なんて与えられなかった。
抵抗しようものなら、今度はこのメイドさんの怒りを買う。
と、急いで支度をする中で、今あの部屋で起きている事の一通りの事情も説明してもらっている。
戻ってくるなり、渡されたのは宝石部分が赤く染まっている指輪だった。
「これで源素が使えるんだ……」
なにげなく零れた言葉に、商人であるえーと、名前がイエーティさん?が説明してくれる。
「その指輪は火の源素を内在しているものになります。そうですね、大変失礼ではありますが、源素を使用した経験がないと伺っていますので、扱いは難しい、もしくは訓練が必要かもしれません。それに、使用人の方とはいえ、この国のましてや王宮の方に最初に使用させてしまうのは、私の不手際によるもの、まずは私が使って見せましょう」
まぁ、色々訂正部分はあるものの、どちらにせよ説明はできない事が大部分なので勘違いのまま進んでもらおう。
なにより、話を聞く限りこの人たち俺をモルモットにしようとしていたわけ、それはそれでひどくない?
……別にいいけど。
「そうですね、まず私の源素は風になります」
そういうと手のひらを前に出小さな風を起こして見せる。
「構いません、どちらにせよ、私は戦闘に関してずぶの素人。私の属性が何であれ、意味はないでしょう」
その意味は理解できなかったけど、あまり知られてはいけない事だったらしい。
そのことに関して、言及されることはなく。
箱から今度は、水色の宝石の指輪を取り出した。
「属性は水……」
そういうと、指輪は水色に発光した。
「おおっ」という声が辺りから漏れ出し、イエーティさんの手のひらに水玉が生成された。
皆が驚く中で、俺は古い記憶を思い出す。
……、三人組の冒険者の一人が二属性使っていたような、そんな説明を聞いたような……、どうでもいいからすでに曖昧だ。
そんな中で、
「指輪に含まれている源素はどのくらいの量を?」
カレンはその指輪の詳細を求めた。
イエティさんは水玉を消して答える。
「量というのは難しいですね。指輪の宝石は加工しサイズを指輪のそれにしておりますが、サイズで決まっているものではありません。源石の内在量はその源石によるところが大きいです。使用量で言えばその用途で変化が起きます。例えば、手のひらサイズの火球を数回出すのと、火炎放射するのでは、時間と回数で変わります」
イエーティさんの解答は初めから解っていたかのような反応を見せるカレンは、続けて尋ねる。
「源石は源素を内在する鉱石。では、例えば、ダンジョンコアのような性質を持つ源石は存在するのか。さらに、エーティさんはそれを加工することは可能かどうか?」
「…………⁉」
少しエーティさんは考えて答えた。
「なるほど……。では、一つずつ答えます。ダンジョンコアのような性質を持つ源石。質問の内容から察するに、普通の源石ではない。そもそも源石とは規模の小さなダンジョンが攻略された場合に多くは手に入ります。しかし、稀に大規模なダンジョンが攻略された場合に、さらに稀にダンジョンコアの性質を維持し残存する場合がございます。ですが、個人で持つことは不可能でございます。例えば、冒険者がダンジョンを攻略し、ダンジョンコアを手に入れたとした場合、それは国に納める事になっています。それはどの国でも同じ。それほどダンジョンコアというものは価値が高く、それと同時危険なものにございます」
思い起こされるダンジョンでのあの時間。
ダンジョンコアというものを俺は確かに見た。
ダンジョンコアは、まるでその中に隠し持っていたかのように、狼を出現させていた。
それは源素を用いて生成したと考えると、それだけでも恐ろしい力を発揮する。
しかも、
「ダンジョンコア、それはまるで永久機関です。自然源素を取り込み、徐々に成長する。その実情は未だ解明されず、自然発生でしか作り出されることがない」
つまり、源素を消費しても源素を無尽蔵に回復するということだろう。
「時点での質問の答えですが、正直に申します。わかりかねます。商人である前に、研究者。興味はありますが、ダンジョンコアなどそう簡単には……、」
そこまでいうと突如エーティさんの顔が青ざめる。
「お、お待ちください! 私は決してそのような事は考えておりません」
なんだ、なにが今の会話の中で起きた?
突然のきな臭い雰囲気に、俺は思わず三姉妹の表情を覗き見た。
ナイカはもちろん、レンナも何が起きているのかはわかっていない。
「落ち着いてください。そこまで疑ってはいません。ですが、その可能性を考慮するのは私の立場からすれば当然。さらに、あなたはその考えに気が付いてしまいました。なので、私からあなたに言えることは一つだけ。その研究のお手伝いをすることは出来かねます。そして、そうですね、明日にでもこの国からお引き取りください」
おお、なんだなんだと急展開に俺だけじゃなくついていけていない。
「タダシ君、指輪をお返しして」
「え、あ、はい」
よくわからないけど、王様モードのカレンの言葉はいつも見るふざけた長女の姿ではない事に俺は素直に従う。
すると、エーティは俺の動きに静止をかけた。
「……お気遣い感謝いたします。それと、そこまでの配慮が欠けていたことを謝罪させてください。大変申し訳ございませんでした。そのお詫びと言っては何ですが、その指輪はそのままお納めください。まだ研究途中のものではありますが、内在している源素がある限り使用は可能にございます。それに、残りの指輪も……」
おーい、俺はどうしたらいいんだ。
指示をくれ、指示を!
「よろしいのですか?」
出した片足をひっこめていいんだよね……。
「はい。元々販売の為に寄らせていただいたわけではありませんでした。ただ、図々しくも一つだけ最後にお願いがございます」
表情は微笑んでいても空気はまだ王様モード、誰もが息を飲む。
ふと、エーティさんと目が合った。
「え、」
止めて、俺を巻き込まないで!
「彼が指輪を使用するのを確認させていただけないでしょうか?」
「なるほど……」
カレンは全てを察し呟くと俺を見た。
あ、そんなことなら、俺は構いませんぜ、と下っ端根性が染み出ているのでカレンを見返す。
すると、カレンは元の優しい微笑みで承諾した。
「じゃ、じゃあ、早速」
俺は赤い宝石の指輪を人差し指に装着する。
「よろしくお願いいたします」
見られると少し緊張するけど、やるしかない。
使い方はよくわかっていない。
しかし、成功すれば指輪は光るはずだ。
それだけを目標に、指輪に含まれる源素をどうにかしてみようと指輪を嵌めた指に集中する。
「あ、」
すると、指輪越しに源素を感じ取れる。
それは懐かしい、源素を使えていた頃と同じ感覚。
指輪に含まれる源素が徐々に指を通って、身体の中に入る。
量は少量だ。
でも、やれる。
属性は火。
イメージするは、元の世界で見た映画。
動く城の中にいた火の精霊、名前は忘れた。
だから、心の中で叫ぶ。
いざ、出でよファイヤー!
そんな調子に乗った結果。
「えっ?」
「はいっ?」
「えーっ?」
「あらら」
「「「「「「「「「「あー(やっちまったな)」」」」」」」」」」
宝石含め指輪がはじけ飛んだ。
「壊れましたね」
冷静に事実だけをアージュさんが述べた。
「ご、ごめんなさい」
少しでも役に立って、面目を保ったまま帰ってもらおうなんて烏滸がましく思ったのがいけなかった。
気づけば、商人の横には隊長のエドリックとポッジが立っている。
さようなら、エーティ、また逢う日まで。
そうして、一人の商人が王宮からつまみ出されたのだった。




