第20話 エーティという商人
苦笑いが商人であるエーティから零れるのをしり目に、本来の交渉が始まる。
「発明家ってどんなものを作ってるの?」
トリップしていた割りに、耳には入ってきていた情報からナイカが尋ねた。
「はい、ナイカ様。まぁ、発明家といってもどちらかといえば研究が主で、その道中得た知識を用い、物を作っているといった感じではありますが」
「では、今回その物品を売りに来たと?」
状況が落ち着いたことにより、続いてレンナが尋ねる。
「はい。商人を傍らやっておりますと、【サハラド】では外部の物品はあまり出回ってないと耳にします。もちろん、それだけの理由で浅ましく物を売りに来たといわけではありません。もともと私は発明した物を評価していただける場というものも欲しております」
「なるほど。つまり、旅すがら自信の腕試しをしていると」
「正直に申しますと、研究にしろ、発明にしろ、多額の費用が掛かる場合がございます。それを商人という立場だけでは、手が届かない場合がございます」
「つまり、物を売るのは旅の手段。本来の目的は研究費用、発明費用の交渉が主であると?」
続けてレンナが質問する。
「厳密にいえば、旅そのものはそれほどしておりません。費用はもちろん、時間もかかります。研究とは言っても私の場合、一つのモノに対して真理を追い求めるものとは違いがありますので」
カレンは難しい表情で、たった一つだけ尋ねた。
「事前に、源石に関しての研究をしていると伺っています。その中で、なぜ我が国へ来たのですか?」
商人は間を置かず答える。
「信用というべきでしょう」
「信用?」
「職業柄、信用というものを重視しております。源石というものは、ある種族においては日常的に使われておりますが、世間では貴重な資源であると同時に、戦の火種にもなりえます」
源石=無機物に源素を蓄積する。
世間一般的に知られているものでは、ダンジョンコアが存在している。
「その中に蓄積している自然源素は使う者を選ばない。火を纏わせれば、火の源素を、風を起こせば風の源素を、それらを戦で使えば察しが付くとは思います。しかし、私が研究、発明した物をそういったことに使われたくはないのです。そこで、言葉は悪いですが、独立国家である【サハラド】へ目を付けました」
他国との直積的接触を持たず、争いを好まない歴史を持つ。
「なるほど、そういった意味で信用ですか」
「まことに勝手ながら、閉鎖的であるお国柄が、私が目指している開発に大いに役に立つのです」
この商人であるエーティは腹を割って話している。商人としては正直すぎるほどに。
「それだけ我が国を評価していただいている事に関しては素直にうれしく思います」
しかし、
「ですが、その話は受けることはできません」
エーティは落ち着いた様子で訊ねる。
「理由をお聞きしても」
「その研究は外に知られてはならないとおっしゃいました。逆に言えば、争いの火種を我が国で抱え込まなければいけなくなります。理解しているとは思いますが、費用を出すということだけで、言いがかりの理由を作ってしまう。加えて、その研究開発がうまくいったとしたら、この国は外へ向けての力を得てしまう。脅威もまた争いの火種になるでしょう」
閉鎖的といえば聞こえは悪いが、それもまた平和の一つの形。
「そうですね、きっとそうおっしゃられると思いました」
思っていたよりは拍子抜けなエーティの反応に、カレンは再び疑問を持つ。
「では、なぜ?」
純粋な疑問だった。
だが、その答えはそれに近い者には簡単だった。
「作ったものを見てもらいたいんじゃないですか? カレンお姉さま」
裏がないがゆえに、ナイカが呟く。
そして、エーティがにっこりとほほ笑んだ事で正答である。
「そうですか、そうですね。では、改めて、あなたが取り扱っている商品を見せていただけますか」
「畏まりました」
本来の商売が始まる中でも一人、カレンは思うところはあった。
が、その空気を微塵も見せず客という立場、王族の一つの戯れ、王である前に姉という立場で振舞った。
それだけ、外部の人間に微塵も隙を見せるわけにはいかない。
それだけ、現在の【サハラド】は瀬戸際にいる。
特に、取り扱っている商品が源素に関わるとなれば猶更。
「それでは、私が今回お見せしたかった物をご覧いただきます。おっと、それと、旅の道中で手に入れた品もありますゆえ、ご期待に添えられるかはわかりませんが、ご要望などはその都度おっしゃってみてください」
そう言いながら、すでに広げられていたおまけの品を整理し、エーティは開発した品物をテーブルの中央に置いた。
自信作であり、その貴重価値が高いと言わんばかりのそれは、小さくとも豪華な箱に入れられていた。
鍵らしいものはなく、装飾品こそないものの造りはしっかりしているようだ。
ぱかっ、と上部に蓋が空き中に入っている物を確認した三姉妹とアージュはそれぞれ違った反応を見せる。
幼いがゆえに、期待していた物以上ではなかったことにナイカはつまらなそうな表情と声を上げる。
次女であるレンナは見た目以外にも何かあるのだろうと、思慮深く観察を続ける。
アージュは、その品が王族や貴族が好むものとして認識し、それでいて三姉妹の誰もが好むものではないと評価する。
最後にカレンは、
「キレイな指輪ですね。宝石に見えるものが、源石ですか」
ただの指輪の正体をカレンが口にしたことで、品を見る三人の表情が変わる。
「ご明察でございます」
「カレンお姉さま、どうしてわかったんですか?」
純粋が故の質問。
「確かに、見た目で源素を感じることができませんね」
アージュは集中して指輪を見ても、源素の気配感じ取れない。
「…………」
そもそも源素を使うことができないレンナは、ただ黙る。
カレンはナイカの質問と疑問を慎重に答えた。
「会話の流れから、品物は源素に関連した物でしょう。それに、文献などでしか知りませんが、源石を使用して生活を営む種族がいるのは私も知っています。それにエーティさんの研究はなにか解明されていないものの探究者ではない。そうなると、研究……つまり、すでにそのモノは存在しているけど、世には広がっていないものを、自身で作り上げようとしているのかなって」
「すばらしい……」
それが解答であるかのように感嘆した声をエーティから声が漏れる。
「じゃあ、その指輪を使えば他属性も使えるってこと?」
そこまで言えば、最初のエーティの説明からも指輪の価値が理解できる。
しかし、
「はい……、と言いたいところではあるのですが、実はまだこれはその種族が使用している物の価値まで至っておりません」
「と、いうと?」
「ご存知だとは思いますが、源石の入手は簡単ではありません。ですが、元々源石だった物……つまりは、中に蓄積されていた源素が使い果たされた器は案外入手するのは可能なのです」
カレンは腰掛けた椅子に背中を預け様子を伺う。
その姿に気が付いたレンナは、姉であるカレンがその意味を理解したのだと悟る。
だから、妹であり、王族としてもそこの答えには辿り着きたいと思考を深めていく。
答えのキーワードはすでに出揃っている。
「欠陥品ってわけじゃないんだよね……。う~ん、でもこんなにいっぱいあるのに、どれも価値が低い……」
ナイカの口にした疑問にレンナは答えに辿り着いた。
「そうかっ⁉」
レンナは武術に優れている。
だからといって知識の面で劣っているわけではない。
ただ姉であるカレンは、武術はあまり得意ではなかった。
だから勉学に力を注ぐようになった。
それは姉となった瞬間から加速し、王となった瞬間から力に変える必要があった。
それゆえ、レンナが追い付けないだけ、時間さえかければレンナは姉である自身よりも優秀だと信じている。
「エーティ殿の研究は源石の作成ではない! 源石への源素の供給ということか!」
まだナイカには難しかったのだろう。
天井に視線をやりながら考え込むがよくわかっていない様子だった。
そんなナイカに姉であるカレンは、説明をエーティに求めた。
「本来の形である源石。ある種族はそのモノを源石と呼びます。いまだ解明されていないそれは、自然発生することだけが確認されていますが、人工的に作ることはできません。それはなぜか? 自然源素をコントロールできる生物は未だかつていないからです」
「なるほど、つまり」
ここでアージュも理解した。
「そうです。私の研究では、器となった源石の中にそれぞれの属性の源素を詰め込むことに成功した次第です」
世の中には、物体に源素を移し戦う者がいる。
例えば、冒険者の中には源素、そして精霊の力を使い、炎を纏った剣を作り上げる。
しかし、その一方でその剣という物体に源素を維持しておくことは難しい。
「あー、そっか元々源石は源素をため込めるんだから、その中に入れちゃえばいいんだ」
言うだけならば簡単だが、それができるならば、世の中の暮らしはもっと豊かになっているだろう。
だが、事実としてその技術が今目の前に存在している。
「もう少し尋ねてもいいだろうか?」
純粋に興味が湧いたのだろう。
身を乗り出し、まるでナイカのように純粋にレンナが質問した。
「もちろんでございます」
当然、興味を抱いてくれたのなら、渡りに船である。
それと同時、研究者としては喜ばしいとエーティは即答する。
「未だ、支援者を探しているということは、その研究はまだ終わっていないということか?」
その問いに、エーティは少しだけ表情を曇らせた。
それにいけない質問だったかと、レンナが謝罪をしようとする寸前で、
「いや、これは痛いところを突かれました。もちろん隠す気などないのですが、そうですね。私の源素の属性は風になります」
カレンに習い、エーティもすぐに答えは出さないよう気遣う。
「―—っ、そうか供給か」
例外を除けば、単属性が基本である。
エーティが風属性ということは、指輪の属性は風一色になってしまう。
「そうです。現段階でこの指輪は複数人に依頼でもしない限り、一つの属性の効果しか得られないのです」
組織でない限り、その維持は難しいだろう。
「欠点を広げるようで、なんですが。まだ問題点がございます。ここにある源石を加工した指輪には源素量に限界点がございます」
「そう言うということは、あまり使用回数は多くないのか?」
「回数でいうと難しい所ではありますが、とても実践向きではないでしょう」
商売の交渉というよりも、まるで共同開発の会議のようになった雰囲気に、ナイカがある一つの事に気が付いていた。
「ねぇ、そんな事よりも使ってみたいな」
「ふふ」
商売人ならまず先に、商品の価値を実践でお披露目するべきだろう。
質問が質問だけに研究者としての熱が入りすぎたようだ。
その光景にカレンはいつから気が付いていたのか、ナイカの質問に微笑み。
エーティと同様、熱が入り始めたレンナは顔を赤く染めていた。
「あっ。そ、そうですね! そうしましょう!」
照れ笑いをしながら、焦るエーティはいそいそと準備を始める。
「そ、それでは――」
声を上擦かせ、より笑いを誘いエーティもまた顔を真っ赤に染めた。




