18話 思い出
クノは追い込まれている自覚はあった。
自身にできる事、できない事、その時が来るまでにありとあらゆる方法を考え、実行した。
それは姉であるカレンも同じこと、今この時さえ、宮殿の中で商人との交渉を続けている。
ダンジョンでの説明をし終え、入りとは別に出ていくのには、自身の足で出ていくことを伝えると、異界人の少年は絶望に似た表情を隠しもせず見せた。
その姿に苛つき再び蹴りをお見舞いしてやり、渋々向かい始めた。
ダンジョンインダンジョン。
俗に言う、キープダンジョンは、クノの意思とは別に生まれる生物はサハラドの民、騎士達にも牙を向ける。
つまり、ダンジョンの主であるクノでさえ、生物には攻撃をされるという事。
だからこそ、キープダンジョンとしての役割を果たしているともいえた。
その事を伝えると、さらに異界人は文句を言ってきた。
一応、出口までは無事に帰してやるつもりだったクノはその姿に苛つきを覚え、このまま見捨てる事を口にする。
それに何かを察した異界人は怠惰な態度を翻し、すぐに下手に出る姿は、あまりに滑稽。
それと同時、こんな奴に本当に協力を申し出て正解だったのか疑問しか生まれなかった。
出口までの道のりを示し、ようやく動き出した異界人である少年の姿をした者の背中を追いながら昔の事をクノは思い出していた。
「おい、お前はいつ出ていくんだ!」
見た目こそ変わらないが、少しだけ若いゴブリン族の生き残り、シンがそこにはいた。
「全員出ていったな」
だからこそクノは言った。
いつまでお前はいるのだと。
「しかし、ダンジョンが人と契約とはなぁ。生物である以上、いずれ寿命はやってくる。それはダンジョンでさえ同じこと。それをさらに縮めるような真似を……」
そんなことはクノの方が分かっている。
ダンジョンの寿命はダンジョンコアの消滅。
自然に消滅することを除けば、冒険者などの討伐以外ではほとんど起きえない。
「ふんっ、知ったこと! そうでもしなければここの連中の居場所がなくなるだろ」
縁といえばそれだけの事ではあった。
「つながりを欲したか?」
からかう言動にクノの目尻がぴくぴくと引きつく。
「ダンジョンの中でいい度胸しているな!」
シンはそれに対して自身が圧倒的に不利に直面していてもかっかっかと笑う。
「同じ貉ではないか。我々は、異世界人の影響によって、出会い変化が起きた。だからこそ、世にも珍しい、意思にあるダンジョンであるお前さんは人なんかと契約を結んだ」
人なんか。
それを意味している事をクノは理解している。
ダンジョンは人にとって必要なもの以外は害のあるものでしかない。
だから、適度な駆除を行う。
そして、ゴブリン族という人にとって忌まわしき存在もまた駆除の対象でしかない。
その中で、異界人という存在の一部は、ただの分類としてはみなかった。
一つの個として接してくれたことによって、今がある。
ただし、
「それが、お前がここにいる理由となんの関係がある!」
クノは契約により、ダンジョンという形を国に変化した。
一方、シンはというと、
「年寄の居場所はなかなか見つけられん」
冗談は程々にしろとクノは吠える。
それでなければ、今ものうのうと生きているわけはないのだ。
だとしたら、
「彼らを引き留めなかった理由はわかっているだろう。お前さんがダンジョンであり、この場から動く事ができない。だから、せめて直面する可能性の危機に対応できるよう可能性を見つけにいった。……仲間としてな」
「だからそれが――」
「一体何人いる?」
「―—っ⁉」
「勇者や英雄といった、類稀にみる源素を持つ者は……。今はいい、契約を結んだ者がその一部に入っているからな。だが、これから過ごす長い時間の中で、それはいずれ枯渇する。その時、お前は一体どうするんだ」
それが、仲間たちが旅だった理由。
「それが人でいう寿命なのだろう」
割り切ってしまえば、それだけの事。
遅かれ早かれ、いずれはやってくる。
「そんな事を言いたいのではない。その寿命がやってくるとき、お前さんは胸を張っていられるのかということだ」
クノとの契約は人にとって、奇跡に近い事柄である。
それと同時、契約をしている意味、その維持ができなくなった時、クノの傍には誰か一人でも残っているのだろうか。
ダンジョンの消滅の中、それを見届け、弔う存在が果たしているのか。
シンはそれを危惧している。
「それはお前も一緒だろ……。もう私は、いい出会いを果たした。彼らがここへ戻ってこられなかったとして、このまま消滅してしまっても。もう満足なんだよ」
シンは同じ立場として理解も納得もできる。
しかし、割り切れるかどうかといえば、また別の問題。
「仕方ない」
スッと立ち上がったシンはいよいよ別れを口にした。
「少ない知人がむざむざ消えるのも見過ごせまい」
「は?」
「いずれ来るかもしれない可能性をここにいては見つけられんだろう。彼らは我々に比べれば短命、彼らに比べればできることも多かろうて」
いよいよ旅に出る最後の仲間にクノは鼻で笑う。
「下らん。じじいはじじいの余生を過ごすんだな」
「減らず口を……。まぁよい、いずれ吠えずらをかかせてやるわ」
「……精々楽しみな」
「またの」
「…………」
こうして、また一人旅立って行った。
「(あのじじぃ、その成果がこいつか……?)」
「ぎぃやああああああああああああああああああああ!」
偶然出くわした、カエルの大型生物に異界人は叫びながら逃げ惑う。
「はぁ……」
中に見える源素も未だ深く眠っている。
それが果たして、役に立つのかどうか。
それに期待しなくてはならない自分が不甲斐ない。
大型のカエルをダンジョンの壁を変形させ、圧死させる。
「さっさと進めガキ!」
「口悪いけど、ありがとうございます!」
キレイに直角のお辞儀をしている異界人に可能性はまだ見えない。
「はぁー」
深い深いため息がダンジョンの深層まで届いて行った。




