第15話 クノ
「…………おい」
ゲシっと頭が揺られる。
頭に起きる衝撃に徐々に戻る意識と記憶に俺は飛び起きた。
どうやら、当たり前のように体は無事なようだ。
おそらく、高所から落ちる恐怖に意識が途絶えても自動防御は発動してくれていたようだった。
ただ、これに俺は慢心できない。
自動防御は俺の意思で発動しているわけではない。
その証拠に俺が意識して自動防御が発動したことなんて一度もないからだ。
「あの、大丈夫ですか……?」
「うおっ」
どのくらいの高さから落ちたのか確かめるために天を仰いだころだった。
まさか誰かに呼びかけられるなんて思っていなかったから、心底驚き後方に飛びのいた。
そこにいたのは、ナイカと同じくらいの年の女の子だった。
白い髪が地面すれすれまで伸び、その体躯は細く、抱きしめたら今にも折れてしまいそうだ。
話し方もその容姿にあった大人締めな印象を受ける。
ただ、ここで不思議に思う。
どうしてそんな女の子がこんな所にいるかということだ。
「……誰?」
いくら年下だったとしてもあまりに失礼で不躾な質問だとは思う。
だが、この時の俺はそんな事を気にしている余裕なんてなかった。
「あなたも落とされてしまったのですね」
「落とされた……?」
そこ言葉に、ダンジョンの中に入った瞬間の事を思い出した。
確かに俺は誰かに背中を押された。
でも誰が?
ふと、気が付く。
「あなたも……?」
「はい……。ここは『サハラド』のキープダンジョンと呼ばれる場所です」
それはついさっきまで説明されていたので知っている。
「では、このダンジョンはどのように維持されているのでしょうか?」
いや、それも知っている。
「ダンジョンは核になるコアがあって、確か源石が形成しているはず……」
「そうですね……。では、本来であれば自然源素を取り込み自然現象といえる形で、源石がその力の源になります。ですが、ここのキープダンジョンにはその源石が存在していません」
落ちた衝撃で混乱しているわけではない。
混乱している理由はいくつかあるけど、一番はなんで目覚めて早々にそんな話を見ず知らずな子と話しているということだ。
それでも女の子は話し続ける。
「ここはダンジョンの中にあるダンジョン」
「あ、源石は『サハラド』側にあるのか」
整理が追い付かないまでも理解はできた。
「はい。なので、キープダンジョンの維持には別のものが必要になります」
「別に必要なもの?」
小さな瞳が俺を捉える。
「生きた人間の源素です」
「―—ッ、急にホラーっ! こわッ‼」
女の子の目じりがピクっと動いた気がした。
気のせいだろうか……?
「なので、ここにワタシ達は落とされてしまったのです」
ん?
「なんで?」
「ですから――」
「俺、源素使えないけど?」
「使えないだけで、あなたには源素があるじゃないですか⁉」
んん?
「なんで?」
今度の疑問はどうしてこの子がその事を知っているのかという疑問だ。
「そんな事よりも、誰が私たちを落としたのか」
んんん?
「誤魔化した?」
「それは、サハラドに関わる者たちです!」
一応続けるようだ。
嘘ではないのだろう。
そこはなんとなく分かる。
ただ、俺は不思議と頭が働かない。
「ナイカ達がってこと?」
「こ、この話の流れではそれしかないじゃないですか⁉」
俺の理解が足りないせいだろうか。
女の子の口調が少しずつキツくなっている。
「でも、あの子たちは俺の源素の事を知らない」
俺は応えながら、女の子を自然と観察していた。
「では、不思議に思いませんか? よそ者であるあなたが、いきなり王宮に仕える事になったこと」
「ね、びっくり」
女の子の目尻が今度こそはっきりとぴくぴくっと動く。
女の子は頭を抱えたように、額に手をやり続ける。
「疑う気はないのですか?」
その質問で俺はようやく理解した。
「疑う理由がないからね」
この子は、嘘は言っていないけど、真実を話していない。
なにより、話の中に矛盾があまりに多すぎる。
それに、
「そのキャラ大変じゃない?」
悪いけど、俺にそんな猫かぶりは通用しない。
ため息にも似た息が女の子から漏れた。
そして、少女の口調が変わった。
「いつ気が付いた?」
「どれの事?」
女の子は隠す気がなくなった途端、大人しかった雰囲気はなくなり、適当な場所に腰掛ける。
「一応、ダンジョンの中だから、余り隙だらけになるのはちょっと」
女の子は馬鹿にしたように鼻で笑う。
「また、変なのが来たな」
さっきから、この子俺の質問を悉く無視する。
怒りはしないまでも、いい気はしない。
「あのさ――」
「ま、悪かった。順序は必要だな。私の名は、【クノ】」
「え、あはい。中村正で――んん? クノ?」
どこかで聞いた事がある。
ふと、思い出されるナイカの最後の言葉。
そして、結びつく経緯。
俺は少しおちゃらけて、ピストルの形を作った両手をクノに向けた。
「犯人?」
「そうだ。お前をここに入れたのは私だ」
素直に認めてくれるものの、その真意はまだわからない。
なにより、隠す気もなかったのなら、最初からそんな手段を取らなくてもいいと思う。
でも、余計なことは訊かないことにした。
「なんだったんだ、さっきの作り話は? なによりも、どうしてそんなことを」
色々が頭に入ってきて整理が全然追い付かない。
クノは色々と前置きがないまま話が続くから、大変なのだ。
「んで、【サハラド】が私だ」
ほら、また……、ん?
「はい?」
「だから、私がこの国【サハラド】、そのものだ」
「もうっ、脳みそお腹いっぱいですぇええええええええええええええええスッッッ!」
2025年、あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします!




