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異世界だろうとのんびりと  作者: ダルマ787
ーーーーーーーーーーーーーーーーー 第七巻 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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第8話 朝練

宮殿の中は迷いやすい。

特段複雑な構造をしているわけではないが、部屋がいくつも存在していて、区別がつきにくい。

なによりも元の世界のように丁寧に案内するような講習なんてものもなく、仕事をしているから尚更だ。

唯一案内されたのは与えられた自分の部屋くらいなもので、そこですら扉を開けるのにいつも慎重になっているほどだ。


次の仕事場は清掃の仕事って言われていたから、外に行けばいいはずだと思いながら廊下を歩いている。

時間の感覚が曖昧な世界で時計がない分、俺も随分ズボラになったようだ。焦ることもなく、進む。


充てがあるとすれば、宮殿で働いている人たちの服装だ。

兵士職の人は基本鎧を着ている。

給仕はメイドや執事の恰好の人はいないが、それでも区別はつく。

だから、それっぽい服装の人を見かけたら後を付けようくらいの気持ちだ。


そうしているうちに、宮殿のエントランスが辿り着いた。

あとはそこから出れば外へと出られる。

そう思いさらに歩を進めようとしたところで、


「やっとみつけた」


声の方へ振り向くと、動きやすい軽装のレンナがそこにはいた。


「なにか用ですか?」


ガシッと首根っこを掴まれる。


「え、ちょっ」


「朝は訓練だ」


「へっ?」


いやいやいや、俺は訓練よりもお仕事をしに行く最中である。


「いや、あの、俺、あ、僕、仕事、掃除の……」


「やりたければ、訓練の後にしろ」


聞く耳もたないようだ。


それに俺も訓練もやぶさかではないと思っている。


しかしだ。


「せめて報告を」


後から理不尽に怒られるのは嫌だ。


「問題ない、アージュには伝えている。なにより、君にそんなこと期待していない」


アージュさんとは、この宮殿の秘書的ポジションのいわゆる側近の女性だ。


あっれー、じゃあ、俺は何の為にここにいるのでしょう?


そんな俺の表情を察したようで、


「ナイカの遊び相手」


……訓練いらんやん。


ずるずる引きずられながら心で呟いた。


その道中、エントランスから出るのは王族である三姉妹だけという事実を知る。

さらに気が付いたことがある。


「あ、タダ君みっけ」


「ふぶっ」


出会い頭に見つかったカレンに抱きしめられる。


「ね、ねえさんっ⁉」


「可愛い弟が出来たみたいだよ~」


この長女豊満すぎる。

女性の胸に顔を埋めるなんてことは漫画で幸せな風景だと思っていたが、く、くるしい……。


「姉さん、警戒しろとまでは言いませんが、さすがに昨日今日きた部外者に馴れ馴れすぎます」


「え~、でも抱き心地いいんだよ。レンナちゃんもやってみてよ」


「結構です。それにこれから訓練ですので」


「あ、そうなんだ。じゃあ、私も見学に行こうかな」


肉付きの良い豊満な長女、運動神経抜群でスレンダーな次女、幼女である三女とこの三姉妹だけでバラエティ豊富……すぎる。


「それと姉さん」


「なぁに~」


「そろそろ離してあげないと、窒息しますよ」


「え、あ」


男が憧れるシチュエーションには、さすがの自動防御も発動することはなかった。


「たたた、タダくーーーん!」


この日、死んだばあちゃんに始めてあった気がした。



死と夢の世界が終われば、現実の世界がやってくる。

レンナの訓練は基本、兵の人達とは別が多い。

それは兵が気を遣うのとは別に源素が使えない事が起因していた。


だが、俺という別のエッセンスが加われば話が違うようで、走り込みに重点が置かれることになった。


理由は知らない。

俺としても剣術に興味があって、ちょっとワクワクしていたのだが、あっさりと砕け散った。

ナナさん同様基本訓練がされるわけだけど、最近俺も迂闊になったと思う。

言い換えれば余計な一言を漏らしてしまったのだ。


兵の早朝ランニングが行われる中、ふいにインディアンランニングの事を口にしてしまったのだ。

もちろん経験者ではない。

では、なぜそれを口走ってしまったかといえば、全てアメフト漫画の所為だ。

超回復だの、コウモリ幽霊だの思い出してしまったのだ。


それに興味を持ったレンナは、限度を知らない熱湯を用意されるとそれは始まった。


当然、監督ポジションは王族であるレンナが厚手の手袋を着用して、最後尾を追いかける。

縦一列にランニングする俺と道連れと付き合わされる兵の皆さんは、列の最後尾になった人から犠牲になっていく。


まずは、俺が犠牲になるかだって? 

そんなわけあるかい! 

内容を一番把握している俺はその餌食になるわけがない。

体力を温存しながら先頭でも最後尾でもない中間地点をキープしたに決まっている。


最初に熱湯の犠牲になったのは筋肉質のエドリック隊長だ。

不覚にも試してやろうなんて怖いもの知らずの筋肉馬鹿が、手を抜いて最後尾に着いた。


普段は明るくお調子者な部分も見え隠れする優しい隊長だったが、手加減を知らない熱湯が背中に掛けられた瞬間、全てをごぼう抜きにして悲鳴を上げた。


その瞬間、新人兵から中堅の兵士たちも気が付く。

これは冗談ではない。

数人いる隊長の中でも仲間思いの隊長が逃げ出した。


途端、誰もが走る速度を上げたのだ。


しかし、新兵であるギャザは判断が遅い。


一瞬気が付くのが遅れ、最後尾に位置する。


レンナが追い付けないだろうって、残念な事にレンナはランニングに参加はしているが、正確にはランニングルールから除外されている。

つまり、走るレーンから逸れても問題がない。

ようは、ショートカット有りなのだ。


熱湯をかける為にショートカットすれば、ギャザの背後に着いた。


再び甲高い悲鳴が上がった。


弱肉強食、先輩後輩もない。

ギャザはエドリックと身体をぶつけながらその位置の奪い合いが始まる。


次の犠牲者は、普段から訓練に手を抜いている中堅の兵士ある、ヨ―グル。

この戦いにおいて男女など関係ない。

遅刻の常習犯でありながら、そのズル賢さと口車で叱責をうまく回避してきた。

しかし、今回は、説得など不可能。

話す前に熱湯が飛んできてしまう。

ならばとヨ―グルは、一瞬の速度アップで、同僚の一人にまで近づく。


近づいたのは、兵の中でも心優しい同期の中堅兵士であるポッジ。

なにかとあれば庇ってくれる彼ならば、この状況に憐れんで変わってくれるだろう。

そう思った。


が、近づいてヨ―グルは気が付いた。

ポッジは真面目な奴である。

この風変わりのマラソンにも真剣に取り組んでいる。

そう真面目に前だけを見て一心不乱に。


ヨ―グルの同僚を呼ぶ声は届かなかった。


三度(みたび)、甲高い悲鳴と共に、先頭で位置の奪い合いが始まる。


ポッジは真面目である。


先頭だとか、最後尾だとか関係なしに走り続ける。


だから、四人目の犠牲者になった。


そして、彼は、人を蹴落とす事を覚え、先頭に加わる。


「ふむ」


レンナは一言声を漏らした。


この訓練は面白い。

しかし、これでは自身の訓練にはならない。

だからと言って、兵士と混ざったとしてもレンナに熱湯をかけられる者はいないだろう。

だから、ショートカットは止める事にした。


あくまで自身も追いつくことでしか、熱湯をかける事はしないと。


レンナがルールに乗っ取ったランニングに戻る。


誤算があったとしたら、熱湯の恐怖は予想以上に、兵士、そしてタダシの肉体を強化していた事だろう。

レンナが追い付こうとしても、その直後には離される事態が数度続いた。


結果、フラストレーションが溜まった。


追い付いた瞬間、熱湯入った瓶を投げつけ最後尾に直撃した。


熱湯と瓶の衝撃に誰もが目を疑った。


弱弱しく普段はしない声を誰かが上げた。


「る、ルールは……?」


そこには鬼がいた。


次々に熱湯の犠牲にあった兵士たち。


あ、俺は喰らってないかって? 

バカ言え五人目の犠牲者とは俺の事だ。

最終的に自力での勝負になったら俺に勝ち目なんてあるわけがない。

一発目の熱湯で倒れ込んだわ! 

体力の限界も早々に、カレンのお膝を枕に倒れ込んでいる。

だから、ここからは、兵士が一人また一人と脱落していく阿鼻叫喚の地獄絵図を眺める傍観者。


最後まで戦いに挑んだのは隊長であるエドリック。


用意された熱湯にも限界がある。

途中から投てき物となった熱湯が入った瓶を避け続け、残り本数が残り一本になった。


最後の一本。

全集中力と倒れていった部下達の熱い眼差し。

負けていった兵士達の無念を一人で背負いこの戦いに生き残る。


追いかける側のレンナの体力も限界が近い。


「しまった⁉」


最後に投げられた熱湯の瓶は、エドリックの背中には到底届かない距離で落ちていった。

地面に叩きつけられた瓶は粉々に砕け散り、地面に染み渡っていった。


エドリックの勝利の雄叫びと散っていった兵たちの歓声が上がる。


その光景に、俺も熱い何かが込み上げてきた。

なけ無しの体力を使ってその歓声に加わろうとカンナの太ももを支えに立ち上がろうとした。


「いらないものだとしても、瓶では限界がありますし、後片付けが大変ですね」


アージュさんが横に立ってそんな事を言った。


気が付かなかったわけじゃない。

なにより、熱湯もそれを入れる瓶も手配したのはこの人だ。


「レンナ様、次は何度も使える動物の毛皮を使ったこちらを試してみてください」


間違いなく有用である。

水分を含みやすい毛皮に訓練用に熱湯が手に伝わらない様な取っ手まで拵えている。


「ちょっと重いわね。でも何度も使えるわ」


「重さは改善点として挙げておきます」


「ええ、お願い。とりあえず、これで続けられそうね」


俺は力なく支えから力を抜いた。


滑り落ちる太ももの手に、


「きゃ、タダ君のえっち~」


カレンの冗談めいた口調に感想などない。


青ざめた表情を作るエドリックが最後に新しい熱湯袋を顔面へ飛んでいく。

もう避ける気力は彼に残されているはずもなかった。


悲鳴は宮殿を超え、街中まで響いたとか。


こうして、インディアンランニングは終わりを遂げた。


そして、


「さ、朝のランニングは終わりでしょう」


早朝の訓練はここからだった。


トドめに、


「他の部隊にもこの訓練方法を伝えておいて、想像よりも良さそう」


インディアンランニングは常時訓練に追加される。


俺の思いは一つ。


本当に余計なことを口走って申し訳ありませんでした!



時間が掛かっておりますが、最新話の更新です。

引き続きよろしくお願いいたします。

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