第1話 夢
日差しが窓から入り、暖かな日であることを証明している。
カーテンが心地よい風で揺れ、それだけで気分がよくなる日だった。
俺は階段をいつもより軽快な足取りで降りていく。
気分のいい朝だった。
「あれ、今日休み?」
台所で食事の準備をしている母親に尋ねた。
「違う、これから仕事なのよ。言い御身分ね、今頃起きるなんて」
おいおい、気持ちのいい朝のなんてご挨拶だ。
「ちげーし、さっき帰ってきたんだっつの」
夜勤明けで労働から帰ってきた息子になんてことを言うんだ。
「ただいま、くらい言いなさいよ」
「誰もいないと思ってたんだって」
「朝ご飯勝手に食べてよね」
「何作ってんの?」
「晩の支度」
期待していた分、がっかりはしたものの、文句を言うほど子供でもない。
なにより、これから仕事に行くというならば、作らせるのも時間が許さないだろう。
だから、特に要求もしない。
「誠は学校?」
俺には弟が一人いる。
兄である俺とは違い、大学に進むや院生にまるほど賢い奴だ。
将来は教授の道を目指すらしい。特に目標もなく生きてきた俺には想像すらできない優秀な弟だ。
「そうよ」
「朝から勤勉だね~」
「おい、出涸らし」
「いーや、俺の方が先に生まれてるね」
ここまで兄弟格差ができるとかえって開き直るしかない。なにより、俺も弟もそう言った立場の違いを気にしたこともなく。
それは両親も同じで時折そう言った冗談をお互いにしたりもしていた。
リビングのソファーに座り、目的もなく流れるTVのニュース番組をただ眺める。
「あんたはこれからどうするのさ?」
唐突に繰り出される質問。
「特に目標も持たずに平穏な日々を過ごす。そんな人間に俺はなりたい」
「そういうことを言っているんじゃないのよ」
いつもの冗談めいた口調ではない、神妙な声色に俺は少なからず不思議な気持ちになった。
「…………母さん?」
振り向いた先にさっきまでいた母親の姿が見当たらない。
「あれ?」
「別に普通に生きるのはいいのよ」
姿が見えないのに声だけがする。
「どこいった?」
「ただ、あんたは人よりも――――」
「おーい、どこからしゃべってんだよ」
不思議な状況。
「悪い事だけしなければいい」
それはもう少し若かった頃に言われた文言。
何もなかった俺にも、それだけが唯一の誇りに思えるたった一つの自慢。
「一つだけ言うならね。もう少しあんたは――」
いつの間にか、TVの音も消えている。
それだけじゃない。
今いる場所はどこだろう。
ただ真っ白な空間にぽかんと立つ俺がいる不思議な空間。
「母さんっ⁉ どこだっ?」
「――他人のことより自分の事を考えなさい」
言われなくても俺はいつだって、結局自分の事しか考えていない。
だから、こんなずぼらな生活を送っている。
「どこ行くんだよ!」
最後に聞こえた母親の声はどこか遠くへ行ってしまう。
それがとても寂しい気持ちにさせるのに、同時に懐かしさが心を温かくしていく。
ああ、そうか、これは。
久しぶり訊いた母親の声。
久しぶりに考えた家族の事。
久しぶりの大人の俺の本来の姿。
これは――。
ふかふかのベッドの上で俺は目を開いた。
「…………ゆめか……」
もう少しだけ、夢の世界を味わっていたかったと思いながらも体を起こす。
窓から射す太陽と程よい風が俺の起床の手伝いをしてくれたようだ。
いつもと違う高鳴りを見せる心臓の音。
「この歳でも子供は子供のままね」
俺はベッドから飛び降りる。
「さて、気持ちの良い朝だ! 今日も今日とて労働に勤しみますか!」
異世界でも世界の歯車の一部の俺はしっかり働くのだ。
お久しぶりなかたはお久しぶりです。
初めましての方は初めまして。
そんなこんなで、第7巻始まります!
引き続きよろしくお願いいたします。




