第10話 誓い
2024/5/4
誤字脱字、文章編集、ルビ振りを行いました。
悩み尽きることなく……。
リンド&シナから言い訳がましい理由でその場から離れ、俺はのんびりとした足取りで屋敷へと向かっていた。
悩みは当然、ナナさんに源種であるあの二人の事を相談するかどうか。
原種という存在がどういう立場にいるかは俺なりに理解しているつもりだ。
アイミの件があり、その存在をナナさんに話してもなんとなしに誤魔化してくれそうな気もする。
だけどと繋がってしまうのは、リンド&シナはすでに世界から知られている存在だという事。
さらに二人の話しだとすでにこの世に居ないとされている存在だという事だ。
それを二人の許可を得ないまま話していいものか、なによりナナさんがアイミの時のような対応になるか考え物だ。
あの時は学園長であるイェールの息が掛かっていた。
だが、今回はそれがない。
「なんで俺がここまで考えないといけないんだ……」
おもわず本音が漏れる。
答えなんか出るはずもないまま、屋敷へと辿り着く。
話すなら早い方がいい、そう思っていても簡単な事ではない事に足取りは重いままだった。
家に入るなり、人の気配がない。
ナナさんはまだ戻ってきていないようだ。
安堵と、余計に悩む時間が増えた事にため息ばかりが漏れる。
そんな束の間も、すぐに緊張へと変わる。
入ってきたばかりの家の扉が勢いよく開かれたのだ。
ナナさんの帰宅。
顔を見るなり俺は、どのみち自分だけでは解決できない悩みをさっさと打ち明けようと意を決した。
ところが、出鼻はくじかれた。
ナナさんはいつも着用しているメイド服ではない、黒い軽装で現れたのだ。
どことなくその存在を隠すような服装に、元が付く職が頭を過る。
「何かあったんですか?」
影という名のナナさんの過去は、暗部と言い換える事が出来る。
深くは知りたくないとそれ以上は質問をしたことがなかったが、大体の予想はついている。
だからこそ、この質問は俺を追い込むことになる。
「この町を離れる準備をしろ」
目を合わせる事もなく、ナナさんは必要な物をまとめる為に家の中へと急ぎ足で入っていく。
「は?」
唐突な引っ越し宣言。
「どうして?」
理由は一つしかない。
俺は元々、逃亡者の身。
危険が接近している、もしくはその可能性があるだけでその土地を離れたほうがいい。
俺が行動に移さない事に、ナナさんはようやく俺の方を向いた。
「ディアの一件で高ランクの冒険者がやってくる」
頭が真っ白になりかけた中で、それならばもっと早くにこの土地を離れていなくてはおかしい。
「それだけの理由……?」
「いや、確証はない。だが、その中に異分子が紛れている」
「異分子? どういう意味?」
「情報通りの冒険者ならばそこまで警戒する必要はなかった。だが、明らかに私の警戒範囲を察知できるレベルの人間がいた」
「え、確か来るのってAランク冒険者だったはず……、それ以上がいるってこと?」
「そう考えるのが妥当だ。誰かは分からない。該当する人物は一人だったが、顔は隠していた。それに解決しているディアの一件でSランクが動くとは思えない」
「だから、狙いは俺だと……?」
「それ以外にSランクが行動する理由が思い当たらないからな」
ふと、気づく。
「ちょっと待って! でも、俺を探すにしても動くのは冒険者じゃなくて聖騎士のほうでしょ!」
「違うな。聖騎士は国を守る為に結成された組織だ。犯罪者やそれに応じたものに対しての依頼は聖騎士が担う事はない。仮に箝口令が敷かれ聖騎士側で動く場合は、『影』が動く。なにより、タダシの件は各国に情報は知れ渡っている。それをその国の聖騎士に調査させるとは考えにくい」
「だから、国が冒険者に依頼を出した……?」
「そうだ。そもそも聖騎士と冒険者は仲が悪いが。聖騎士も冒険者ギルドも国の一部でしかない」
それは管轄が違うという話だ。
ここにきてまた新しい悩みが増えた。
「ほんとになんなんだよ。知らない原種に絡まれたらと思ったら、今度は追跡されてた事実が、目の前に降りかかってくるなんて」
いっぱいいっぱいの脳みそを少しでも軽くするように吐き出された俺の愚痴に空気が一変する。
それに、一瞬遅れて俺は失態に気が付いた。
「なんだと……?」
相談事は最悪の形でナナさんの耳に届いてしまった。
「あ、いや、その、相談しようと思ってはいたんだけど」
「そんなことはいい! 原種と会っただと?」
俺は今にも視線だけで人を殺しそうな殺気に、経緯を話さないという選択肢はなくなっていた。
俺は秘密基地の事を話しながら、その流れでリンド&シナと出会ったことを説明した。
「お前はどうして……、こうも厄介ごとに絡まれる」
それは俺が一番知りたい。
「だが、辻褄が合う」
「え? なにが?」
「ここに、正体を隠しながら冒険者の中に紛れ込む者がいる事だ」
そこでようやく俺は気が付いた。
「そうか、その冒険者は俺じゃなく、リンドとシナを探しに来ていた」
「まてっ、リンドとシナだと……」
「え、あ、名前は聞いたから」
「よりにもよって、あの二人か」
なんだか、良くない事でもしてきた口ぶりだ。
「ええと、結構悪人な感じで?」
「原種に関して以前に説明は聞いているな」
俺はコクコクと頷く。
「魔王の原種が恐れられている理由は、コントロールの利かない事に起因している。だから、アイミケ・ゴースキーが原種の力を抑え込んだという話から、レナン隊長の口添えもあり学園で秘密裏に預かる話が生まれた」
俺は初めてアイミの学園生活が秘密裏である事を知る。
「だが、世界で数人の魔王の原種持ちは自我を奪われ、暴走行為に至る」
その暴走の一端を俺は味わった。
「その中でも、原種と体を共有し意識を入れ替えることができる原種持ちがいる」
「それが、リンドとシナ?」
「ある国が始末したと表向きはされているが、その実情飼いならされていると私たちの中ではされている」
「飼いならされているって……、逃げてるじゃん」
「問題はそこだ。魔王の原種が逃げたという事は、その国に恨みを持つと同義。何をしでかすかわからない」
ナナさんはあの二人の事を悪く言うが、俺はそこまでの危機感を感じてはいなかった。
むしろ、どことなく――。
「だが、それならば、狩るしかない」
「え⁉」
どうしてそうなった⁉
「タダシの話しだと、原種は弱っている。そこを早めに打ち取ってしまった方が、利がある」
トントン拍子に悪い方に流れていく。
「どうして?」
「私の正体がバレるのは最悪問題はない。現状、あの事件そのものは必要最低限の存在にしか広められるようなものではない。加えて、すでにいなくなっているとされている原種を手土産にすれば、最悪の事態でもその国との交渉材料になる」
自分の為だけに誰かを犠牲にするなんて考えたくもない。
「ちょっと待ってくれ! さすがにそれは――」
「自分の立場を忘れるな」
しばらく続いた平穏の所為で、俺は忘れていた。
この世界は、元の世界のように上っ面な平穏を保ってはいない。
「案内しろ」
断ることはできない。
断ったところで、すでに話してしまっている。
「分かった……」
ナナさんを止めるための意見を持ち合わせていない。
それでも、俺はどうにかしてあの二人を逃がすために行動したいと思っている。
できる事を頭で整理しながら、あの二人の元へ向かう。
悪い事だけは絶対にしないと誓いながら――。




