第2話 平穏な日々
2024/4/29
誤字脱字、文章編集、ルビ振りを行いました。
人見知りの程度は人によって違う。
相手に話しかけられないけど、相手から話しかけてくれれば話を返すことができる。
もしくは、話しかけられてもうまく返せないなど、種類が様々だ。
そして、俺はと云うと前者でも後者でもあると共に、ある程度慣れた環境、慣れた人であれば至って普通の人間である。
それが、中村正、元二十八歳、現十二歳のいわゆる異世界人だった。
「お断りします」
「いや、だからな――」
この町に来てから数か月、とある事件をきっかけに冒険者ギルドに来る事にも慣れ、ほぼ毎日顔を出すようになった。
ただし、俺はまだ冒険者になっていない。
それはギルドの規則にある年齢制限の為だ。
例外はあるものの、その厳しい規則のおかげで俺は冒険者にはならずに済み、ただの荷物持ちとして働いている。
それで十分満足しているのだが、どうやらギルドに来ている冒険者達は俺が熱烈に冒険者になりたがっていると勘違いしていた。
だから、顔を合わせる度に同じ話になる。
「舍に行けば基本的な冒険者としてのだな」
舍とは、冒険者が行く学校のようなところだ。
基本的なダンジョン攻略の知識や基礎訓練での戦闘及びアイテムなどの知識などを学ぶらしい。
耳にタコになるこの会話に俺はテキトーに返事を返しながら、雇い主の『風の行方』のメンバーが帰って来るのを待っていた。
『風の行方』は、リーダーであるカルトア、エルフ族である射手のメダ、修道女であるルピネスの三人の冒険者だ。
そう、勘の良い人ならわかるだろう。それって聖騎士での学園みたいな事が起きる可能性を秘めているという事だ。
そんなものまっぴらごめんだ。あの時もあの時で色々複雑な立場に追いやられ、今に至るきっかけがあそこでは生まれた。
そんなことが冒険者側でも起きてしまったら、いよいよ逃げ場所がなくなってしまう。
そもそも、俺にはナナさんがいる。
ナナさんの本名、ウォータリー・ナナカミラは聖騎士団国家で『影』を担っていた元聖騎士だ。
そのナナさんに匿ってもらう形で仮宿に住み、そこで訓練も行っている。
だから、わざわざ冒険者になりたくない俺が、冒険者になる為の学校に行く必要がないのだ。
「ってこら、人の話を――」
そして、会うたびに冒険者としての心得を唱えてくる筋肉ダルマは、Cランク冒険者『鮮血の爪』リーダー、ハーヴェスである。
冒険者になって初めての事件から、何かと俺に構ってくるようになった。
「あまり、しつこくしてもタダシ君は冒険者にならないと思いますよ」
コロネさんが諭すようにハーヴェスに言ってくれる。
この町で受付嬢と働いているコロネさんはおっとりとした雰囲気の持ち主だが、さすがは冒険者ギルドの受付嬢とだけあって、言うべき時にははっきりと言う人だ。
「そんなわけないだろ、こいつはな――」
色々お門違いな事を言っているが、冒険者ギルドにいる以上、へたなことも言えず、俺はスルーすることでこの流れから逃れる。
ハーヴェスの標的が俺からコロネさんに移り、なぜか熱く語りだしてしまった。
苦笑いのコロネさんに申し訳なさを抱きながらも、一礼をして謝罪をする。
コロネさんは、目で訴えかけてくるが、こうなると俺にはどうすることもできない。
「(ごめんよ、コロネさん)」
「(ちょ、ちょっとー)」
俺はそのままギルドの依頼が一枚も貼られていない掲示板を眺めた後、ギルドを後にした。
結局、その日も時間は過ぎていった。
そうして、夜になると俺の師匠となったシンの元へ行く。
シンは俺の源素の師匠になったシンゴブリンという種族の、ファンタジー世界では定番のゴブリンなのだが、ゴブリン最後の生き残りでもある。
「なんかこれで必殺技できないかな?」
「攻撃に転じるという意味か?」
自然源素のコントロールの修行は相変わらずと言っていいほど、大した成果は得られないでいる。
新たにできるようになったことで言えば、源素の集める量が増えた事。
増えすぎた源素を圧縮して留める事の二つが出来るようになった。
だが、それが意味する所は正直ない。
基本的には集めているだけに過ぎず、多少の体力回復空間を作る程度。
もちろん、それだけでも意味があると言えばあるのだが、長時間その空間を作り維持するのは効率が悪い。
作っている俺は直接触れている分影響は他よりは大きく出るが、その程度だった。
「なんとも言えんな」
シンの所で訓練を始めるようになってからも、俺の元々の源素は使用できない事象は続いている。
「ま、いっか」
訓練そのものが大きく飛躍しなくても、この生活に俺は満足している。
特に波風立てず、漫然と平穏な日々。
幸せとは何もないところにあるのかもしれない。
「…………暇だ」
それでも暇なものは暇だった。




