第29話 刻まれた物
2023/4/19
誤字脱字、文章編集、ルビ振りを行いました。
三つ巴と言いながら体制は四つに分けられていた。
一つは俺、もう一つはディア、残りの二つがその両方を狙う構図。
分散しているという意味では、俺は助かっているといえる。
また右へ左へとピンポンのように弾かれ続けているのだが……、正直笑い事ではない。
いくら自動防御のおかげで傷は負わないにしろ、心が削られていく。
それにケガは負わなくとも高速で体が吹き飛び視界が動くせいで酔っていく。
「うぇ」
こんなこと前にもあった。
ただ強者に蹂躙される絶望、ナナさんとのトレーニングは何だったのか、全て無駄だった。
そう言われているようで悔しい。
だから、
「くそっ」
だから、せめて抵抗はさせてもらう。
吹き飛ばされて、転がるのはもう終わりだ。
吹き飛んだ拍子に足から着地する。
そんでもって、次の狼型の魔獣の攻撃は後ろからの突進。
爪や牙の攻撃は自動防御によって無駄だと狼型の魔獣も理解しているからこその、突進。
おかげで分かりやすい。
俺の変化にも狼型の魔獣は対応できない。
俺は着地と同時に体を捻り、ナナさん直伝の拳をおもいっきり振り回す。
きゃん、と犬のような鳴き声と共に狼型の魔獣が今度は地面に転がっていく。
あまりにもうまくいったことで、俺が戸惑ってしまう。
「はは」
だが、浮かれたりはしない。
それで勝利が舞い込んできたわけではないからだ。
俺はナナさんの姿を思い浮かべながら、戦う意思を構えという形で示した。
狼型の魔獣も迂闊に突っ込んでこなくなった。
お互いがお互いにけん制し合い、一定の距離を保ち時間が流れる。
そんな些細な時間の中で、この状況が悪いということを俺は理解していた。
それはもう一方の戦い。
ディアと狼型の魔獣の戦いだ。
狼型の魔獣の数を俺に分散したことによって、元々絶妙なバランスを保っていたその戦いは、ディアの優勢度を上げてしまっている。
その度に狼型の魔獣が喰われ、ディアが回復し、その度にダンジョンコアが新たに魔獣を生成する。
そして、コアは力を失うように縮小しているのだ。
俺の目的は時間稼ぎ。
だが、その均衡が崩れれば、俺対ディアの戦いになる。
そうなると一方的な蹂躙が始まる。
俺の自動防御がある限り問題はないのかもしれない。
でも、不可思議な自動防御がいつまで続くという保証がないかぎり、限界はやってくる恐れがある。
なによりも、このダンジョンがなくなってしまうという事、それに、ディアが俺を相手として見限った場合、ディアはどこへ向かってしまうのかという問題。
それらの責任を俺は背負いきれない。
だからといって、手だてがない。
どうしたらいいのか、わからない、
精神の消耗が続いていく。
俺は頭を振るい雑念を捨てる。
考えても出ない答えは無駄に心を弱くしてしまう。
呼吸を小さく長く、心を落ち着かせる。
考えてもダメなら、とりあえず弱音を吐くことにした。
「敵、あっち、俺、ダメ、意味ない!」
黒歴史確定のバカな発言を魔獣相手に指さししながら叫んでしまった。
言った瞬間、顔面に熱を帯びる。
あ、俺案外まだ余裕があるね。
悲しいかな、弱った心が少し復活。
「情けな」
ただ、心が泣いていた。
しかし、そんな馬鹿発言に変化が起こる。
狼型の魔獣が相手にしてはいけないと、もしくは、相手にするだけ無駄だと感じたのか、俺から視線をディアに向けた。
俺は思わず、
「GOッ!」
合図を送ると、狼型の魔獣はディアへと飛び掛かっていった。
突然の奇襲にディアは反応が遅れ、狼型の魔獣の牙と爪の傷を負う。
「マジか!」
好転する流れに、声を出して喜ぶ。
が、初めてディアが俺を見る。
餌としてではなく、敵として。
「あ、ヤバ……」
目の前からディアが姿を消した。
正確には俺の目で追えない速さで、襲い掛かってきた。
とっさに顔面を両腕で庇うが、意味がない。
振るわれた腕は俺の身体を横殴りに払う。
「ぐふっ」
狼型の魔獣の突進とは比べられないほど、俺の身体は宙に投げ出され壁へとぶつかる。
痛みも衝撃も自動防御が防いでくれる。
だが、目の前で起きた事象に間違いなく恐怖が付きまとう。
なにより、速すぎる相手に俺の攻撃方法がなにもない。
再びやってくる絶望。
いい加減、
「飽きたし、慣れたわ!」
ネガティブゆえのポジティブ。
ネガティブも極めれば、ポジティブになる!
流れに任せて、流れるままに受け入れる。
だから、狙われた俺を囮に狼型の魔獣が攻撃を仕掛ければ、それに俺が合わせて、ディアをとっ捕まえる。
ディアが邪魔ものを排除しようと大口を開いて俺を噛み殺そうとするが、まだまだ健在の自動防御がそれを防いでくれる。
半身が喰われている俺の姿に狼型の魔獣もドン引きです。
カッコ悪くて結構、俺はかっこよさなんて求めたことがない。
そんなものイケメンに任せてきた。
俺は喰われたままの恰好で、ディアの口の中を拳で連打する。
効果はいまいち。
それでも、外からの狼型の魔獣の攻撃は通る。
ぺっと吐き出された俺が地面に転がる。
俺はすぐに立ち上がると、日本人特有、伝家の宝刀、捨て身タックルを勢いのままに繰り返す。
何度となく、何度でも、永遠に、無限に、ただひたすらにそれを繰り返す。
繰り返すうちに、恐怖は、馬鹿になっていく。
「ざまぁ見ろ!」
発言も、
「ナナさんの訓練は無駄じゃねぇぞ!」
次第に、
「ナナさんの方が強いわ、ボケェっ!」
いい加減に、
「ナナさんとの日々を、拳に宿せ!」
語彙力なんてものはない、
「メイドパンチ!」
幼稚なものに、
「メイドキックだ!」
ナナさんとの訓練を思い出しながら、
「ナナさんを信じろ、疑うのは己だけだ!」
今はただ、俺を鍛えてくれた人を想い戦い続ける!




