第24話 冒険者の世界
2023/4/19
誤字脱字、文章編集、ルビ振りを行いました。
「タダシっぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
ただ叫ぶことしかできなかったカルトアの悲痛な声が穴の中に響いていった。
A級生物ディアはそれでもなお、戻ってくることはない。
「っ⁉」
「カルトアッ!」
カルトアは意を決し、穴の中に飛び降りようとする寸前で止められる。
メダはこちらを見ていない。
必死でルピネスの介抱をしている。
だが、それでいて焦った様子からルピネスの状況が良くない事を示していた。
カルトアは選択を狭まれる。
ルピネスか、タダシかを。
こんな時だというのに、その選択は冷静に考えられた。
当然だ。
穴は底が見えないほど深く、落ちただけで助かるかどうかわからない。
万が一助かったとしても一方的な蹂躙にあったばかりの生物に勝てる見込みなどありはしない。
一方で急いでルピネスを連れて帰れば命が助かるかもしれない。
そんな簡単な選択の中で、
「…………」
カルトアは答えが出せずにいた。
それでも立ち止まることはしない。
介抱をし続けるメダの所まで走り状況を整理する。
長年の経験か、はたまた最悪を常に想像してきたからこその判断か、最低限やるべきことは体に染みついていた。
「容体はっ? 残りのアイテムだけでなんとかなりそうか?」
メダは唇を噛みしめながら言う。
「足りない。仮に足りたとしてもアイテムだけでどうにかなる状況じゃないっ」
町にいるルピネス以外の修道女の力が必要だとあんにそう言っていた。
外部の損傷はそれほどでもないルピネスだったが、内臓がどれほどダメージを受けているのかがわからない。
回復を飲ませて落ち着けば、なお軽症の可能性は上がったが、吐き出した者の中に血が混ざっている。
再び選択の時。
一瞬の間、
「カルトアッ!」
メダの悲痛な声で覚悟が決まった。
「急いで町に戻ろう!」
穴に落ちる前タダシと約束をした。
必ず戻ると、そして、タダシのあの瞬間の決意を無駄にしてはならない。
だから、今やるべきことはタダシが生き残っている事を信じる。
例え、現実が優しくなかったとしても、
「その時は――」
共に死を選ぶ。
カルトアはルピネスを抱きかかえる。
覚悟が決まっても、まだ、問題は残されている。
事故が起きた所は一〇階層、魔物がいない状態で休みなく走り続けても小一時間はかかってしまう。
それを往復しなければならない。
「くそっ!」
走り出して早々に悪態を吐くカルトアだったが、突然体が宙に浮く。
「だから、D級ってバカにされんだよ」
悪態と共に、メダの契約精霊が力を振るう。
「ぐぅっ――」
浮遊なんて優しいものではない。
「スピード重視だ。ルピネスの負担がかからないようにだけしろ!」
カルトアは自身よりも小さな身体のルピネスを出来るだけ包み込むように抱きかかえる。
風に浮かせて、風で押す。
単純な分、負担も大きい。
「いいか、よく聞け」
ダンジョンという狭い空間を風の操作だけで移動しているメダは、契約主というだけあって風の抵抗は受けていなかった。
だが、その操作に集中している所為で、余裕は感じられない。
「甘さは捨てろ」
冒険者としてのランクを気にしない様、名を呼ばなくなってから長い時間を過ごした。
だが、それよりも今は、各上のランクだからこそ言わなければならない事がある。
「な、なにを――」
「事実だけを言う。町に戻っても、すぐにダンジョンに戻るな」
「なっ――」
「町の冒険者をかき集めても奴に勝てるかどうか、わからない」
「だとしても、タダシにすぐに戻ると――」
「聞けっ!」
なんだかんだいってメダも甘い部分がある。
だから、タダシが仲間に入ってからも文句を言いつつも、タダシの面倒を見てくれていた。
だから、決して見捨てるという判断を簡単に受け入れるはずもない。
それでも、受け入れなければいけない時がある。
それが冒険者。
「認めたくはないが、あいつがあのまま生きているなんて可能性はほぼないんだ。だとしたら、確実にヤツを倒すための準備がいる。別の町に応援が理想だが、それだと時間が掛かりすぎる。だとしたら、せめて、今いる冒険者に状況の説明とギルドに出来る限りの援助を申し出ろ。それから対策を立てるんだ」
それが現実であり、少ない勝機。
「オレたちには回復役もいないんだ、いつもと違う。戦力は落ちている」
何も言い返せるわけがなかった。
開戦と同時に敗北。
それを勇んで戻ったところで、変化が起こるわけがない。
むしろただの自殺行為。
結果は目に見えている。
だからこそ、
「ありがとう」
「はぁ? いったい――」
「今まで、こんな中年のD級冒険者の俺なんかに着いてきてくれて。ルピネスが治ったら先に進んでくれ」
「何言ってやがる」
「俺は行くよ。せめて約束ぐらいは守らないとな」
「――っ、このD級がッ!」
何を言ってももうこの男は聞く耳を持たないだろう。
だからこそ、自分よりも低いランクの男をリーダーと認め、パーティーを組んだのだ。
この馬鹿が付くほど優しい男に。
「くそっ、くそっ、くそがっ!」
不甲斐ないことに悪態を吐く。
偉そうなことを言っても結局は何もできやしない。
それが冒険者の世界。
本日もう一話、17時目安にUP予定です。
おそらく短いです。
よろしくお願いいたします。




