第20話 もめ事
2023/4/18
誤字脱字、文章編集、ルビ振りを行いました。
迷宮に潜る前日最後の打ち合わせという事で、久しぶりにギルドに召集が掛かった。
その道中で、俺は緊張で心臓バクバクの中、些細な変化を考えていた。
その変化とはナナさんの行動だった。
打ち合わせの為に本日は訓練に参加しなかった『風の行方』のメンバーがいない事は、まぁいい。
訓練は俺一人のもので内容がキツイのもほぼ変わりがない。
変化は食事の時だった。
基本ナナさんと一緒に食事のテーブルを囲むことはない。
ところがその日に限り、食事のテーブル向かい合わせになるようにナナさんは座ったのだ。
だからと言って、一緒に食事をするわけでもない。
テーブルには俺の分だけが並べられ、俺だけが食べる。
それを向かいに座ったナナさんがじっと眺めている。
普段立って監視されるよりもさらに気まずさ満点の時間だった。
普段なら時間を掛けて休憩の時間を延ばす俺も、さすがにこの時だけは、食事の時間が早まる。
無言の圧力にも似た時間に耐えられるはずがないのだ。
結局、何かを話すこともなく終わりを遂げたのだが、一体あれは何だったのだろうか。
「わからん」
緊張と疑問が残る変化に感情がぐちゃぐちゃに混乱する。
色々な意味で足取りが重い道のりだ。
何も答えが出ないまま考えながら歩く時間は、あっという間に終わる。
先延ばしにしかならない為、遠回りや遅く歩く意味もないから仕方がない。
ギルドの扉を、一息ついた後開いた。
「俺たちがミスを犯したって言いてぇのか!」
ギルドの中に入るや否や、怒号が飛び交う。
もめ事の多い冒険者ゆえに、慣れ始めているは特に感情の変化のないまま、
「珍しいな」
と、普段なら遠巻きに馬鹿にされている方が多いからこその感想を零す。
そして、もめ事の渦中に俺はもちろん『風の行方』も関わってはいないようだ。
もめ事の中心を囲むようにいたメンバーの所へといそいそと向かう。
「何かあったんですか?」
軽い挨拶を返され、リーダーのカルトアは、その説明をルピネスに任せる。
「なにやら、依頼の報告の差異があったようなんです」
「差異?」
「ええ。先日『鮮血の爪』が調査依頼で入ったダンジョンが報告と違うと他の冒険者が言っていまして」
そう言われてある程度の事は理解できた。
「ああ。その後に入った冒険者がいて、その報告と違うと揉めているってことですか?」
「端的に言うとそうですね」
俺は揉めている当人たちを眺める。
『鮮血の爪』のメンバー三人に相対するように、おそらくそのダンジョンに入ったと思われる三人の冒険者がいる。
「でも、ケガとかしているようには見えないですね」
差異、つまりは誤情報の所為でなにかしらのトラブルがあったと判断した。
だから、ケガなど一番の被害可能性を考えたのだが、どうやら少しその辺が違ったらしい。
「そうですね。少し詳しく説明すると」
そうルピネスは俺が理解していないであろうことから説明をしてくれた。
「今回の依頼の調査はキープダンジョンです。キープダンジョンとは、人々の生活の役に立つダンジョンの事で、積極的にダンジョンの維持をすることを言います」
「へぇ」と前に説明されたコアを破壊してダンジョンの喪失を狙う依頼とは違う事と区別しながら理解する。
「難易度は先発である『鮮血の爪』がCランク。後続である冒険者たちがDランクの依頼でした」
どうやら調査と言っても一回で終わるものではないらしい。
その上で安全と判断されてダンジョンに潜った冒険者が文句を言ったといったところだろうか。
「問題になっているのが、キープダンジョンとしての役目がないということでした」
「ん? どういうことですか?」
俺の想像とは違う結果に、理解が出来なくなってきた。
「もう少し順を追って説明しますね」
その様子にルピネスは何も言わず丁寧に教えてくれる。
「まず、『鮮血の爪』はそのダンジョンがキープダンジョンとして問題がないと報告します。その上でギルドは、その情報を元に、新しい依頼とその情報を他の冒険者に提示します」
うんうん、とそこまでは理解できる。
「ところが、二番手の冒険者がそのダンジョンに入ると、全くと言っていいほどキープダンジョン、つまり、人の生活に役に立つ生物がいないと言っているのです」
安全は安全だけど、そもそもの目的というより、役割を担っていないダンジョンでしたということだ。
「それが差異?」
「そうです。ですが、そうなると」
「最初に潜った「鮮血の深爪」――」
「『鮮血の爪』だバカ」
余計なもめ事を増やすなと俺の言い間違いに、メダが小さな声で俺を叱る。
「すいません」
俺は平謝りをしたのち、
「間違っていたなら――ってそうか」
「はい。すでに最初の依頼の報酬は出ていますし、間違っていましたなんてことを認めてしまえば、信用がなくなってしまいます」
そうなると、素直に『鮮血の爪』が認めるはずがない。
「本当にあんたら潜ったのか! 適当に時間をつぶしてきただけじゃないのか!」
「ああっ? お前らこそっ。討伐した素材をネコババしてるだけなんじゃないのか⁉」
双方譲らない姿勢に今にも殴り合いが始まりそうだ。
仲介に入っているギルドの受付嬢も困ったようにしている。
「素材のネコババって意味あるんですか?」
殺伐としている空気の中、気になったことを質問してみる。
「ないですね。基本的に、討伐した獣の素材はギルドに卸すのが相場ですし、隠す必要もないです」
状況的には『鮮血の爪』が不利に思える。
「大変だ」
結局の所、俺たちには関係はなさそうで、他人事な意見を零す。
すると、
「そうでもねぇよ」
メダが面倒くせぇと頭を掻きながらそう言った。
何がと尋ねようとしたところで、
「そうだ、次に依頼を受けてるのはてめぇらだよな『風の行方』っ!」
矛先がこちらに向いた。
何より、
「え? そこに入るんですか?」
話しに聞いていた次のダンジョン探索は、問題になっているダンジョンの事だという。
「ええ。調査は基本的に三段階で、ランクはその時に応じて変わりますが、段階的に下がっていきます。そこで、最終段階の依頼を私たちが受けていたんです」
どうして、とは聞かない。
それこそ、そんなことになってしまったのは偶然でしかないし、話しを聞く限り、ランクが段階的に下がるという事は順調に行けば、俺たちが受けるときにはGランクと下位のランクまで落ちている。
そして、その依頼を受けた理由は、
「俺に合わせてくれてるんですよね」
俺の所為だ。
前回のダンジョンでの荷物持ちの仕事の時もEランクの依頼だった。
「それに関して気に病む必要はない。俺がそう判断して決めた事だからな」
本当にリーダーはいい人だ。
「ただな。今回のは情報と違うなら検討はしようかと考えざるを得ない」
まぁ、それも理解できる。
何かトラブルがあった場所にそう易々とはいかないだろう。
加えて、トラブルの元になりやすい俺がいれば猶更。
しかし、そうなると、
「あ゛っ、お前らも俺たちが信用できねぇってか、Dランク!」
納得がいっていない『鮮血の爪』が凄んでくる。
「そうは言っていないよ、ハーヴェス。しかし、こちらにもこちらの都合というものがある」
本当に優しい。
俺という存在を引き合いには直接出さずにリーダーは言い返す。
ハーヴェスと呼ばれた『鮮血の爪』の冒険者が俺をちらりと見る。
「考えてみろ、俺たちの報告でもキープダンジョンは問題がない。んで、そっちのほら吹き冒険者共に至っては、何もいなかったって言うんだ。Fランクどころが、Gランクまで下がってるようなもんだ。だから、例えお荷物がいようと問題がねぇ。なぁ、そうだろ?」
周りにも聞こえるように挑発してくる。
その挑発はリーダーにだけ向けられたものではない。
当然、温厚なリーダーが挑発に乗ることはなかったものの、
「そこまで言われて引き下がるわけねぇよな、カルトア! どっちが正しいか、確認してこい!」
もう一人挑発されていた、冒険者が勝手にその挑発を受ける。
「いや、だから――」
リーダーが尚も考えを伝えようとするが、
「よっしゃー、証明してこい!」
「間違っていた方をランク落ちさせろっー!」
周りにいた冒険者のヤジによってかき消された。
こうなってしまうと誰もリーダーの話など聞かず、トントン拍子に話は進められていく。
頭を抱えたリーダーに受付嬢が近づいてくる。
「申し訳ありません。本来の依頼の形とは違ってしまうのですか……依頼を受けていただけませんか?」
受付嬢は薬草採取の時に叱っていた時の態度とは違い、しおらしい態度で懇願するしかない。
「まいったな……」
頑なに答えは言わないリーダーは、それでも俺の事を考えてくれる。
そうなると、この答えを出すのは俺しかいないだろう。
「俺が言うのもなんですけど、受けてください」
さすがにここまで来ると、リーダーを悩ませるのも、困っている受付嬢の姿を見るのも気が引ける。
なにより、安全がさらに安全になっているというのであれば、訓練の成果を含めて受ける価値はあると判断できる。
「そうか? じゃあ、わかったよ」
そういうと受付嬢の表情に笑顔が戻る。
「ありがとうございます!」
「ただ一つだけ、潜る日を少し伸ばしてほしい」
「あ、はい。それぐらいなら構いません」
それにどういう意味があるのか不思議に思っていると、耳元にルピネスが顔を寄せてきた。
「ナナさんに報告しないと」
あーなるほど、とすでにナナさんとも関わり合いがある三人はそう考えていた。
ふと、受付嬢さんと目が合う。
「ふふ、ごめんね。それとありがとう」
そう言われた。
「ああ、いえ」
相変わらずのコミュニケーション能力の低さを発揮した。
「そう言えば名前名乗っていませんでしたね。ここのギルド嬢をしていますコロネです」
本当に今更だなと思うものの、これも一つ俺の事を認めてくれたと思うべきだろうか。
「ナカムラタダシです。よろしくお願いいたします」
性格上、ドギマギしてしまう。
「珍しい名前ですね、タダシ君。ふふ、ご武運を」
そして、ちょっとだけテンションが上がる。
人と仲良くなれた!
「これだから男ってやつは」
メダの冷たい視線を受けながら、決してそんな理由ではないと言い訳をしたのだった。
三月に入りました。
引き続きよろしくお願いいたします。
大したことは書いてないですが、活動報告も書いてあります。
興味があれば覗いてみてください。




