第12話 第一回報告会
2022/7/25に11~12話の間に一話追加しました。
「現状の報告をいたします」
そう言い、眼鏡をくいっとあげたのは、秘書であるミツナだった。
「最初からお願い」
学園長室には学園長であるイェール、副学園長であるフェノールの三人がいる。
他の教員はイェールが張った【内外を遮断する壁】の維持の為で払っている為、現在、教員は建屋の中には誰もいない。
「かしこまりました。情報の伝達前からになりますと、訓練場では、わが校の生徒であるグラインド・リキュール・アミラとハイ・アルフォナインの戦闘が行われておりました」
「伝達前となると、『封源の輪』を付けた状態か?」
「そのようです」
「勝敗は?」
「アミラさんが負けております」
フェノールが渋い顔を作る。
「源素の頼り過ぎる面は、指導を変えるべきだろうな。甘やかす気はないが、源素をまともに使えない相手は、若いとはいえ聖騎士。その差を見せつけられたと考えるべきか」
「ですが、アミラさんは学園でも成績上位者、状況的にはあまり甘い考えはできないかと」
「うーむ」
「そうですね、源素での戦いは基本中の基本ですが、源素に頼るという意味では少し違いますね。それを踏まえた訓練を増やすべきでしょう」
「付け加えさせていただきますと、アミラさんは戦闘不能に陥ったというよりも力の差に絶望し、戦う意思を失ったようです」
「ちょっとまて、その生徒の気持ちがわからんでもないが、そこまで圧倒的な差だったのか?」
「直接は私も見ておりませんので、はっきりとしたことは申し上げられませんが。報告によると、アルフォナインの戦闘が急激に変わったと」
フェノールの表情とは裏腹に、イェールは微笑む。
「彼もまだ若い。まだまだ成長途中という事でしょう」
唸るように息を吐いたフェノールはたった一言。
「末恐ろしいかぎりだ」
「続けてもよろしいですか?」
ああ、と片手をあげ促すフェノールにミツナの報告が続く。
「ナカムラタダシですが、どうやらイェール様の情報を読み解き書物館に現れました」
「馬鹿ではないようだ」
一応は生徒になるよう促す発言をしたフェノールだったが、タダシの評価はその程度だった。
「そこで、テキス・ミヨと会い、『封源の輪』を外したようです」
「はっ?」
フェノールは驚きの声を漏らし、
「ふふふ」
イェールは満足そうに笑みを零す。
「腕を飛ばしたのか?」
「いえ、解錠は完璧になされました」
「あれをリスクなしに解錠できるのは、イェール様しかいないだろう。そもそも、情報も解錠の仕方の情報を得、イェール様の元にくるという算段だったはずだ。それも、アミラから本を奪い、その後の予定。ミヨという生徒にも詳しい話はしていなかったはずだ」
「あの子は、司書の仕事をしていますし、本の手掛かりはすぐに見つかるでしょう」
「喜ぶべきか、わが生徒の優秀さが、手掛かりの一端……つまり、最短で色々と手順を飛ばす結果に繋がったということか」
「面白い子ですね」
一つも動揺を見せないイェールにフェノールは尋ねる。
「これも計算に入っていたのですか?」
「まさか、そんなことはありませんよ。でも、どこかでレナンさんが気に入る何かをするとは思っていましたが」
「それが、この事だと?」
「それはどうでしょう。タダシさんのこともそうですが、あの子もまた私の予想を上回る理解しがたい存在ですしね」
そう言うイェールだったが、報告をするミツナ、問いかけたフェノールの二人は、それでもイェールの思考が上回ると思っている。
クライブ・イェール、聖騎士団国家学園長にして、最強の一角の一人。
だからこそ、現在起きている問題の中、ここの空間だけは穏やかな時間が過ぎている。
「続きを」
穏やかに、掛けられた声に、ミツナはただいつも通りに仕事をこなす。
「そのまま、ナカムラタダシはアルフォナインと合流しました。この時点で試験内容の本は奪取されております」
「今更だな。本を取り、それをもってイェール様の元へ来る。それで『封源の輪』を外し、試験は合格だった。しかし、すでに『封源の輪』は外されている」
そして、問題はここで起きた。
「その後、【ダモクレス】が盗まれ――」
「一番の問題はそこだっ!」
穏やかな空間に声を張り上げ、フェノールは怒りを露わにする。
「そうですねぇ」
警備と言っても雇われた門兵などとは違い、聖騎士団国家に滞在する聖騎士が守っていた。
それを軽々と突破されたでは面目があったものではない。
「そやつらは何と言っている」
「私が報告する意味はございますか?」
そうイェールの秘書に言われフェノールは、冷静さを取り戻す。
例え、この場で他人の口から報告されたとしても、どのみち本人たちに尋ね、そして説教を喰らわせる。
だとしら、その報告は必要がないし、イェールの時間を使うわけにもいかない。
「その件に関してはフェノール副学園長、お任せしますね」
「はっ、申し訳ございません。責任をもってあたらせていただきます」
一つの処理が終わると、盗まれた後の話に戻る。
「伝達機により報告が済むと訓練場にいた生徒と、アルフォナイン、ナカムラタダシとの間で戦闘が起きます」
「その結果は?」
「大多数が、アルフォナインの手によって気を失いました」
「不作の年か」
思わず、そう言ってしまったフェノールに、イェールが釘を刺した。
「違いますよ。どんな生徒であれ、優れているかどうかは、我々育て方によって変わります。仮に、何かしら聖騎士として足りないとしても、優れている部分を育てるのが我々の役割。聖騎士になるかどうかは副産物でしかありません」
だから、イェールだけは、聖騎士団国家の出であっても冒険者になった少年少女を悪く言ったりはしなかった。
「これは失態でした。そうですな、何かの所為にするなど、私もまだ未熟」
「ええ、ですから、冒険者になった――」
「それとこれとは話が違います。あれだけは私は許せません!」
「ふふ、そうですか」
納得できないものは仕方がない。
いずれ、その時が来ることもあろうと、それ以上説得する気もないイェールはその話を止めた。
「報告によりますと、アルフォナインとナカムラタダシが訓練場から逃げた後、【内外を遮断する壁】に近づいたのは外にいた学園の生徒が数名。どうやら、盗賊が逃げるために近づくと読み、動いたようです」
「うむ、行動として正しいとは言えないな。仮に賊が近づいたとしても、教員たちがいる。騒ぎが起きてからでも遅くない」
そう評価をしたのは、フェノールだ。
「実践不足という他ありませんね。彼らなりに考えているのでしょうが」
「ふむ、事が済んでからやることは大いに考えさせられた。して、その後は?」
「現在の情報はそこまでになっております。色々と変化の流れが多いようで、急いで情報は集めておりますが」
「ごめんなさいね。生徒のことに関しては範囲外なのに、アイミさんの案内やらも任せてしまって大変でしょう」
「お言葉には感謝します。ですが、私はイェール様の秘書です。その一つとして疎かにするつもりはございません。お待たせしますが、すぐに状況の整理をし、ご報告をさせていただきます」
「そう? では、お願いします」
「はい、それでは一度失礼させていただきます」
ミツナが学園長室から出ていくと、フェノールはあまりに優秀な秘書に考え深そうに呟いた。
「私も秘書を雇ったほうがいいでしょうかね?」
「続けばそれも一興でしょうね」
意外にも辛らつな意見が提示され、困った顔をフェノールは作るのだった。




